Friday, May 12, 2006

【Book】美的感性と社会的感性 Artistic Sensibility and Social Sensibility

【本】水野邦彦.1996.『美的感性と社会的感性』.晃洋書房.

Average Reasonable PersonのCommon Senseに基づいた判断ってヤツ。それは何にも決めてないのと同じだと思う。あまりにもその個人のバックグラウンドによってしまうから。そう言うと、欧米のコーチたちは、「バイアスがかかるのはCommon KnowledgeであってCommon Senseじゃない」と言う。そうだろうか?

残念ながら、Common Senseだって共同体と切り離すことはできないはずだと思う。
イーフー・トゥアンのトポフィリアなんてその典型ではないかしら。
もっと残酷に、サイード風に言うなら、「あなたが同等の人間として扱っていない人々は、あなたにとってのCommonではない。だからあなたのCommon Senseに彼らの価値観は入らない」

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こうして<共同体感覚>=《sensus communis》は、人間の包括的な感覚(センス)だと考えられる。「共同体」感覚というからには、共同体が視野に入れられた感覚でなければならない。カントの場合「共同体」ということで考えていたのは<世界市民社会>であり、一種のコスモポリスである。そのような共同体ないし社会を指向する感覚という意味あいが<共同感覚>にはこめられていると考えられる。
《sensus communis》は、こういう<共同体感覚>として理解するべきだろう。《Gemeinsinn》があくまで趣味判断だけに限られていたのに対して、《sensus communis》には<共同体判断力>や<社会的判断力>という意味あいがあり、あるいはそういった判断力を形成してゆく可能性がふくまれている。(p95)

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 超越論的感性論が感性のア・プリオリな形式を分析するのに対し、経験的感性論は感性のア・ポステリオリな実質を課題とする。(中略)さて美は、主観の認識能力によって判定される。すなわち感性によって判定される。逆に、感性によって判定された結果、美が美として成立する。美がはじめから客観的に存在するのではなく、主観の感性にあったものが美と見なされるのである。したがって美学の根本問題は感性に帰せられる。
 そこで感性の由来、形成過程がつぎなる問題となる。果たして感性はア・プリオリなものであろうか。万人に等しくそなわっている能力なのだろうか。だが民族や時代によって、生活環境や習慣によって美観が異なることは、周知の事実である。とすると、無前提に感性が万人に普遍的なものであるとはいえないことになる。したがって私たちの感性がどのように形成されるかを問わなければならない。
 感性は生まれつき出来あがっているものではなく、成長の過程で、生活の過程で形成されるものである。時代、民族、風土、地域、家族といった環境によって、感性は大きな影響を受ける。したがって、人が属する共同体によって感性の形成は大きく左右されるのである。これは感性がまったく個人的なものではありえないことを意味する。ある人のもつ感性は、その人独自のものではなく、なんらかの共同体ないし社会に共有されているものである。ただこのことは、つねに自覚されているわけではなく、むしろ感化されていることの方が多い。感性論の困難はここにも原因がある。
 このように感性はもともと共同体のなかで形成され、本質的に社会的性格を帯びている。しかもそれにとどまらず、形成された感性は共同体に反照し、共同体を再生産する。そこで共同体に固有の感性も再生産されるのである。とすると感性は、社会を反映すると同時に社会を指向するということができる。感性が社会的感覚、共同体感覚と呼ばれるゆえんである。(p146)

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【Book】Mizuno, Kunihiko. 1996. Artistic sensibility and Social Sensibility. Kyoto: Koyosha

Thursday, May 11, 2006

【Book】創造する構想力 Creative Imagination

【本】大峯顕編.2001.『京都哲学撰書第18巻 三木清「創造する構想力」』.燈影舎.

わかりやすい。
「なんだ、こんなに解かりやすく書けるんじゃん、哲学って」と思わせてくれる一冊。 三木清って凄いんだなぁ・・・。

ところで、「論理 Logik」という言葉は「ロゴス Logos」から来ているわけだから、「ロゴス的でない論理」(ここでいう「感情の論理」とか「構想力の論理」とか)というのは意味不明ではないだろうか。つまりパトスについて話しているなら何か別の語を当てて欲しいものだと思う。「論理(ロゴス)の法則」と「感情(パトス)の法則」とでもいう具合に、法則とでもしてくれていたらもっと解かりやすかったのではないかと思う。想像の論理とか心情の論理とか同類が沢山出てくるが、いたずらに話をややこしくしているように感じるのは私だけだろうか・・・

もちろんそれを差し引いてもヘーゲルよりずっと読みやすい。

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 「構想力の論理」Logik der Einbildungskraftという語はバウムガルテンに由来している。それは「想像の論理」Logik der Phantasieとも呼ばれた。カッシーラーに従えば、想像の論理という概念はバウムガルテンの弟子マイエル(Georg Fr. Meier)及びテーテンス(Tetens)によってドイツの心理学のうちに根をおろし、カントにおける「判断力の批判」Kritik der Urteilskraftもこれと関連を有している。すでにパスカルは理性の知らない「心情の論理」logique du coeurを見出した。現代においてもリボーの「感情の論理」logique des sentiments或いはハインリヒ・マイエルの「感情的思惟の心理学」Psychologie des emotionalen Denkensの説の如き、いずれも抽象的視の論理とは区別される論理について述べている。
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 さらに一層重要な問題は、普通に弁証法といわれるものと我々のいう構想力の論理の関係を明らかにすることである。弁証法こそ一般に形式論理と異なる論理であると認められている。
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ロゴス或いはヌースはアリストテレスにおいて物から質料を置き去りにして形相のみを受け容れる能力と考えられた。形式論理はいわば単純にロゴス的な論理である。しかるに我々が物そのものに、その物質性における物に突き当たるのは身体によってである。我々は物として物に突き当たる。いまその主体性における身体をパトスと名付けるならば、物の論理は単純にロゴス的な論理でなくて同時にパトス的なものに関わらねばならぬであろう。従来の論理学においては思惟の基礎もしくは前階に知覚が置かれ、我々がそれによって物そのものに触れる感覚はほとんど顧みられなかった。感覚が問題にされることがあったにしても、感覚も知覚や思惟と同様ただ知的な意味において捉えられ、感覚が同時にパトス的な意味を含むことは問題ではなかった。ひとが「身をもって考える」場合、身体を有する人間として行為的に思考する場合、形式論理は抽象的であると言われるであろう。そこに主知主義のギリシア的論理に対して感情の論理の如きものがなければならぬように思われる。(pp.7-8)
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 形式論理は知識の論理であるとしても、行為の論理ではあり得ないであろう。行為するというとき、我々は身体をもって物そのものに突き当たるのである。行為には身体が必要であり、また行為の対象は抽象的一般的なものではなく、個々の具体的なものである。しかしそれは構想力の論理の如きものであり得るであろうか。感情の論理といい、構想力の論理というとき、普通に考えられるのは美或いは芸術の領域である。
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 形式論理は主体の論理ではなくて対象の論理である。言い換えると、それは既にそこにあるものについての論理である。弁証法もヘーゲルにおいてはなお対象或いは客観的であったということができる。主体的立場或いは行為の立場における論理は、形式論理はもとよりヘーゲル的な弁証法をも超えたものでなければならぬ。行為するとは広い意味において物を作ることであり、新しいものが作られることであるとすれば、行為の論理は創造の論理として構想力の論理の如きものでなければならぬであろう。それは悟性の立場のみでなくヘーゲルのいう理性の立場とも異なり、構想力の立場に立たねばならぬ。
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 構想力の論理はかようにしてロゴスとパトスとの統一の上に立っているのである。
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 第二の法則はフレーザーと同じく類似の法則(loi de similarite)と呼ばれ、類似のものは類似のものによって喚び起こされるsimilia similibus curanturということは、その二つのよく知られた定式である。
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 類似の抽象的観念は反対の抽象的観念から分離されることができぬ。そこでまた共感 συμπαθεια は反感 αντιπαθεια と等価になる。
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 ヘーゲルのいう具体的普遍の中には構想力が含まれていなければならぬ。弁証法の根源と結果には構想力がなければならぬといい得るであろう。
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付記、本稿は長期にわたって断続的に書かれたためはなはだ不完全になった。特に最後の節〔弁証法の根源としての構想力〕で述べたことは詳細な論究を要するが、今カントの解釈を一応終わったので、取り敢えず筆を擱くことにする。カント解釈としてもなお不十分な点があるであろう。すべては機会を得て補修したいと思う。構想力の論理そのものは次に「言語」の問題を捉えて追求してゆくはずである。
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【Book】Omine, Akira ed. 2001. Kyoto Philosophical Sampler Vol.18 Miki Kiyoshi's "Creative Imagination". Kyoto: Toeisha.

【Comedian】ザ・ニュースペーパー The Newspaper

【コメディアン】ザ・ニュースペーパー

先日、笑国日本が面白かったので、他の作品もチェックしてみる。2004年と2005年がDVD化されているようだ。

【DVD】THE NEWSPAPER part.66 in 2004.12.25 at 東京教育会館
【DVD】THE NEWSPAPER part.67in 2005.5.11 at 東京下北沢本多劇場

うーん・・・皇室モノはかなり際どい。際どい風刺が好きな私もビックリしました。流石は右翼カーに並走脅迫されたというだけはあると思いました。うわー。激しい。
小泉純一郎の口調はかなり似てる(笑)ネタも小泉演説の部分はかなり良くできていると思います。凄いサーカズム。「任せるのが私の仕事」というのは、丁度ブッシュ大統領が「The Decider」とからかわれているのとちょっとかぶりますね。いやー、笑わせてもらいました。

【インターネット】ザ・ニュースペーパー.2006. 「外国人特派員記者クラブで公演・講演・質疑応答」. 3月31日(http://www.dop.co.jp/foreign.html

 よく「日本人はユーモアのあるスピーチができない」と言う日本語の不自由な方や全く喋れない方がいるのですが・・・それはあなた方が私らに外語でスピーチさせたり通訳入れるからでしょ、とか思わないでもありません。そうやって何人だからって決め付けるの止めて欲しいなぁ。ぶちぶち。

 言葉の壁で最も乗り越えるのが難しい部分は「笑い」だと常々思います。なんとか乗り越えてみたいなぁ・・・とは思っていますが・・・ホント難しいですね。文化のコンテキストがない笑いの種はないから。哲子の部屋も笑っていいとももドリフもあいのりもサザエさんもトリビアの泉も知らない人たちの前で冗談を言うには、そういう「内輪ネタ」をぜーーーんぶ避けなきゃいけないんですからね。日本語メディアがメインな日本で生活する者に何が残るっていうのよ、ホント。普段から居間で英語圏のメディアを見ていてそれがそのままネタにできる人に「面白くない」って言われるのが一番嫌い。ザ・ニュースペーパーのネタも在日特派員ではない一般の海外の聴衆の前で披露できそうなものはありません。相手に基本知識がないからです。パロディしても風刺しても元ネタを知らないものは通じるわけがない。冗談を言うのにも理解するのにも、言葉の運用技能以外に相手のバックグラウンドを深く理解することが必要です。肌に馴染むほどに。そしてそれを外国語でするのは本当に難しい。そしてそれを片方だけが一方的に頑張らなければいけないのはやっぱり納得がいかない。

何が言いたいのかと言うと・・・
「アジア大会の『ユーモア・ラウンド』だの世界大会や豪亜大会の『スタンド・アップ・コメディ』だの。本当にあれは必要なのだろうか。ていうかあれはフェアなのだろうか」

以下、引用。
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 まずは「小泉首相」の挨拶、流石は特派員記者だけに政治については敏感だが言葉のギャグが通じないところがある。
 「アメリカのライス国務長官、あの人IQは200位有るらしいが、愛嬌は30位しかないね」といっても反応なし、これが言葉の壁か。
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Wednesday, May 10, 2006

【Book】多くの声,一つの世界 Many Voices, One World

【本】ユネスコ.永井道雄監訳.日本新聞協会「国際的な情報交流の自由に関する研究会」訳.1980.『多くの声、一つの世界: コミュニケーションと社会、その現状と将来』.日本放送出版協会.

やっと手元に届きましたー!!!
この邦訳が欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて・・・・・・・
オンラインオークションで競り落として入手しました。
450円だったけど・・・。なんでそんなに読みたい人いないの・・・?
こんな大切なトピック。ユネスコで最もデッドヒートした論争の一つ。そのコミュニケーション問題研究国際委員会(通称マクブライド委員会)の報告書ですよ?訳者も気合入った陣営。そして今もNHKの国際化とか話題なのにさ。おかしいじゃないさ。皆興味ないのか?そもそもなんでこの本が絶版なのだ?世の中よくわからないものです・・・。

気になるのは、英語版にはあって邦訳にはない注釈。
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The author is responsible for the choice and the presentation of the facts contained in this book and for the opinions expressed therein, which are not necessarily those of UNESCO and do not commit the Organization.
The designations employed and the presentation of material throughout this publication do not imply the expression of any opinion whatsoever on the part of UNESCO concerning the legal status of any country, territory, city or area or of its authorities, or the delimitation of its frontiers or boundaries.
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・・・。これってどういうこと?本来これはユネスコのコミュニケーション問題研究国際委員会の報告書です。邦訳の方など著者名が奥付にしっかり「ユネスコ」と書かれています。(これはおそらく邦訳が正式な認可をユネスコから受けずにフライング的に出してしまったのでしょう) 日英両方の版にユネスコ事務局長だったアマドウ・マータル・ムボウのまえがきも載っているのです。それなのに「ユネスコには関係ない」??「全ての責任は個人にあってユネスコは感知しない」ってか!!!
この腰抜けー!!!!委員会を招集して人選したのまでユネスコだろうがーーー!!
これだから肥大化した官僚機構って良くないよな、って思います。

さて、以下邦訳版の永井道雄による邦訳版への序文から引用。
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 新世界情報秩序の提案は、新国際経済秩序への動きと併行して、七〇年代の前半、主として第三世界のあいだで、次第に具体化されたものである。第三世界が不満としていたのは、世界の情報が、主要国にあるAP、UPI、ロイター、AFP、タスなどの国際通信社に握られており、発展途上国が政治や経済の主権をかちえつつあるにしても、情報主権の獲得には、程遠い状態にあることであった。すでにユーゴスラビアのタンユグ通信社を中心に、数多くの途上国が参加するプール通信社がつくられているが、こうしたものを強化してゆきたい。それには、ユネスコのような国際機構で、世界的な合意をえたいというのが発展途上国の願望であった。
 こうした動きが、明確な形をとったのは、一九七六年の秋に、ケニアのナイロビで開かれたユネスコ総会であった。国際的な情報の均衡ある流れをつくるために、世界のマス・メディアが協力するという宣言案の審議が行われたが、そこで、おこったのは、国際的合意どころか、”ナイロビの決戦”といわれたほどの国際的な対立だったのである。
 その理由は、国際的に新しい情報をつくってゆくうえで、国家が義務を負っているとする文章が宣言案のなかにあり、しかも、こうした考えをもつ一部の発展途上国の立場に、ソ連邦が協力していることが明らかな点にあった。ジャーナリズムの活動を新しく変えてゆくうえで、国家が役割をはたすというのは、自由を原則とする自由諸国にとて、到底、容認しえないことである。当然のことであるが、英米をはじめとする自由諸国は、宣言案に反対し、なかでも、当時、アメリカの国務長官だったキッシンジャー氏は、ムボウ事務局長に、この案が通るようであれば、アメリカはユネスコに協力できないと伝えたといわれる。
 こうして、七六年のナイロビ総会での宣言案は廃案になった。しかし、国際的な情報の流れを均衡あるものにしたいとする要求は、もっともなものである。その結果、ムボウ事務局長が、この複雑な問題の解明のために設けたのが、マクブライド委員会であった。
 だから、委員会は発足の当初から、東と西、南と北の緊張をはらんだものであった。
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次は、アマドウ・マータル・ムボウのまえがきから。
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 コミュニケーションはあらゆる社会的交流の中心となるものである。
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 各国はいまや他のあらゆる国の日常の現実の一部を構成している。世界は、その連帯性に対する真の認識は持っていないかもしれないが、ますます相互依存的になり続けているのである。しかし、この相互依存は、数多い不均衡を伴っており、時には重大な不平等を生み、誤解と多種多様な緊張の温床が結び合わされて世界を動揺に置くような結果になっている。
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ショーンマクブライドの緒言には以下のような記述もあり、永井の見方と重なる点もある。
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 一九七〇年代には、コミュニケーション問題に関する国際的な討論は、多くの領域で騒然とした対決の地点に到達していた。工業化諸国からニュースの支配的な流れに対する第三世界の抗議は、しばしば情報の自由な流れに対する攻撃と解釈されていた。ジャーナリストの自由の擁護者は、国家主権の侵害者とみなされた。ニュース価値や、ジャーナリストの役割、権利および責任に関する種々な概念は、世界の主要な諸問題の解決に対するマスメディアの可能な貢献とともに、広範な論議の的になっていた。
 委員会の発足当時のこのような分裂的な雰囲気からして、私の当初からの関心は、今日のコミュニケーションの状況に対する均衡がとれ、普遍で客観的な分析をどのようにして達成するか、われわれの前にある主要な諸問題に関するわれわれの見解のできる限り広範なコンセンサスをもたらすという挑戦にどうしたら応じられるか、ということだった。
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以降は本文から。
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 力と富の格差は、それ自身の重みによって、あるいは意図的な行動によって、コミュニケーションの構造やコミュニケーションの流れにインパクトと影響を与えている。ここに国際的なコミュニケーション、特に先進工業国と発展途上国間のコミュニケーションに非常に特徴的な不平等、不等性、不均等の基礎的な原因の多くが横たわっている。
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 国際関係におけるコミュニケーションの役割もまた重要であり、まさに不可欠となっている。それは、コミュニケーションが、人類の生存を脅かしている諸問題――国家間の協議と協力がなければ解決できない問題、つまり軍備競争、飢餓、貧困、非識字、人種差別、失業、経済的不公平、人口増加、環境破壊、女性差別――に十分に取り組むことができる国際世論の能力を支配しているからである。
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 しかし、コミュニケーションにおける明白な不均衡は、”自由な流れ”とは”一方的な流れ”以外の何ものでもなく、その”自由で均衡のとれた流れ”を保障するために言い改められるべきであるとの見解を裏付けるものであった。これらの概念の幾分あいまいな起源は一九五〇年代にさかのぼるものであり、一九六〇年代末と一九七〇年代の初めの間に、それらのものが、もっとはっきりと定義されるようになった。その時までには、先進工業国と発展途上国の間のニュースと情報の流れの不均衡は、現代世界における基本的な政治、経済問題にかんする討論の一つの問題点として国際会議の主要な題目となった。今日では、この不均衡の現実に異論をはさむ者はほとんどいない。しかし、この概念の具体的な適用については一般的な合意はできていない。ましてこの問題の是正策や望ましい政策についてはなおさらである。自由な流れと一方的な流れ、均衡と不均衡といった概念が討論の問題点、まさに国際的な論争の問題となってきたのは、このためである。
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 推定によると、少なくとも一六の言葉が五〇〇〇万以上の人々によって話され、それは中国語族、英語、ロシア語、スペイン語、ヒンディ語、ポルトガル語、ベンガル語、ドイツ語、日本語、アラビア語、ウルドゥー語、フランス語、マレー・バハサ語、イタリア語、テルグ語、タミール語などである。

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 多数の言語と方言が拡大したことには、歴史的、民族的、宗教的、社会的な理由があった。しかし、時が経つにつれて、新たな民族国家の出現は、世界の広大な地域に対する覇権的な圧力と帝国主義的支配と合わさって、しばしば多くの国で言語の修正と、方言や俚諺の漸進的な消滅に導いた。その反面、植民地主義は少数のヨーロッパ言語が地球上に広がっていくことを確実にした。弱小文化を同化していく傾向はいまもなお続いている。
 それぞれが長い伝統を具現している言語の多様化は、世界の文化的な豊かさと多様性を表している。 一つの言語の消滅はつねに損失となるものであり、その保存は基本的人権のための闘いによるものである。さらに、近代的なマスメディアにおいては、伝統的なコミュニケーションと同様に、種々な言語を使用することは全人口に理解のための平等な条件をもたらす点で有利である。これは言語の多様化からなんらの問題も生じないという意味ではない。全国的な「リンク的言語」ないしそれぞれの言語の間の関係の選択は、困難や紛争の原因となっている(インド、カナダ、ベルギーの三つの例も一部にすぎない)。言語の多様化はコミュニケーションに対する明らかな障壁となり、文化的な問題を生み、科学的、技術的な発展を妨げる。少数の言語の世界的使用は、他の言語に対するある種の差別と言語的な階層性の設定に導いている。それによって世界の人口の大部分は、近代的な研究やテクノロジーの多くを最大限に利用できる言語的手段を欠くことになるのである。
 このような主要言語の集中化は「言語の障壁」の問題が過大評価されているとの見解を力づけるかもしれないが、事実は、そのような言語を話す現地人や、主としてその土地の狭いエリート層に属して、二ヶ国語あるいは他国語を話す比較的少数の人々を除いて、世界中の数百万の人々が、理解し難い障壁に直面しているのである。いまでは情報の流布は、言語的に有力な者の表現と慣用句によって行われる傾きがあり、そのためにこれら多くの人々は差別されているのである。
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 全世界の日刊紙発行部数は総計四億部を越え、過去十年間で二〇%の増加となっている。世界的な平均では、人口一〇〇〇人あたりの発行部数はさらに増加して一〇四部から一三〇部になっている。日刊紙の総数は約八〇〇〇にのぼり、国別で最も発行部数の多いのはスウェーデンと日本で、人口一〇〇〇人あたり六〇〇部近くなっている。地域的に最も多い発行部数はソ連で、人口一〇〇〇人につき三九六部、日刊紙の数が一番多いのは北米地域で一九三五紙にのぼっている。発行部数の最も少ないのはアフリカで、一〇〇〇人につき十四部である。

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 書籍は過去においてもそうであったように、知識と文化的価値のかけがえのない貯蔵庫となっている。今世紀は書籍の生産が拡大し、依然として加速度的に増加しているが、それは識字者の絶対数の増加、教育の発達、ペーパーバック本の出現、生産と配布の技術の改善、そして遠隔地にさえ拡大された図書館や移動図書館の出現によるということができる。一九五五年から一九七五年までの間に、年間に発行された書籍の点数は二倍以上に増加し、発行部数で三倍増となった。現在では、毎年点数で五九万、部数で八〇億が印刷されている。しかし、主として用紙コストの高騰により本の価格は値上がりし、必要な成長を妨げている。状況はこれも顕著な不均衡と依存のそれを示している。本は国内および国家間の双方で非常に偏って配布されている。世界の人口の七〇%を占める発展途上国は、刊行される書籍の二〇%を生産するにすぎず、その多くは先進国を中心とする企業の子会社によって印刷されている。ときには種々な点で不適当な輸入書籍を学校で使わなければならず、自国の図書は出版資源が不適当なため書店や図書館に十分で回っていない。
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【Book】The MacBride Commission. 1980. Many Voices, One World: Towards a New, More Just, and More Efficient World Information and Communication Order. Lanham: Rowman & Littlefield Publishers, Inc.

What I feel a bit odd is the following small print.
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The author is responsible for the choice and the presentation of the facts contained in this book and for the opinions expressed therein, which are not necessarily those of UNESCO and do not commit the Organization.The designations employed and the presentation of material throughout this publication do not imply the expression of any opinion whatsoever on the part of UNESCO concerning the legal status of any country, territory, city or area or of its authorities, or the delimitation of its frontiers or boundaries.
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What??? Why?

The book is an official report by the International Commission for the Study of Communication Problems (aka. MacBride Commission) of UNESCO. And it has Forword by then Director-General of UNESCO, Amadou-Mahtar M'Bow. UNESCO is the one who recruited and called upon the commission members. UNESCO is the one that initiated this commission. And putting all the responsibility to the individuals? What kind of bizarre position is that??

Anyway... I think this report is an important document often ignored by recent studies. Especially, when Japanese are so keen on the international news flow, the Japanese translation of this book is out of print. (I had to bid off an old copy at an auction site!!)

Quotation from the Foreword by Amadou-Mahtar M'Bow.
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Communication is at the heart of all social intercourse.
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Every nation now forms parts of the day-to-day reality of every other nation. Though it may not have a real awareness of its solidarity, the world continues to become increasingly interdependent.
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From the Preface by Sean MacBride.
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In the 1970s, international debates on communications issues had stridently reached points of confrontation in many areas. Third world protests against the dominant flow of news from the industrialized countries were often construed as attacks on the free flow of information. Defenders of journalistic freedom were labelled intruders on national sovereignty. Varying concepts of news values and the role, rights and responsibilities of journalists were widely contended, as was the potential contribution of the mass media to the solution of major world problems.
Given this divisive atmosphere which surrounded the start of the Commission's work, my concern from the beginning was how to achieve a balanced, non-partisan, objective analysis of today's communication scene and how to meet the challenge of reaching the broadest possible consensus in our views on the major issues before us.
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The rest here are from the main text.
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Discrepancy in power and wealth, by its own weight or by deliberate action, has an impact and influence on communication structures and communication flows. Herein lie many of the underlying causes of the inequalities, disparities and imbalances so characteristic of international communications, in particular between industrialized and developing countries.
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Communication's role in international relations is also important, and indeed vital, because it governs the ability of international opinion to come fully to grips with the problems which threaten mankind's survival --- problems which cannot be solved without consultations and cooperation between countries: the arms race, famine, poverty, illiteracy, racism, unemployment, economic injustice, population growth, destruction of the environment, discrimination against women.
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However, the obvious imbalances in communication supported the view that "free flow" was nothing more than "one-way flow", and that the principle on which it was based should be restated so as to guarantee "free and balanced flow". The somewhat hazy origins of these concepts date back to the 1950s; they became more clearly defined between the late 1960s and the early 1970s. By that time, the imbalance in the flow of news and information between industrialised and developing countries was a major topic in international meetings, as an issue in the debate on fundamental political and economic issues in the contemporary world. Today, virtually no one disputes the reality of this imbalance. There is no general agreement, however, about concrete applications of the concept, still less about remedies to the problem and desirable policies. It is for this reason that the concepts of free flow and one-wahy flow, balance and imbalance, have become issues of the debate and indeed of international contention.
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【Book】エンツュクロペディー Enzyklopadie


【本】ヘーゲル,ゲオルグ・ウィルヘルム・フリードリッヒ.大北恭宏訳.1830. 『エンツュクロペディー 第一篇 論理科学』.文芸社.

いわゆるヘーゲルの「小論理学」と呼ばれているものです。
実はこれ、最初は岩波文庫版でよんだわけです。
したらチンプンカンプンだった。
ヘーゲルって夢遊病だったのかと思った。
「きっと眠ってる間にノートに書いてしまったことを後代の人がありがたがって出版してしまったに違いない!」と・・・。
そのくらいあんびりーばぼーにわかりにくかった。

で,もしかしたら訳がいけないのかもしれない。
と思ったわけです。だってさ、例えば・・・

「しかし、思惟的な考察をしてみればすぐわかるように、思惟的な考察というものは、その内容の必然性を示し、その対象の諸規定のみならずその対象の存在をも証明しようとする要求をそのうちに含んでいるものである。」とか。

もう「はあ??」って思ったわけです。

つまり・・・
「哲学はモノゴトの性質について知りたいだけじゃなくて、
そのモノゴトが実際に存在してるってことにも証拠が欲しいんだよ」
・・・ってこと?

ならそう書いてください・・・必要以上に話をややこしないで、おねがいだから。

いかんせん自分でいちいち現代語(?)訳しながら読まなきゃならないのでまどろっこしい。
時間がかかりすぎる。というわけで登場したのがもう一つの邦訳、この文芸社版なのでした。

で、結論から言うと・・・少しはマシだけどやっぱりわかりにくい。
用語は少しマシなんだけど、それでも「自分で自分を止揚していく」とかさ・・・。どうなのそれ。
加えて今度はインデントや記号の使い方がもの凄く読みにくくしている。
苦労の跡があちこちに見られるので、文句を言っちゃ悪いと思って頑張りはしたんですけど・・・

うーん・・・・・・将来もっと良い邦訳が出版されるのを楽しみにすることにする。

【Book】Gerorg Wilhelm Friedrich Hegel. 1830. Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften im Grundrisse, Erster Teil, Die Wissenschaft der Logik.

【Book】多言語社会がやってきた Multilingual Society Has Come

【本】河原俊昭・山本忠行編.2004.『多言語社会がやってきた:世界の言語政策Q&A』.くろしお出版.

紹介されている文献が少し古めなのが気になりますが、便利な一冊です。説明の筋も通っているものが多くて安心して読めます。

多言語主義論者の本の中には少しヒステリックな印象を受けるものもありますが、この本はそうした「英語憎し」とか「日本の帝国主義憎し」みたいな感情が前面に出ていないのも嬉しいです。もう本によっては英語ネイティブは悪魔と思えとでも言うような論調のものもあって辟易とするのですが、「支配する意図はない」という一文が入っているところに良心と現実味を感じます。まあ、度が過ぎて無神経な人も沢山居るので(思い出し怒り)、「支配する意図はない」というのも乱用されると困りますけれども、できるだけ配慮しようとしている人たちがいるのも確かですものね。

「英語がどのくらい浸透しているか、そしてどのように使われ、機能しているか」という観点で英語を分類するのは良いと思うのですが、実際の例として挙がっている国名には多少疑問が残ります。うーん・・・イスラエルはやっぱEFLなのか・・・けどかなり個人差あるよな・・・あの国の人の場合。あと東南アジアと大雑把に指されている中にタイやインドネシアも入るのか。何よりも何よりも何よりも!!!!マレイシアみたいにどっち着かずなケースがあるしねー・・・。まあ原則論としては良いと思うのですが、実際に当てはめるレベルではまだまだまだ問題がありそう。あーーーー、難しいなぁ・・・。

言語を問題・権利・資源の三段階の捉え方をした場合毎に言及している整理は大変わかりやすくて気に入りました。「資源」と呼ぶからには何かしら利用価値がないといけないかと思いますが、言語が複数存在することの社会的利用価値って何でしょうね・・・。そこで何か凄く説得力のある説明が欲しいところですね。

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 さらに彼〔Braj B. Kachru〕は、「英語がどのくらい浸透しているのか、そしてどのように使われ、機能しているのか」という観点から、世界の英語を分類、研究していくべきであると考えました。そして、(1)アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのように、英語が母語として使われているinner circle、(2)インド、シンガポールやフィリピンなどの東南アジア、ケニアやザンビアなどのアフリカのように、英語が公共機関などで使用されているouter circle、(3)日本、中国、イスラエルなどのように、英語は日常生活で使用されていないが外国語として学習されているexpanding circle、の3つの層が同心円状に広がっているモデルを提案しました。
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インターネットが全世界をつなぎ、衛星放送によるテレビ番組(ニュース、音楽やスポーツ番組など)が放映され、ハリウッド映画が世界中で上映され続けている影響で、世界各国に英語が氾濫しています。もちろん、言語支配をする意図はないのでしょう。しかし、企業が商品を売るために練る戦略は、時には現地の文化を駆逐し、自分たちの言語や文化を広めることになります。その結果、強い国の娯楽産業やマスメディア産業が、外側から大量の情報を流し込み、結果的に弱い言語を支配してしまうのです。
 ベトナムだけでなく、インド、アフリカ諸国、東欧において見られるこの「文化的・経済的な言語支配」は、実はとても強い支配力をもちます。受け手が支配されているという意識が薄いため、軍事的圧力で同化政策を強制したときよりも、早く浸透していくからです。小坂井(1996)も、外側からの圧力が弱いほど、受け取る側の反発が少なく、文化や言語の受容がスムーズに行われると指摘しています。また若い人への影響力が大きいのもこの言語支配の特徴です。ベトナムで、英語がフランス語を抑えて第1外国語となっている大学が多いことも、英語圏に留学を希望する学生が多いのも(藤田2002)、この言語支配の影響力の強さを反映しています。
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 アイデンティティ形成において、言語は大きな役割を果たしています。その意味でも「継承語維持」は重要だといえるでしょう。言語そのものは文化の一部であり、それぞれの言語はその言語と最も関わりのある文化の主軸であり象徴でもあります(Fishman 1985)。つまり、言語が喪失されることによって、ある言語集団の中核が失われることになり、社会的自己認識が不安定となり、劣等感をいだくようにもなります(Ruiz 1988)。
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 社会が多言語主義をどう評価するかによって「言語維持」に対する態度は大きく変わっていきます(Ruiz 1988)。まず、言語を問題としてとらえた場合はどうでしょう。多言語を貧困や教育レベル低下などの社会問題の原因として見るわけですから到底維持につながるとは言えないでしょう。次に、言語を権利としてとらえた場合はどうでしょうか。言語維持を基本的人権として見なすわけですが、決して社会のサポートが得られるわけではありません。つまり、「維持したいものを阻止はしないけれども、やるならば自分たちでどうぞ」ということです。最後に、言語を資源としてとらえた場合はどうでしょうか。言語が維持されれば社会全体の資源になるという考え方です。この場合、言語維持は個人の問題ではなく、社会の問題へと意識が移行し、多言語主義が認められると言っても過言ではないでしょう。このような社会的姿勢の中で、「継承語」を維持するかしないか自由に選択できるようになって、はじめて多言語・多文化社会が成立するのではないでしょうか。
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【Book】KAWARA, Toshiaki and YAMAMOTO, Tadayuki. 2004. Multilingual Society Has Come: Q&A on World's Language Policies. Tokyo: Kuroshioshuppan.

【DVD】25 on 20/20

【DVD】abc News.2005.『バーバラ・ウォルターズの20/20の25年』.

本日のリスニング教材。20/20という番組の25周年記念DVD。バーバラ・ウォールターズがした様々なインタビューを振り返る。ルドルフ・ジュリアーニ,マイク・タイソン,マーサ・ステュアート,マイケル・ジャクソン,カストロ,エリツィン,プーチンなどなど。

うーん・・・面白いインタビューも沢山ありました。彼女本人の紹介では、米国で初めての女性共同アンカーだったこと。最初に共同アンカーとして仕事を共にしたアンカーは性差別的でオンエア中に公然と彼女を攻撃したことなども含まれていました。

ただ、彼女のムスリムに対するコメントははっきり言って感心しません。サウジを訪れて「やたらミステリアスな場所」と言ったり、ユダヤ嫌いな大学生ばかりという印象を持たせたり、インタビュー相手のムスリムの男性が握手したことを「握手しないのね?」とわざわざ確認し、I understand.ともったいぶった言い回しをするのは、明らかに本国(米国)の保守的でステレオティピカルなムスリム感を持っている視聴者を意識しています。(以前書きましたが、私自身この握手できないというのには驚いたことがありました。相手がとても友好的で優しい人だったから尚更でした。が、宗教上の理由で異性に触れないのであって別に敵意や嫌悪感から握手しないのではありません。)これは、在米ムスリムには腹が立つことも多いだろうなぁ・・・と思わざるを得ませんでした。なんでこうステレオタイプをいやらしい形で強化する方向に誘導するのかな・・・。

あと障害者に対するコメントもなんかやらしいんですよね。全体的に。偽善的というか。やたら「障害にくじけず人生を楽しみ続ける強さ」とか「障害を乗り越える努力」とか。そりゃ、もちろんその方達は素晴らしいと思うんだけど、あまりに・・・あまりに番組側が偽善的に見えるのは何故だろう。綺麗に座ってエレガントな声で笑って質問してるけど、すごく商業的な匂いがする。視聴者に媚び媚びな感じがするんですよね・・・教科書どおりの態度で「ほらね、私も、この番組を見てるあなたもなんて善良で模範的な市民でしょう」みたいな。これって私の性格が悪いのかな・・・ヒネてる・・・?ケッ。いーさいーさ、どーせオイラひねくれ者さ。あたしゃ、Daily Showの方がやっぱ好きさ。

【DVD】abc News. 2005. Barbara Walters 25 on 20/20.

Tuesday, May 09, 2006

【DVD】笑国日本 I Laugh Japan

【DVD】ザ・ニュースペーパー.2004.『笑国日本』.

笑いました。
小国と笑国をかけていたり,LoveとLaughをかけていたり,
タイトルもおしゃれだと思います。
こういうシニカルな政治風刺ものって日本にもあったんですね。

単発コントじゃなくて、それこそThe Daily Showくらいコンスタントにやってくれるとニュースをもっと楽しめると思うんですが。欲を言うならもっとリサーチして、ニュース性を高めてもらいたいと思います。 知ってる話ばかりで,へえって思える新しく身につく知識がない。

ザ・ニュースペーパーの公式サイトはこちら

【DVD】The Newspaper. 2004. I Laugh Japan.


【Internet】大いに議論しましょう Let's Debate Widely

【Internet】森田総研.2000.「大いに議論しましょう(その8): 低投票率と民主主義の実践教育について」 .『森田実の時代を斬る』.2000.7.24.http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C0201.HTML

つまりこういうこと?
1)民主主義とディベートは深い関係
2)日本には民主主義の伝統がない
3)日本にはディベートの教育がない
4)だから日本人は投票所にも行かないような民主主義を解さないダメな人たち

うーん・・・そうなのかなぁ・・・
日本人は誰でもディベート下手なの?それってホントなの?困っちゃうなぁ。
日本に生まれて育っただけで下手だって言うんじゃなぁ・・・

で,下手な理由は結局宗教(神道とか言霊信仰とか)のせいなの,政治体制(民主主義)の未熟さのせいなの,教育課程の欠陥なの,それとも全部なの?

どれなんだとしても,そんなのことさら強調しても仕方なくない?
「お前は運命的にダメなんだ」的なことを言われて努力する気になるだろうか。
なんで日本をそんなに特殊扱いしなきゃいけないんだろう。
世界中どこにも超民主的で賢明な国民ばかりの国なんてないのに・・・
アテネではディベートしてたかもしれないけどさ、ソクラテスは死んじゃったし、死刑にされた理由は(プラトンの言葉を信じるなら)彼がやたらと議論をふっかけて回るからだったじゃん!投票率が低い国なんて欧米にだって幾らでもあるしさ。 日本人が特別ダメってことにならないよ。

だから悲観する必要はなくて、
民主主義や、開かれた社会や、活発な議論を追求することは、
どんな国でやるにしても、新しくて意義深い挑戦なんじゃないかな...
本当に民主的で開かれた社会をつくるのに成功した国はまだどこにもないんだから。

と思うのですがどうなのでしょう。

まあ、あれこれ言っても、「ディベート教育は大切なことだと思います」と書いてくれてるだけで森田実さん万歳!って気持ちもあるんだけど(笑)

以下、引用。
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 茨城県のSさんから低投票率と民主主義の実践教育について貴重なご意見をいただきました。こう述べています。  〈今回の総選挙で政権交代ができなくて、とても残念でした。投票率の低さが最も問題だと思います。確かにこのことは「日本国民は民主主義を分からない」ことを示しているように思われます。……(この)最大原因は「民主主義の実践的教育がなされていない」ことだと思います。民主主義の実践教育としてのディベート教育が是非とも必要だと思います。……ディベート教育により、だれもが一定レベルの民主主義の実践的方法を身につけることができます。〉
 ディベート教育は必要だと私も思います。私は1998年度と1999年度の2年間、学習院大学法学部で「現代社会思想」の講義をしました。1年目の履修登録者は350名、実際に前期と後期の二つのレポートを提出した人は250名でした。2年目は610名、前後期計2通のレポート提出者は478名でした。2年間の講義を通じて感じたのは、学生の“おとなしさ”と社会性の欠如でした。教室で他の学生の前で堂々と質問する学生は皆無でした。いまの日本においてディベート教育がほとんど行われていないことを痛感しました。  ディベート教育を行うことによって自立性と社会性とを同時に育てることができます。Sさんのご指摘は重要だと思います。日本の教育の改革という視点からみて、ディベート教育は大切なことだと思います。

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【Book】日本の多言語社会 Multi-lingual Society of Japan

【本】真田信治・庄司博史編.2005.『事典 日本の多言語社会』.岩波書店.

タイトルの意味が最初イマイチわからなくて本屋で一瞬眉間に皺を寄せてしまいました(笑)地方言語や移民言語の現状について説明しているならあんまり「事典」って感じしないし、多言語社会関係のキーワードの解説なら日本に特有な感じがしないし・・・。なんのことじゃい、って思いました。が、買ってみたら思いのほか使い勝手が良くて感激。

以下、引用。
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言語権

 言語権とは一般に,自らの言語,特に母語を自由に用いる権利とみなされている.また最近では,言語的人権ともいわれるように基本的な人権の一部とする見方がある.しかし一般の基本的人権に比べ,その解釈は多様であり,また言語権という概念自体が広く理解されているとはいえない.
 その概念の由来にかかわるものとして,1815年のウィーン会議での最終議定書は,他民族の支配下におかれることになった小数民族(エスニック・マイノリティ)の言語の公的使用を擁護しようとした最初の国際条約といえる.また国家の法律として少数民族の言語権に踏み込んだものとしては1867年のオーストリア憲法がある.そこでは,すべての民族はその言語を守り育てる全面的権利を有するとしたうえで,教育,行政,および公共の場において地域で使われている言語の平等性が国家によって認知され,自己の民族言語で教育を受けられるように手段を講じなければならないとのべている.ここに集団を中心にした言語権の認知と擁護の原型を認めることができる.
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 こうしてみると,言語剣は大きく,1)個人の自由な思考感情表現の手段であり,個人の自己同定の対象である母語の習得と使用を平等に保障しようとする立場と,2)民族,エスニック集団などの集団の表象として,そして,その成員にとって帰属意識の紐帯としての言語の存続を保証しようとする立場と,2つの見方がある.
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ことばと帰属意識(アイデンティティ)

 ことばは,個別言語や地域方言,さらにジェンダー,階層などの社会的方言にかかわらず,それぞれ,言語構造,イントネーション,語法,スタイル等において特徴を有している。一般に話者は発話にみられるこれらの特徴により,特定の(言語)集団に属しているとみなされる.そして話者自身も,特に異言語話者と接触する時には,その特徴を意識し,場合によっては,自己の言語,あるいはその変種に強い帰属意識(自己同一性,アイデンティティ)を感じることがある.
 多くの場合,話者にとって,その帰属する集団のことばは,知的・情的表現,対人関係維持の最良の手段であり,母語や方言には,なかば運命的で密接な関係をもっている.したがって,自己の(帰属意識の対象である)ことばに対し,原初的な愛着をもち,同じことばの話者に対し親しみを感じるのはある程度自然なことである.
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【Book】SANADA, Shinji and SHOJI, Hiroshi ed. 2005. Dictionary of Multi-Lingual Society of Japan. Tokyo: Iwanamishoten.

Monday, May 08, 2006

【Book】はじめてのディベート Intellectual Training For You

【本】西部直樹.1998.『はじめてのディベート』.あさ出版.

おめでたい感じがする。

とても分かりやすく書かれているし(ちょっと冗長だけど)、初心者用なわけだし、良いのかな・・・と思うのですが・・・。ちょっと表面的というか薄っぺらいというか物足りないというか・・・。いや、でも「はじめての」ディベートなんだから良いのかな・・・。うん。そうかも。良いのかも。

ディベートはそんなに特別な活動じゃないと思う・・・。フォーマットの定まった試合形式のディベートでなく、日常のインフォーマルなものでもディベートと呼べるものは沢山あると思います。なんかちょっと固く構えすぎてるのが違和感になってるのかな・・・あとディベートって凄い!って書いてある割に凄い「理由」に他のコミュニケーションスタイルとの違いが含まれていないのもちょっと・・・差別化がはかれていない気がする・・・けど初心者にはそんなの書かれても仕方ないのかな・・・。

うん。良いのかも。これはこれで。

ただし、準備期間が長いディベート(NDT/CEDAスタイル。NAFAのフォーマットはアメリカのNDTやCEDAで使われているフォーマットの輸入版)を「伝統型」と呼ぶのは明らかにおかしい。歴史の長さはここで「議会型」と呼んでいるイギリスの教育ディベートの方があるはずなので・・・。例えばケンブリッジのディベート部(Cambridge Union http://www.cambridge-union.org/)が設立されたのは1815年です。イギリスのディベートがこういうStudent Union系に運営されているのに対し、アメリカのディベートはスピーチ・コミュニケーション学科に併設されていることが多いようです。NCAの前身(the National Association of Academic Teachers of Public Speaking)が設立されたのが1914年。それ系の学問がある程度の地位を築いたのがその少し前・・・と考えても、おそらくアメリカの大学にDebate Squadが誕生したのよりケンブリッジ・ユニオンの方がかなり古いでしょう。フォーマット限定で言えばNDTはまだ60年くらいの歴史しかないし、CEDAに至ってはNDTより若いし。リンカーン・ダグラス式の由来になっている大統領選ディベートは1860年だけど、その時点では大統領選ディベートであってまだ教育ディベートじゃないし、そもそも1860年はケンブリッジ・ユニオンができたのより後だし。どんなに控えめに言っても、この本が想定しているスタイルをイギリスの議会型と引き比べて「伝統型」と呼ぶに足る条件は全く整っていないと思います。

一体何を根拠にNAFA系(いやさJDA系?教室連盟系?ともかくNDT/CEDAと似たジャッジング・クライテリアを共有しているコミュニティ)を「伝統型」と呼ぶのか・・・?こういうのは事実関係を確認するのが簡単な部類の事項だと思うんですが・・・クリティカル・シンキングを教えているのにチェックしないのだろうか。こういう基本的な情報は。やっぱり日本のNDT/CEDAスタイルディベート界はアメリカを通してしか世界を見ていないように思えて心配です。なんかマインド・セットがあるんじゃないでしょうか・・・。アメリカのディベートの良さは重々尊重しますし私自身ファンですが、あまり近視眼的になるのは良くないと思います。ああ、でもこの名称はこの著者が用いてるだけでJDAやNAFAの人が自分たちのディベートを「伝統型」と読んでるわけじゃないから、あくまでも問題はこの著者個人か。うーん・・・でもなぁ・・・JDAや教室連盟の名称がバンバンこの本の中に書いてあるしなぁ・・・

以下、引用。
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 なぜ、これほど多くの場所でディベートは行われているのでしょうか。
 それは、ディベートが教育の優れた手法と認識されているからです。つまり、ディベートを行うことで大きな教育効果があるからです。
 その教育効果を一言で言えば、「知的基礎体力」の鍛錬ができる、ということにつきます。「知的基礎体力」というと少しむずかしい感じがしますが、要は「聴く」「話す」「考える」力のことです。この三つの基礎的な能力は、仕事上あるいは日常生活を行う上で欠かすことのできない非常に大切な技術でありながら、あまりに当たり前すぎて、改めて鍛え直す必要性を感じることはあまりありません。
 しかし、何につけても訓練を受けた人とそうでない人とでは格段に差がつきます。それが基本的な能力であればあるほど、その差は色々な場面で大きな違いとなってあらわれます。例えば、「歩く」という私たちが日常行っている肉体的行為も、モデルの人たちのように歩く訓練を受けた人と、そうでない人を比べてみれば、そこには歴然とした差があります。
 「知的基礎体力」も、訓練を受けることによって鍛えられ、スキルとして身についていきます。そして鍛えた人とそうでない人とでは、決定的に差があらわれます。ディベートは、その訓練の方法として最適であると考えられているのです。
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 教育ディベートは、事前の準備時間の長さによって「伝統型(アカデミックディベート)」と、「議会型(イギリス式)」の二つに分類されます。事前の準備が長いのが「伝統型」で、事前の準備時間がほとんどないかのが「議会型」です。
 「伝統型」の場合は、テーマを与えられてから数時間から数ヶ月の間、ディベートの試合に向けての準備をします。
 これに対して「議会型」の場合、テーマの与えられてから試合までの準備時間は、わずか数分(だいたい一五分くらい)しかありません。
 ちなみに議会型というのは、議会政治の発祥ともなったイギリス議会の形に似ていることから、こう命名されたようです。
 現在、日本で行われている教育ディベートでは、ほとんどが、前者の「伝統型」ディベートを採用しています。
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【Book】NISHIBE, Naoki, 1998. Intellectual Training For You. Tokyo: Asashuppan.



【Book】言語帝国主義とは何か Les imperialismes linguistiques / Linguistic Imperialism

【本】三浦信孝・糟屋啓介編.2000.『言語帝国主義とは何か』.藤原書店.

言語帝国主義というと「英語が悪い」という短絡的な話になりがちですが、この本はもっと多角的に分析しようとしています。例えば、一つの標準化された国家言語が地方言語を淘汰していくことや、英語以外の言語(フランス語や戦前戦中の日本語など)の帝国主義的側面についても扱っています。

以下、引用。
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 故小渕首相の私的諮問機関「二十一世紀日本の構想」懇談会が最終報告書を出し、英語の第二公用語化を提案したのは二〇〇〇年一月である。(中略)
 アジアの共通語はすでに英語であり、アジアの首脳で英語で議論できないのは日本だけだとして、日本外交の語学上のハンディキャップを指摘したのは、国際金融で辣腕をふるった「ミスター円」こと榊原英資である。朝日新聞のアメリカ総務局を務めた国際派記者・船橋洋一は、グローバル化する世界で日本が生きていくには、英語を外国語として学ぶのではもはや追いつかず、英語を公用語にすべきだという主張を朝日系の媒体で展開していた。
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「シビリアン・パワー」日本(船橋)の発言力を増すためには「武器としてのことば」(鈴木)の習得に国防費を計上すべきだ。英語が世界後である以上、語学力で割を食わないよう子供のときから英語で教育し、やがては英語を第二公用語にしようというのである。
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 しかし新しいバイリンガル日本の構想は、内では日本語オンリー、外とは英語オンリーという二重のモノリンガリズム思考の帰結という印象が拭えない。船橋は「英語公用語化論の思想」(月刊『言語』二〇〇〇年八月号)で、「積極的、組織的な移民政策の推進」によって「日本を多民族社会に育てていく」必要を説き、英語の第二公用語化は「多言語主義に基づく言語政策」の第一歩だとしているが、移民や定住外国人は英語話者だけではないことに気がついていないか無視している。モノリンガリズム(単一言語支配)を二つ合わせてもマルチリンガリズム(多言語主義)にはならないのである。
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「言語帝国主義」ということばが日本語の中に現れたのは、一九七〇年代であったかと思われる。それをはっきりと自覚的に記憶の中に残していないのは、このことばを進んで認め、受け入れることに同意しかねる気持が私の中に働いていたからである。というのも、このことばには、特定有力言語の独占的普及を快く思わなかった結果、おのずと口をついて出た「ののしりことば」の色あいを感じたからである。
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そのときまだ、辞典の編集者が、「言語帝国主義」を項目に持ち出さないことは幸運だと思った。言語の問題に対して感情的にならず、できるだけアカデミックな節度をもってのぞむことは、こうした一連の問題を扱う学問領域の建設のために不可欠だと思ったからである。そうでなくとも、今では「社会言語学」の名のもとに保護され得るこのような研究領域は、政党言語学からのさげすみをまじえた批判の目にさらされていたからである。
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 このコンテキストでぜひ述べておかねばならないのは、しばしば少数言語が生きのびるための作戦を論じる際に提出される、言語の使用領域による使い分けという問題である。それはバイリンガリズムの実際として述べられる。すなわち公的な場面では帝国語を、民族語は家庭内の言語として、領域を分けあって用いるという、いわば分野を分けた平和共存のバランスという図式である。しかし、これほど欺瞞的な提案はない。家庭の中にだけ局限された言語にどんな未来があるだろうか。それは現実には、その言語の活動分野を限定することによって事実上の死を迫るものであるにもかかわらず、国際会議などで、言語学の専門家からしばしば聞かされる提案である。
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【Book】MIURA, Nobutaka and KASUYA, Keisuke ed. 2000. Les imperialismes linguistiques / Linguistic Imperialism. Tokyo: Fujiwarashoten.

バナナの命は短くて Brief Lives of Bananas


金曜日、両親に車を出してもらって買出し。
いくつになっても手のかかる娘です。

通常このデスク周りに常備してある食料は大学内の生協で買ったものです。が、せっかくだからと金曜日は生協には置いていないものも買いました。果物です。

バナナとみかん。
バナナはフィリピン産。みかんはニュージーランド産。

みかんは国産がありませんでした。まあ、季節がね・・・。
みかんにしてはかなり高かったです。オレンジの方がずっと安い・・・。
しかし、デスクで作業しながら食べる以上、切らなきゃいけなかったり手が汚れるものはダメです。
そしてどうしても柑橘類が食べたかったの。
なので一瞬迷ったもののニュージーランドみかんを買うことに。

まあ、良い。みかんは良いのです。
問題はバナナ。

金曜に買った時は、茶色い部分が全くなくて硬くて。
うーん、ちょっとまだ食べごろじゃないけど、1人だから全部食べるまでに時間かかるしいっか。
とか思って買ったのです。

今日、月曜日。
既にどんどん茶色くなっていっています。
今は「あら、丁度食べごろ」とか思ってられますが明後日が心配。
バナナって色変わるのこんなに早かったですっけ・・・?
これも季節かな・・・あったかくなったもんな・・・

と初夏の訪れを感じる今日です。

【Internet】スペ語版米国歌 U.S. Anthem in Spanish

ブッシュ氏は、国歌は英語じゃなきゃいかんでしょう、と言ったようですね。 やっぱり色々理屈を捏ねたところで、アングロサクソンな国。 けどJon Stewartがネタにしている通り、ブッシュ大統領の言い方はあまりに単純に見えます。 多様性や移民国家のアイデンティティについてよく考えた上でのコメントには到底見えないのが問題かと。

ブッシュ夫人のコメントが笑えます。
コメディー・セントラルのサイトでビデオも見れますヨ。
観た方が面白いと思うのでネタバレは避けときますね。

後は、BBCの記事(一番下)に載ってるマクレラン報道官の反論が大爆笑です。

【Internet】Comedy Central. 2006. Daily Show: Stewart - Star Spangled Banner.
http://www.comedycentral.com/motherload/?lnk=v&ml_video=63774

【Internet】BBC News. 2006. Bush criticises Spanish US anthem. April 28th.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4955360.stm
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George Bush has entered a row about the US national anthem, criticising a Spanish version featuring Wyclef Jean and Gloria Trevi.
"I think the national anthem ought to be sung in English," he said when asked at a news conference.
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The song also drew derision from Mark Krakorian, head of a US think-tank called the Center for Immigration Studies.
"Would the French accept people signing the La Marseillaise in English as a sign of patriotism? Of course not."
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【Internet】BBC News. 2006. Spanish US anthem raises hackles. April 28th.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4956834.stm

【Internet】BBC News. 2006. Bush 'no good at singing Spanish'. May 4th.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/4974930.stm
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The president regularly drops Spanish into his speeches, but has urged immigrants to learn English.
"The president can speak Spanish, but not all that well," said Mr McClellan, describing the singing suggestion as "absurd".

Earlier this week Mr Bush played up to his reputation for being clumsy with his native language, appearing alongside an impersonator at a White House press dinner and knowingly mocking his sometimes garbled English.

Critics of the president allege that his declared opposition to the new version of the national anthem - entitled Nuestro Himno - smacks of hypocrisy considering his regular experiments with Spanish.

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However, quips aside, Mr Bush used the occasion to stress his support for the study of English.
"Those who come here to start new lives in our country have a responsibility... to learn the English language so they can better understand our national character and participate fully in American life," he said.

Language has become a side issue in an ongoing debate over immigration rights in the US.

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Sunday, May 07, 2006

【DVD】製造される同意 Manufacturing Consent

【DVD】アクバー,マーク・ウィントニック,ピーター.1992.『製造される同意』.

本日のリスニング教材。
同タイトルの有名な著書と同じテーマを扱っている。

いかにマス・メディアがカバーする話題を選別して世論を操作できるかについて様々な角度から切り込んでいく。

彼が一貫して取るアプローチは、「具体例を比較する」という手法。その方法で沢山のダブル・スタンダードを浮き彫りにしていきます。中でも何回も繰り返されるのは、カンボジア内紛とインドネシアによる東ティモール抑圧。この二つの出来事は大変近い場所で近い時期に起きたにもかかわらず、大変異なる報道のされ方をした、という話です。

途中、チョムスキーが世界中の色んな識者と議論するシーンもある。チョムスキーの攻撃的な、アーギュメンタティブな側面を見たいのであればかなりおススメ。

【DVD】Achbar, Mark and Wintonick, Peter. 1992. Manufacturing Consent.

【Book】ペンと剣 The Pen and The Sword



【本】サイード,エドワード.中野真紀子訳.2005.『ペンと剣』.筑摩書房.

映画の「ロスト・イン・トランスレーション」ご覧になりましたでしょうか。あの作品、どこか居心地の悪さがありませんか。オーストラリアの友人達はあの映画が好きだと言って、映画に出てくる場所を観光したいと無邪気に言ったりします。渋谷のスクランブル交差点で大喜びで写真を撮ります。それを見て、興味を持つとっかかりがあるのは良いことだと思うのです。けれど何処か喜べない自分がいます。それは多分あの映画の中で「われわれ」と「かれら」があまりに明確に区別されているからではないかと思います。

サイードの説明するジャニーヌの態度は、あの映画の主人公たちに似ていると思います。理解不能な現地語を喋る現地人たちに囲まれて、彼らをかけ離れた生き物のように扱う。アラビア語ではなくて日本語なだけではないでしょうか。

以下、引用。
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 カミュは、重要な作家であると同時に、それに劣らぬほど大したスタイリストです。多くの点で模範的な小説家であることは間違いありません。確かに彼は抵抗について語っています。しかし僕がひっかかるのは、この作家が、本人の素性や過去から切り離されて読まれていることです。カミュの素性は、植民地人、ピエ・ノワールです。彼はアルジェリアの海岸に面した、アラビア語でアンナバ、フランス語ではボーヌと呼ばれる都市の近郊で生まれ育ちました。この町は一八八〇年代から一八九〇年代にかけて、フランス化したのです。彼の先祖はコルシカや南欧各地やフランスからの移民です。彼の小説は、実は植民地的な状況を表現したものだと僕は見ています。
 『異邦人』(L'Etranger, 1942)に出てくる主人公ムルソーはアラブ人を殺しますが、カミュはこのアラブ人に名前も素性も与えていません。小説の終わりの方で、ムルソーが裁判にかけられる場面の着想は、完全に思想的なフィクションです。植民地時代のアルジェリアで、アラブ人を殺したかどで裁判にかけられたフランス人などひとりも存在しません。これは偽りです。彼は虚構を構築するのです。
 第二に、後年の小説『ペスト』(La Peste, 1947)では、あの都市で死んでいくのはアラブ人なのですが、彼らについては何も語られません。カミュとヨーロッパの読者にとって問題になるのは、当時も今も、ヨーロッパ人だけなのです。アラブ人はただ出てきて死ぬだけです。
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 「アルジェリア民族などというものは存在しない」――彼はムスリムの帝国主義を公然と非難しました。人間の状況に対する偏見のない観察者どころか、カミュは植民地の証人なのです。苛立たしいのは、彼が決してそんなふうには読まれないということです。僕の子供たちは高校生と大学生ですが、最近、それぞれフランス語の授業で『ペスト』と『異邦人』を講読しました。息子と娘のどちらの場合も、カミュを植民地という文脈から切り離して読まされました。カミュが荷担していたこの異論の多い歴史については、何の指摘もなかったのです。
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 これ〔カミュの『追放と王国』(L'Exil et le Royaume, 1958)に収録された「不貞の女」〕は後期の作品で、一九五五年以降に書かれたものです。物語はジャニーヌというフランス女性についてのもので、彼女はセールスマンの妻です。夫妻はアルジェリア南部に向けてバスで旅しています。彼女は、自分の国にいるのに外国人に取り囲まれている、と発言していますが、これは当時カミュ自身が感じていたことでしょう。ジャニーヌはアラビア語がわかりません。現地人を、かけ離れた生き物のように扱います。
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 アラビア語は第二次世界大戦の終結まで排斥されました。なぜなら、アルジェリアはフランスの一部と考えられていたからです。この言語を教えることができた唯一の場所は―今日のアルジェリアの状況に大きく関連することですが―モスクのなかでした。イスラムは、当時も今も、ナショナリズムの最後の避難所だったのです。
 FLNは一九六二年に政権を奪取すると、アラビア語を復活させました。そのアラブ化政策には、やや行き過ぎた点もあったようです。アラビア語の学習が強要されました。ベン・ベラやブーメディエンの世代は、アラビア語をまったく知らなかったのです。彼らの実用言語はフランス語でした。方言を話し、クルアーン(聖典)を読むことはできましたが、東アラブ世界の僕たちが使うようにはアラビア語を使えなかったのです。そこで彼らはそれを学ばねばなりませんでした。
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 合衆国が百万のヴェトナム人の命を犠牲にしたことなど、ほとんどのアメリカ人は忘れています。僕の生徒のなかにはヴェトナム戦争のことさえ知らない者も少なくありません。そのことは忘れられてしまったのです。ジミー・カーター〔一九二四~ 合衆国大統領(一九七七~八一)民主党〕は、あの戦争が「相互の破壊」だったと言いました。でも、ヴェトナムにおける破壊の規模と、帝国主義の侵略者である合衆国が耐え忍んだ犠牲とでは、とても比較になりません。
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【Book】Said, Edward. 1994. The Pen and the Sword: Conversations With David Barsamian. Common Courage Prress.

【Book】ディスコルシ Discorsi

【本】マキァヴェッリ,ニッコロ.永井三明訳.1999.『マキァヴェッリ全集2: ディスコルシ』.筑摩書房.

「事態を収めればよろしい」って・・・随分あっさりと・・・
ガンジーやキング牧師がスピーチしたところで、意見を異にする人はいっぱいいたわけで・・・そんなに短時間に事態は収まるものなのでしょうか・・・。あと真理という言葉をあっさり使えるところが16世紀(?)。

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彼らの猜疑心が根拠のないものである場合には、有識者で信望のある人物が進み出て演説し、公開討論をとおして人民にその間違いを悟らせて、事態を収めればよろしい。トゥリウス・キケロの言うように、人民とはたとえ無知であったにしても真実を把握する能力を有する。そして人民が信頼するに足るとする人物が、彼らに真理を告げさえすれば、やすやすと説得されうるものなのである。(p.23)

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そしてわれわれは、多くの事柄を行うのに、理性に導かれてではなく、必要に迫られてやっているに過ぎない。(p.31)
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【Book】Machiavelli, Niccolo. 1984. The Discourses. Viking Press.

【Book】身につけるディベートの技術 Debating Skills We Need

【本】茂木秀昭.2005.『身につけるディベートの技術』.中経出版.

著者はどうやらEast-Westの優勝者。
しかもKO卒。(つまりKESSのOBの方でしょうか)

大変読みやすい本ですが、ディベートにおける「合理性」「客観性」「論理性」などにちょっと夢を持ちすぎだと思います。カント以降は絶対的な客観性を信じている人は絶滅したのかと思っていました・・・。

ただ、確かにディベートには自分、自分と違う意見の人、聴衆、という最低三つのグループが関与します。他の2者に理解されないと困るので、一方的にスピーチするだけよりは相対的に内容が客観性に耐えるものになるとは思います。けれど「主観的な意見を離れ」と言ってしまうのはちょっと危険だと思います。

以下、引用。
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 これまで日本では、ディベートというと揚げ足取りや詭弁、単なる討論といったイメージが強かったのですが、実際にはこれまでの日本の教育に欠けていたいくつかの重要な訓練効果があることが、ようやく知られるようになってきました。
 企業では一九八〇年代前半頃から、ソニーや松下といった国際的な大企業がディベートを研修に取り入れてきましたが、現在では多くの企業や人事院、地方公共団体の研修などでも導入されています。
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 しかし、ディベートは単なる討論ではなく、徹底した調査を基に、客観的な根拠に基づいて両面から問題を分析して解決策を検証し、合理的な問題解決策を選択していく手法なのです。まず、論題(トピック)を設定(たとえば「当社は成果主義を導入すべきである」)し、準備の段階では賛成(肯定側)と反対(否定側)の両面から議論を組み立てたり、相手の反論を予想して対策を考えたりして、試合に臨み、最終的により合理的な問題解決策を選択していきます。あくまで討論は、合理的な問題解決に至るプロセスの一部に過ぎません。
 言い換えれば、ディベートは、主観的な意見を離れ、客観的に両面から問題を分析し、その本質を探る手法なのです。
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【Book】MOTEGI, Hideaki. 2005. Debating Skills We Need. Tokyo: Chukeishuppan.

Saturday, May 06, 2006

【Internet】言挙 Kotoage

衝撃です。

先ほどの本の「言挙」という言葉が気になったので調べています。
そしたら太宰府天満宮のサイトにたどり着きました。

【インターネット】太宰府天満宮.『神道』.
http://www.dazaifutenmangu.or.jp/shiru/shinto.htm
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 神道は、古代日本に自然発生した信仰生活が発達したものです。したがって現在でも、教義や教典といったものは、特にありません。『万葉集』には「神ながら(神道のこと)言挙(ことあ)げせぬ」と記されています。「言挙げ」は「興言」とも書き、「声に出して言う」とか「理論だてる」ということですが、神道はそういうことをあえてしないのだと語っているのです。「言挙げせぬ」ということは、教義や教典を持たないのと同時に、ことに布教活動といったものも行わないことです。日本民族の中から自然に発生した神観念と、それに伴う祭祀儀礼が始まりですから、教祖も存在しません。ここが他の宗教との決定的な差異です。
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・・・つまり、なんですか?
万葉集に神道ではディベートしちゃダメなんだよ、って書いてあるっていうの??
んなバカな・・・本当でしょうか・・・そんなに根が深かったら困るなぁ・・・

で、元ネタの万葉集からの引用は以下です。やーれやれ。

柿本人麻呂.『万葉集』.3253,3254番
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/3770/top.htm
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葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙せぬ国 然れども言挙ぞ吾がする 事幸く 真幸くませと恙なく 幸くいまさば 荒磯波 ありても見むと百重波 千重波しきに 言挙すわれは 言挙すわれは

(反歌)磯城島の 大和の国は 言霊の助くる国ぞ 真幸くありこそ
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しかしこの歌は「言挙ぞ吾がする」「言挙すわれは 言挙すわれは」とあり,「俺は敢えて言わせて貰うぜ」ゴーゴー,という意味ではないのだろうか・・・
と思ったら以下のようなものも見つかりました。

本居宣長.『直毘霊』
http://myorenji.moo.jp/kakugen.html
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古(イニシヘ)の大御代(オホミヨ)には道といふ言挙(コトア)げもさらになかりき故(カ)れ古語(フルコト)に葦原(アシハラ)の瑞穂(ミズホ)の国は神ながら言挙(コトア)げせぬ国といヘリ
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うーん・・・宣長は「然れども」の前にだけ注目してるみたいですね・・・

【Internet】風琳堂.2005.『千時千一夜 ──瀬織津姫&円空情報館』. 03/10 07:01
http://otd3.jbbs.livedoor.jp/246945/bbs_plain?base=132&range=1
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人麻呂の激情歌(『万葉集』巻十三 №3253・3254)  

 柿本朝臣人麻呂の歌集の歌に曰く
葦原の 水穂の国は 神ながら 言挙[ことあげ]せぬ国 しかれども 言挙ぞわがする 言幸[ことさき]く まさきくませと つつみなく さきくいまさば 荒磯波 ありても見むと 百重波 千重波にしき 言挙す吾は 言挙す吾は  
 反歌
しき島の日本[やまと]の国は言霊のさきはふ国ぞまさきくありこそ 

 日本は神代から言葉に出して言い争わない国だ、しかし、言霊が本来のように幸くあるために、「吾」はあえて言葉に出してもの言うぞといった歌意かとおもいます(「言挙[ことあげ]」とは「下位の者から上位に対してかやうにあつて欲しいと希望を申し出す事を云ふ」…武田祐吉『柿本人麻呂』昭和十三年)。古代において、「言挙」は死を覚悟の上での行為だったはずですが、武田祐吉『柿本人麻呂』によりますと、この歌は、「遣唐使として海外に使する人に贈つて、其の功を盛にする歌だと云はれてゐる」とされ、いかにも戦前的解釈がなされていました。武田さん自身は、「これが果して遣唐使の一行を送つた歌とすれば多分大宝二年の遣唐使を送つたのであらう」とも書いていました。これは戦前の解釈ですが、しかし過去のものかといえばそうではなく、たとえば北山茂夫『柿本人麻呂論』(1983年刊)の巻末人麻呂年表にも、「大宝一年」の項に「遣唐使任命、これを機に、人麻呂、餞けの長歌を作る」などと書かれ、戦後においても同日の解釈がなされていて、あるいは、これは今なお通説化・定説化されている解釈なのかもしれません。現在流布している人麻呂論のすべてに眼を通したわけではありませんけど、この歌をどう「解釈」しているかは、その論を読む上で大事なポイントになるだろうとはいえそうです。わたしの歌の理解でいえば、末尾の「言挙す吾は」(原文は「言上為吾」)のリフレインがもっている人麻呂の「おもひ」の激しさは、遣唐使への餞別・激励の歌などとはまったくそぐわないものだとなります。人麻呂が歌どおりに言挙=言上したとしますと、それだけでまさに「ちはや人」(巻十一 №2428)で、最悪死罪、軽微にみても官位剥奪か配流刑になったとしても不思議ではありません。
 万葉集の編者は、この人麻呂の「言挙」の宣言歌のすぐ前に、作者不詳とするも、次のような言挙歌も載せています。

■もう一つの言挙歌(巻十三 №3250~3252)
蜻蛉[あきづ]島 日本[やまと](原文は「倭」)の国は 神[かむ]からと 言挙[ことあげ]せぬ国 しかれども 吾は言挙す 天地の 神もはなはだ わが思ふ 心知らずや 往く影の 月も経[へ]往けば 玉かきる 日もかさなり 思へかも 胸安からぬ 恋ふれかも 心の痛き 末つひに 君にあはずは 吾が命の 生[い]けらむきはみ 恋ひつつも 吾はわたらむ まそ鏡 正目[ただめ/まさめ]に君を 相見てばこそ わが恋止まめ 
 反歌
大舟のおもひたのめる君ゆゑにつくす心は惜しけくもなしひさかたの都を置きて草まくら旅ゆく君をいつとか待たむ

 長歌の後半は激情の恋歌を仮装していますが、この歌が通常の恋歌と異なっているのは、最後に「まそ鏡 正目[ただめ/まさめ]に君を 相見てばこそ わが恋止まめ」と歌われていることに表れています。前半の「蜻蛉[あきづ]島 日本[やまと]の国は 神[かむ]からと 言挙[ことあげ]せぬ国 しかれども 吾は言挙す 天地の 神もはなはだ わが思ふ 心知らずや」のフレーズを受けてならば、「まそ鏡」(真鏡)には表面上は「言挙す」る「吾」が写っているはずです。しかし、歌は、真鏡に写っているのは謎の「君」であり、それが「わが思ふ心」と二重化され、そのような「君」を相見るならば、この「恋」は止むだろうと歌っています(皇孫への神鏡授与の例にならえば鏡に写るのは「神」)。なお、後半の、この「まそ鏡」のフレーズについては、人麻呂歌「真鏡[まそかがみ]手に取り持ちて朝なさな見れども君は飽くこともなし」(巻十一 №2502)を、とても近い縁歌として指摘することができます。万葉集編者が、作歌者不明としつつも、この言挙歌をここに置いたのは、次の人麻呂の「言挙」の宣言歌を、万葉集歌群のなかで一人孤立した歌とはさせないといった編集意図があったということなのでしょう。
 また、人麻呂の言挙歌と、この作歌者不明の言挙歌の間に置かれた短歌(反歌)二首については、前者の歌にある「大舟のおもひたのめる君」からは、これも、人麻呂の「大船の香取の海に錨[いかり]おろしいかなる人か物おもはざらむ」(巻十一 №2436)という左遷時の歌が連想されます。後者の「ひさかたの都を置きて草まくら旅ゆく君をいつとか待たむ」については、「都」からわびしくも旅立っていく「君」をいつまでも待っているという意で、では、この謎の「君」とはだれのことかということがあります。人麻呂歌の直前に意味深げに置かれたこれらの長歌と短歌が、人麻呂の言挙歌との連動を意識した配列となっていることはまちがいなく、としますと、「草まくら旅ゆく君」は、あるいは「東海の畔[さかひ]に左遷せられ」るときの「君」、つまり人麻呂とも読めるような編集(歌の配列)となっています。 こういった万葉集編者の編集意識(おもひ)がここには秘められているとしますと、その後の富士山を歌った人麻呂短歌二首、および、安居院が指摘するところの富士山歌が一段と重い光を発してくることになります。
 人麻呂の「言挙」の宣言歌が含む激情をそのまま投影したものとして、「ふじのねのたえぬ思ひをするからに常磐[ときわ]に燃る身とぞ成ぬる」と「ちはやふる神もおもひのあればこそとしへてふじの山ももゆらめ」の二首があります。この二首がもっている(ちはやふる)「おもひ」の強さに比較しますと、安居院が指摘した富士山歌(の長歌と反歌)の方は、どちらかといえば静かな抑制された感情によって歌われているようです。この違いはどこからくるかと考えますと、おそらく、短歌二首は配流(左遷)先でか、想念のなかで富士山(神)と対面しつつ自身の「おもひ」を重ねて詠んだものであり、長歌と反歌の方は、配流(左遷)先から都へ連れ戻されるときか、富士山を振り返るようにして歌い遺したもの(「駿河なる不盡の高嶺は見れど飽かぬかも」)というのが大きな理由ではないかとおもわれます。短歌二首が「燃える富士」のイメージをもっていたのにくらべ、長歌と短歌は、その「火」を消す「雪の富士」のイメージに転換しています。人麻呂にとって、都へふたたび向かうということ──、それは「死」への召還を意味していました。
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しかも,こんなのもみつかりました・・・
けどここに出てくる「言挙」は議論することや論理的に話すこととは関係なさそうなのですが。

日本翻訳センター.「イサナギ・イサナミの御子誕生」.『ホツマツタエ』.天の巻
http://www.hotsuma.gr.jp/aya/aya03.html
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 この後、イサナギとイサナミの二柱は、浮橋の上でオノコロの印相(いんぞう)を契って後に建てた八尋殿(ヤヒロノトノ)に立つ天御柱(アメノミハシラ)をお互い巡って男の子を生もうと話し合いました。 先ず言挙(コトアゲ)の儀式に、女は左廻りに男は右廻りに別々に巡り、お互い出会い頭に女神は、「アナニエヤ(なんとうれしい)良(え)男(おとこ)」男神は答えて、「ワナウレシ(わあうれしい)良(え)乙女(おとめ)」と相歌い一緒に交わってはらんだものの、その子は月満てず流産してしまいました。その子の名前をヒヨルコ(未熟児)と言い、泡の様に流れ去りましたので、この児は子供の数には入りません。葦船に乗せ、吾が恥と流した先を淡路島と呼びました。 この不幸な出来事を天神に告げ相談したところ、早速太占(フトマニ)を占って天意を伺っていわく、「先の五(イ)・四(ヨ)の歌は事を結ばず。と卦(け)に出ている。又、言挙(コトアゲ)も女が先に立ってはいけない」との神託があり、なお続けて嫁法(とつぎのり)についてのお話がありました。
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同サイトの『ホツマツタエ』の説明は以下です。
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ホツマツタエは、古代大和ことばで綴られた一万行に及ぶ叙事詩です。縄文後期中葉から弥生、古墳前期まで約一千年の神々の歴史・文化を今に伝えています。作者は、前半天の巻・地の巻をクシミカタマ(神武時代の右大臣)が、後半人の巻をオオタタネコ(景行天皇時代)が、編纂、筆録と記されています。
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津島神社のサイトには日本書紀から以下の部分が引用されています。
http://www.clovernet.ne.jp/~m_hotta/saijin.html
------------------------------
一、日本書紀 巻第一(神代上)
 一書(あるふみ)に曰(い)はく、素盞鳴尊(すさのおのみこと)の所行(しわざ)、無状(あぢなき)し、故(か)れ諸神(もろもろのかみ)科(おほ)するに千座置戸(ちくらおきと)を以てして、遂(つい)に逐(やら)ひたまひき、是の時に素盞鳴尊、其の子五十猛神(いそたけるのかみ)を帥(ひき)ゐて、新羅国に降到(くだり)りまして、曽尸茂梨(そしもり)之処に居(ま)します。乃ち興言(ことあげ)して日はく、此の地(くに)吾不欲居(あれをまらくほりせじ)とのたまひて、遂埴土(はにつち)を以て舟を作り、乗りて東に渡り、出雲国の簸川上(ひのかわかみ)に在る鳥上(とりかみ)の峯(たけ)に到ります。
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日本書紀にはこんな部分もあるみたい。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/77/78/7802/780211.htm
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『日本書紀 一』(神代 上)「幸魂・奇魂、大三輪神」(前略)一書に曰はく、夫カの大己貴命オホナムチノミコト、少彦名命スクナヒコナノミコトと力を戮アハせ心を一にして、天下アメノシタを経営ツクりたまふ。(中略)自後コレヨリノチ、国の中に未イマだ成らざる所をば、大己貴神独り能ヨく巡り造りたまふ。遂に出雲国に到りて、乃スナハち興言コトアゲして曰ノタマはく、夫カの葦原中国アシハラノナカツクニは本モトより荒芒アラびたり。磐石草木イハネクサキに至及イタるまで、咸コトゴトく能く強暴アシかり。
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『源平盛衰記』内閣文庫蔵慶長古活字本(国民文庫)巻第四十一 P1037
http://j-texts.com/seisui/gs041.html
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多々良五郎能春は平次を懐く。各申けるは、此条互に穏便ならず、友諍其詮なし、平家の漏聞んも嗚呼がましし、又鎌倉殿の被聞召も其憚在べし、当座の興言くるしみ有べからずと申ければ、判官誠にと思てしづまれば、梶原も勝に乗に及ず、此意趣を結てぞ判官終に梶原には弥讒せられける。

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本当に「言挙」って議論することや明言することを指す言葉なの?
ということで今度は古語辞典を漁ってみます。

Infoseekのマルチ辞書(大辞林の二版だと思われる)
http://dictionary.www.infoseek.co.jp/
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ことあげ 0 4 【言挙げ】
(名)スル言葉に出して言い立てること。言葉に呪力があると信じられた上代以前には、むやみな「言挙げ」は慎まれた。揚言。 「葦原の瑞穂の国は神ながら―せぬ国然れども―ぞ我がする/万葉 3253」

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http://www.asahi-net.or.jp/~mq9k-ymst/KYkobun/ziten.htm
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ことあげ (名・動サ変)(言挙げ)言葉に出して言い立てる(こと)。
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うーん・・・・・・

ちなみに、
国際派日本人養成講座.2001.「Common Sense:言挙げの方法」.『Japan On the Globe』.172号.(http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog172.html
には以下のように書いてある。うーん...言挙げって一般的な言葉なんでしょうか・・・

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 わが国は「言挙(ことあ)げ」をしないこと、すなわち、言葉に出して言い立てず、「以心伝心」や「沈黙は金」を美徳と する伝統がある。国際会議でも日本の代表は、3S、すなわち、Smile、Silent、Sleepだと阿諛されるほどであるが、それでは国際社会ではやっていけない。
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【Internet】Dazaihutenmangu. Shintoism.

【Internet】Hotsuma-Tsutae. The Book of Heaven. Chapters 3.
http://www.hotsuma.gr.jp/aya/aya03-e.html
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First, in the ritual of kotoage, Isanami turned to the left while her spouse turned to the right. When they met again, Isanami started by saying, "Ah, what a splendid youth". Isanagi, in turn, said "Ah, what a fine maid." After thus chanting together, they conceived a child. But the child was miscarried before its term was full. It was called Hiyoruko ("Premature Child") but was not included among the number of their children. It was placed on a boat of reeds and cast off, the place where it landed being called Awajishima ("Island of Our Shame").The pair related these unhappy events to the heavens. They conducted divination according to the Futomani Book and sought divine guidance. They were told: "Nothing will come from the Song of I and Yo that you used before. When you conduct the kotoage, the female must never start first". The divination produced further guidance on the method of procreation.
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【Book】ディベートのすすめ Introduction to Debate

【本】 望月和彦.2003.『ディベートのすすめ』.有斐閣.

うーん・・・どうなんでしょう・・・。
こういう「日本人は議論ベタ」って言い続けると,
議論の勉強しようって人が余計減っちゃうんじゃないですかね?
確かにもっと先入観なしに楽しんでみて欲しいな、とは思いますが,
こういう言い方が良いことなのかは分からないです。

以下、引用。
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 またわが国では人の意見に反対することは昔から「言挙」といって,あまりよくないことだとされてきた。そのため今日のわが国では公的な場で討論することを避ける風潮が強く,自己アピールも外国の人たちに比べて上手とはいえない状況にある。
 他方,欧米では弁論術の一環としてディベートが行われてきた歴史がある。
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 日本人は,おうおうにして,議論に負けるとまるで自分の人格自体が完全否定されたように思う人がいるが,ディベートはそのような性質のものではけっしてない。
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 人間の行動の指針となるべき価値判断は,単なる厳密知識の集積によって獲得することはできず,それとは別次元の健全な判断が必要であることは,古代ギリシア時代,プラトンと同時期に弁論家・修辞学者として活躍したイソクラテス(436~338BC)が主張していることである(廣川洋一(1984)『イソクラテスの修辞学校』岩波書店)。

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【Book】Mochizuki, Kazuhiko. 2003. Introduction to Debate. Tokyo: Yuhikaku.

【Internet】「自殺」アラカルト "Suicide" a la carte

【Internet】お葬式プラザ.1989.『「自殺」アラカルト』.

何で突然こんな物騒なサイト?と思うかもしれませんが、
別に自殺願望とかは全くありません。ご心配なく。

あのですね、安楽死を認めるべきか、というディベートの解説を受けたんですね。
オーストラリア人の講師に。もう2年近くも前の話ですけれども。
オランダをはじめ、合法化されるケースが最近増えてきてますね。

まあともかくその授業の中で、「自殺は何処の国でも違法だ」と言われました。

で・・・、「そうだっけ?習ってないぞ、そんなことは学校で」と思ったわけです。

そこでちょっと調べてみました。

嘘じゃん!!
日本の刑法では自殺は違法ではないようです。
おかしいと思ったんですよね。
ちくしょう、あいつめ。今度言っておかなくちゃ。

ちなみにその後に書いてある、イギリスで1961年以降自殺が増えなかったというくだり。
「安楽死を合法化すると、自殺助長」系の議論に対する反論に使えそうですね。
合法性・違法性や懲罰の有無と自殺者数には関連なし、と。

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日本では旧刑法も新刑法も、自殺を犯罪と見なしていない。その理由は、「自殺に可罰的違法性が認められない」と、「自殺は罰すべき価値のある違法行為であるが、自殺者を非難することは残酷であり、責任阻却事由が存在する」とがある。何れにしろ刑法に自殺関与罪はあっても自殺罪、自殺未遂罪はない。

イギリスでは1916年の政策下で、自殺未遂者は逮捕されるとあった。1946年から1955年の10年間に5,794件の自殺未遂者が審理され5,477人が有罪とされ、308人が実刑を宣告されている。しかし1961年の刑法改正で犯罪とは見なされなくなった。しかしこうした改正によって自殺者数になんら目立った影響が出ていない。

現行のカトリック教会法では自殺と自殺未遂をともに罰している。自殺未遂の前歴のあるものは聖職に「不適応」とし、精神異常でない者が自殺した場合、教会基地に埋葬することを拒絶し、葬儀ミサを禁止すると規定している。
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ちなみに、刑法には以下のように、自殺幇助の違法性は定めてあります。
ちょっと気になるのは、自殺幇助罪の方が殺人罪より最短服務期間が長いんですね。
それってどうしてですかね・・・?
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第百九十九条 【 殺人 】
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。
 
第二百条 削除
 
第二百一条 【 予備 】
第百九十九条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。
 
第二百二条 【 自殺関与及び同意殺人 】
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。
 
第二百三条 【 未遂罪 】
第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。

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【DVD】ホワイトハウスでの信仰 Faith in the White House

【DVD】グリッズリー・アダムズ・プロダクション.2004.『ジョージ・W・ブッシュ: ホワイトハウスでの信仰』.

BGMがバカウケです。

華氏911に対抗して作られた、ブッシュ支持派のためのドキュメンタリー。やっぱ両方見ないとフェアではないので共和党系のも見るんです。でもエンターテイメント性はどうしても寂しい作品ばかりですね。

お涙頂戴系の逸話が次から次へと続くのでちょっと退屈です。何より徹頭徹尾、キリスト教への信仰の深さについてなので・・・その・・・良いんですかね・・・。移民国家的には一つの宗教にこんなにフォーカスしちゃって・・・?ていうか信仰は政治家としての資質と関係あるんでしょうか・・・?

この点に関してのこのDVDのスタンスは、「政教分離が行き過ぎている」というもの。一部のご家庭が大喜びしそうな言葉です。出てくる例としては、昼食前に黙祷した子が罰を受けたとか、高校の卒業式で「ジーザス」という言葉を口にした生徒が逮捕されたとか。・・・本当かいな・・・。なんかやたら写真とナレーションばかりなんでイマイチ。もう少し何処の州のなんていう学校で起きた事件なのかとか言及して欲しいです・・・。

一番勉強になったのは、南北戦争以降で、ブッシュ氏がテキサス知事に当選した最初の共和党員だったという話。本当ですかね。それは何というか・・・テキサスの印象が変わりますね・・・。

【DVD】A Grizzly Adams Production. 2004. George W. Bush: Faith in the White House.

【Article】反発と是正 Backlash and backtrack

サイード,エドワード.2001.「反発と是正」.『アル・アフラム・ウィークリー』.9月27日‐10月3日 553号.(邦訳は、中野真紀子訳.『サイード・オンライン』(Web Site), もしくは,『戦争とプロパガンダ』(みすず書房)で読めます。)

サイード・オンラインはおススメのサイトです。
短いエッセイの邦訳も原文もドンドン読めます。
大変太っ腹なサイトだと思います。

この記事が掲載されたのは9.11からわずか二週間と少しの時点です。
その時点でいかに反アラブ的言動が蔓延していたのか、統計にはビックリさせられます。

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きのう発表されたギャラップ世論調査によれば、「すべてのアラブは、たとえアメリカ国民であっても、特別な身分証明書を携帯すべきである」という考えに、アメリカ人の四九パーセントが賛成している(四九パーセントは不賛成)。さらに、「すべてのアラブは、たとえアメリカ国民であっても、特別に設けられた厳重な保安検査を受ける」ことを要求する者は五八パーセントに及んでいる(四一パーセントは不要としている)。
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おおやけの領域にアラブやイスラームについての肯定的な知識が存在するのであれば、それを頼みにして、極端にネガティブなイメージの横行に対し是正を図ることもできようが、そんなものはほとんど存在しない。貪欲で、執念深く、乱暴で、非理性的で、狂信的な人々というステレオタイプは結局いつまでもついてまわるのだ。この国では、ひとつの主義主張としてのパレスチナは人々の想像力をとらえるにいたっていない。とりわけダーバン会議の後ではその感がいちじるしい。
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Said, Edward. 2001. Backlash and backtrack. Al-Ahram Weekly Online. 27 Sep. - 3 Oct. Issue No.553.

【Book】 9.11 9-11

【本】チョムスキー,ノーム.山崎淳訳.2001. 『9.11』. 文藝春秋.

久々に読み返しました。最初に読んだのは2002年だったと思います。DVD, 歪められた道徳(Distorted Morality)の内容はこの本とかなりかぶっています。何度読んでもニカラグアが可哀想。

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例えば、一九八六年に米国は国際司法裁判所で「無法な力の使用」(国際テロ)の廉で有罪を宣告されたうえ、すべての国(すなわち米国)に国際法遵守を求める安全保障理事会の決議に拒否権を発動したことを想起すべきかもしれない。
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IRA(アイルランド共和国軍)の爆弾がロンドンで破裂したとき、西ベルファストを爆撃せよという声は起こらなかった。また、IRA資金の大半はボストンから出ているが、ボストンを爆撃する話も出なかった。そうではなく、手順を尽くして犯罪者を捕らえる方法が取られ、テロの背後に横たわる問題を処理する努力がなされた。オクラホマ・シティで連邦ビルが爆破されたとき、中東を爆撃せよという声が上がった。犯人が中東の人間だったなら、きっと爆撃が行われていただろう。やがて国内の極右武闘集団が関係していることがわかったが、モンタナやアイダホを撃滅抹消しろという声は出なかった。そうではなく、実行犯探しが行われ、犯人は捕らえられて裁判に付され、判決を受けた。
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一九八〇年代のニカラグアは米国による暴力的な攻撃を蒙った。何万という人々が死んだ。国は実質的に破壊され、回復することはもうないかもしれない。この国が受けた被害は、先日ニューヨークで起きた悲劇よりはるかにひどいものだった。彼らは、ワシントンで爆弾を破裂させることで応えなかった。国際司法裁判所に提訴し、判決は彼らに有利に出た。裁判所は米国に行動を中止し、相当な賠償金を支払うよう命じた。しかし、米国は、判決を侮りとともに斥け、直ちに攻撃をエスカレートさせることで応じた。そこでニカラグアは安全保障理事会に訴えた。理事会は、すべての国家が国際法を遵守するという決議を検討した。米国一国がそれに拒否権を発動した。ニカラグアは国連総会に訴え、そこでも同様の決議を獲得したが、二年続けて、米国とイスラエルの二国(一度だけエルサルバドルも加わった)が反対した。しかし、これが国家の取るべき手段である。もしニカラグアが強国であったなら、もう一度司法裁判を行えたはずである。米国ならそういう手法が取れるし、誰も阻止はしない。それが同盟国を含め、中東全域の人々が求めていることである。
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西側の人々は別の説明をしたがるが、イラクでは、この一〇年間の米国の政策によりサダム・フセインが強力になった一方で、市民社会がすっかり荒廃してしまった。サダム・フセインが、クルド人への毒ガスによる虐殺など残虐テロをやっていたときは、米国が強力に支持していたことは、ヨーロッパの人々がご存知の通りだ。
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一九八五年、レーガン政府はベイルートで爆弾テロを仕掛けた。オクラホマ・シティにそっくりなやり方で、モスクの外に爆弾トラックを置き、最大の死傷者が出るようタイミングを計り、礼拝を終えて一斉に帰る人々を狙って爆発させたのである。死者八〇名、負傷者二五〇名、その大半が女性と子供だったと、三年後に『ワシントン・ポスト』が報じている。
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トルコが自国のクルド人を撲滅するのを支持したこと。クリントン政府は武器の八〇%という決定的な支援を行い、残虐行為のエスカレーションを手伝った。(中略)民族浄化と破壊を狙った一九九〇年代における最悪の戦争の一つであり、米国に主たる責任があるためほとんど知られていない――そして嗜みなく話題にした場合も、世界中の「非人間的行為に終止符を打つ」われわれの献身に、誰かがつけた小さな「疵」として片付けられる。
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私は、「邪悪さと恐るべき残酷さ」(ロバート・フィスクの言葉)をもって行われた九月一一に地の「恐ろしい犯罪」の被害は、一九九八年八月にクリントンが行ったアル‐シーファ工場の爆撃の結果に比肩しうるかもしれない、と言ったのだ。この妥当性の高い結論は異常な反応を引き起こした。多くのウエッブ・サイトや雑誌などに熱を帯びた、奇抜な非難が溢れた。私はすべて無視するつもりである。唯一重要なのは、二つのテロの被害が同じに見えるということを正確に述べた一文――よく見れば控えめな言い方に思える――を、コメンテイターのある者が、まったく言語道断であると見なしたことである。どんなに彼らが否定しようが、どこか深いところで、彼らは弱者に対するわれわれの犯罪を空気のように当たり前と見ている。そう結論せざるを得ない。(中略)スーダンは、国連に爆撃の正当性を調査するよう求めたが、それすら米国政府は阻止した。それ以上調査しようとした者はほとんどいないようだ。だが、われわれはすべきである。
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国が攻撃された場合、防ごうと努める、可能ならば。この教義に従うなら、ニカラグア、南ベトナム、キューバ他多数の国は、ワシントンや他の米国の都市で爆弾を爆発させているべきだったことになり、パレスチナ人はテルアビブの爆弾テロのたびに喝采を受けるべきだ。
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西側国家と知識人が「国際社会」という言葉を使う場合、西側国家と知識人たちは自分たちのことを指している。例えば、西側の一貫したレトリックによれば、NATOのセルビア爆撃は「国際社会」によって行われたことになる。ただし、(ダチョウのように)頭を砂に埋めているものなら別だが、他の者はあの爆撃に世界の大半が反対だったし、しばしば反対の声もあがっていたことを承知している。富と権力の行動を支持しない者は、「グローバル・コミュニティ」には属さない。ちょうど「テロリズム」という言葉が慣習として「われわれと友好国に向けられるテロリズム」だけを意味するのと同じように。
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さらに劇的なことに、ニカラグアが自衛権を持つべきだという考えが、米国の主流政治の多種多様な領域にまたがり、論外の暴論と考えられていた。(中略)レーガン政府は、ニカラグアがロシアからジェット戦闘機を受け取ろうとしているという噂を繰り返し流した――誰もが知っているように、制空権を守り、「軟らかな標的」への米国のテロ攻撃を阻止するために。噂は嘘だったが、反応は教訓になる。ハト派は噂の信憑性を問題にしたが、もし真実ならば、それはわれわれの安全保障を脅かすものだから、もちろんわれわれはニカラグアを爆撃しなければならないと言った。データベースで調べてみても、ニカラグアが自衛権を持つという考えなどヒントすら出て来ない。
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【Book】Chomsky, Noam. 2001. 9-11. New York: Seven Stories Press.


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We might bear in mind, for example, that in 1986 the U.S. was condemned by the World Court for "unlawful use of force" (international terrorism) and then vetoed a Security Council resolution calling on all states (meaning the U.S.) to adhere to international law.
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When IRA bombs were set off in London, there was no call to bomb West Belfast, or Boston, the source of much of the financial support for the IRA. Rather, steps were taken to apprehend the criminmals, and efforts were made to deal with what lay behind the resort to terror. When a federal building was blown up in Oklahoma City, there were calls for bombing the Middle East, and it probably would have happened if the source turned out to be there. When it was found to be domestic, with links to the ultra-right militias, there was no call to obliterate Montana and Idaho. Rather, there was a search for the perpetrator, who was found, brought to court, and sentenced, and there were efforts to understand the grievances that lie behind such crimes and to address the problems.
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Nicaragua in the 1980s was subjected to violent assault by the U.S. Tens of thousands of people died. The country was substantially destroyed; it may never recover. The international terrorist attack was accompanied by a devastating economic war, which a small country isolated by a vengeful and cruel superpower could scarcely sustain, as the leading historians of Nicaragua, Thomas Walker for one, have reviewed in detail. The effects on the country are much more sebere even than the tragedies in New York the other day. They didn't respond by setting off bombs in Washington. They went to the World Court, which ruled in their favor, ordering the U.S. to desist and pay substantial reparations. The U.S. dismissed the court judgement with contempt, responding with an immediate escalation of the attack. So Nicaragua then went to the Security Council, which considered a resolution calling on states to observe international law. The U.S. alone vetoed it. They went to the General Assembly, where they got a similar resolution that passed with the U.S. and Israel opposed two years in a row (joined once by El Salvador). That's the way a state should proceed. If Nicaragua had been powerful enough, it could have set up another criminal court. Those are the measures the U.S. could pursue, and nobody's going to block it. That's what they're being asked to do by people through-out the region, including their allies.
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In Iraq, though Westerners prefer a different story, they see that U.S. policy in the past ten years has devastated the civilian society while strengthening Saddam Hussein - who, as they know, the U.S. strongly supported through his worst atrocities, including the gassing of the Kurds in 1988.
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若葉と風と海 Fresh green, wind and the sea

今日・・・とと,もう昨日ですね。
海へ行きました。
しかも近場じゃなくて。
綺麗なところ。
久々に,本当に久々に家族とのんびりでした。

明るくて淡いペパミントグリーンのニットにブルージーンズ,白い靴。
パラソルにあたる風と同じ初夏色になってお出かけでした。

うーみーはーひろいーなーおおきいいなぁーー。

でした。

浜辺のあったまった石ころたちの上に座って,
ぼへーーーーーっと波を眺めました。
あの石が可愛いとかこの石は色綺麗とか,次の波は大きそうとか,くだらない事を話しました。
強くない風がさわやかで,そのまま眠ってしまいたくなりました。

お腹空いたなー,と思ったら
絶景かな絶景かななレストランでとろけそうなお料理でした。
デザート美味しいなぁー,と思ったら
ケーキが別に出てきました。いやん。どっちも美味しいぃ。

はふー。
こういう時,自分が海辺で育ったんだってことを思い出します。
お天気の,暑くも寒くもない若葉の季節,浜辺で風に吹かれることほど
命を洗われることってありませんね・・・

はあ,しあわせ。
本当に。
何年ぶりかしらと思うほどリフレッシュでした。

でもこんなに甘やかしてもらって良いのかなあ...と夕方からセコセコ本を読む私です。

【DVD】歪められた道徳 Distorted Morality

【DVD】AK Press. 『ノームチョムスキー 歪められた道徳: アメリカの対テロ戦争?』.カラー.172分.

本日のリスニング教材。
本を読んだり、作業をしたりしている最中のBGMです。 今年は海外に行くことが少ない分、尚更自分で努力しないと。 BGMとは言っても、案外内容も自然頭に入るものですね。 ながら勉強というのは良くないのかもしれませんが、作業をしながらリスニングとリサーチも少しだけできるとあっては、ちょっと止められません。

内容は、2003年4月15日にMITで行われた講演がそのまま収められたビデオです。それだけです。淡々とただ講義です。そこが素晴らしい。他のチョムスキーものよりもおススメです。皆彼の話に興味があるわけだから、ブチブチ分けて妙に切り張りされると台無しだと思うのです。この作品はその点で大満足。下手に編集が加わっていないので、まるで講演に自分も行った気分になれます。

リージョンは1.2.4で観れます。
何故か私のMedia Playerでは中国語字幕になっています。
PCの時の設定の変え方がよく分からなくてそのままです(涙)
何処にボタンあるんだっけ・・・

【DVD】AK Press. Noam Chomsky Distorted Morality: America's War on Terror?. Color. 172 minutes.

Friday, May 05, 2006

【Book】ディベートのすすめ Debating in England

【本】ミルワード,ピーター.1983.『あなたの英語を雄弁にする ディベートのすすめ』.英友社.

最低なディベート教書。的外れも甚だしい。
これからディベート始める方は、こういうのだけは真に受けちゃダメ!!!だと思います。

まず、紹介されているディベートの中身が酷い!
世界大会予選通過審査員として言わせて貰うなら、
こんなスピーチを世界大会でしたらランキング下位1/3で予選敗退間違いなしです。彼の言う「ディベート」観がもう出鱈目過ぎる!!!
しかもこれがロングセラーで売れてること売れてること。
あほかーーーーーーーー!!!!

著者紹介を読むと、まるで著者がオクスフォードでディベートしていた、イギリスディベート界の権威かのように受け取られます。けど、それは絶対ないっっ!!と思います。よくよく読んでみると中等教育の授業でお遊戯みたいな「お試しディベート」をしただけなようです。そりゃ詐欺ってもんではないでしょうか。あまつさえこの本で著者はいかに「イギリス式ディベート」が「アメリカ→日本式ディベート」よりも優れているかを力説しているんです。・・・・・・おそらく書いてる本人はどちらか片方でさえまともにやったことない癖にぃ。両方やってる私にはそうとしか思えない。

だって「イギリス式ディベート」の説明すら間違ってると思います。「イギリス式ディベート」の世界大会でオクスフォードの選手の試合を何年も見ている私が言う。この人の説明はおかしい。ていうかオクスフォードの人たち怒ると思う、これ読んだら・・・。著者がティーンの時に体験したおこちゃま向けの「お試しディベート」がどうだったのか知りませんが、イギリスの大学生が扱うディベートのテーマは真面目そのものだと思います。彼らが議論するのは、例えばパレスチナ問題であり、アフリカへの支援のあり方であり、税制改革です。この著者が言うことは出鱈目にも程があります。犬と猫のどっちが良いペットかを二十歳すぎた人間がよってたかって議論する方が非常識です。好きなほう飼えば良いのですから、そうした問題は集団で意思決定する意味などありません。まじめな話題はよくないなんて嘘っぱちです。

やったこともない癖に閉鎖的・排他的で捩れた愛国心でモノの優劣を語るなー!イギリス人だというだけで自分がディベートの専門家だと思ってるこのド勘違いブリ。これ読んだら真面目に議論学(Argumentation)研究してる学者さんたちは暴れるだろうし、暴れて当然です。これが売れてしまう日本のマーケットが憎い。例えばこの人の母国であるイギリスでこの本売ったらまず間違いなく鼻で笑われるはずなのにい・・・人種差別的にすら聞こえるのは私だけでしょうか・・・それこそサイードの「オリエンタリズム」読んでおとといきやがれ!と叫びたくなってしまいます。嗚呼、無知の傲慢って恐ろしい・・・

紹介されてるスピーチ自体も読んでいただけたらもっとどんなに出鱈目か分かっていただけると思うのですが、それは面倒なので避けます。

以下、引用。
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Contents

はじめに
イギリスにおけるディベート
"Students Should Be Serious"(学生はまじめであるべきだ)
"Cats Make Better Pets than Dogs"(猫は犬よりペットに向いている)
"Fairy Tales Should Be Forbidden"(童話を〔子供に〕与えるな)
"The Sword Is Mightier than the Pen"(剣はペンよりも強し)
"Busybodies Aren't So Bad"(おせっかい者はそれほどワルではない)
"There's a Divinity in Discontent"(不満の中にも神性がある)
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ディベートと言っても,イギリスと日本ではそのやり方には,かなり違いがあります。イギリス式ディベートに親しんできたイギリス人として,私は,当然のことながら,日本式よりもイギリス式の方がよいと思っています。イギリス式と日本式のそれぞれのよさを認めた上で,イギリス式の方がよいと言っているのではありません。むしろ,イギリス人の目から見て,日本の学生たちのディベートのやり方には,異議を唱えたいことが少なからずあるということです。日本の学生は,弁論家としては,世界一とは言えません。それは,国民性の問題というよりも,ディベートのやり方に問題があるからで,改善の余地はあると思います。イギリス式ディベートは完全無欠だ,とは言いませんが,少なくともイギリスには,デモステネス(Demosthenes, 384?-322 B.C.)やキケロ(Cicero, 106-43 B.C.)等,古代ギリシャ,ローマの雄弁家から学ぶ古典教育に根ざしたディベートの長い伝統があります。ちなみに,この古典教育こそ,イギリス民主主義の大もとなのです。
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本書に登場するスピーチは,(実を言うと)すべて私の創作であり,したがって,文責は私にあります。
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アメリカや日本で行われているディベートとは異なり,私は,裏づけとなるような事実や数字を挙げて論証しません。イギリス人の私は,筋道を立てて話し,日常の経験に基づいた議論をする方が好きなのです。と言っても,私も自分の専門,つまりシェークスピアやそのほかの作家(ラテン文学も含む)の言葉や作品や聖書から,たくさん引用しています。しかし,これらの引用文は,尊敬すべきイギリスでのディベートの伝統にしたがって,私が自分で述べたことを説明するために引いたものであって,権威ある論拠というわけではありません。日本の読者のために一言つけ加えておきますが,このような引用文を味わうのに,文学やキリスト教の知識は,必要ではありません。
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授業だけが効果的な学校教育の方法であるとは限りません。ディベートも効果的な教育法の一つと言えるでしょう。私は,イギリスの学校でディベートを経験できて良かったと思っています。残念ながら日本にはディベートの伝統がありません。と言うのも,ディベートと民主主義とは,切っても切れない関係にあるのですが,日本には民主主義の伝統がないからです。イギリスには,その伝統があり,事実,イギリスは民主主義の発祥地と言われています。しかしながら,ディベートの伝統において,イギリス人が手本としているのは,共和制ローマと民主制アテネです。イギリス人にとって,ディベートは,古典教育の一つの現われとしてあたりまえのものなのです。
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一方,ユーモアは,実際のスピーチでも使われるかもしれませんが,主に,論題の選択の仕方や,論題をどういう言葉で表すか,というところに生かされます。イギリスでは(とくにイギリスの学校では,ディベートには),まじめな問題は避けた方がよいとされ,たとえ,まじめな問題を取り上げても,ユーモラスな言い回しを使うようにします。
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【Book】Milward, Peter. 1983. Debating in England. Tokyo: Eiyusha.



【Book】監獄の誕生 Surveiller et Punir

【本】フーコー,ミシェル.田村俶訳.『監獄の誕生: 監視と処罰』.新潮社.

サイードを読んでからフーコーを読むと地獄のように分かりにくく感じる。フーコーを読んでからサイードを読むと面白いようにスラスラ読める。けれどサイードの本には、フーコーの方法を適用した、と繰り返し書いてあり、フーコーを読みたくなるようにできている。悩ましい限りである。

以下、引用。
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大著『人間=機械論』は同時に二つの領域にわたって書かれたのだった。すなわち、デカルトがその最初のページを書き、医師や哲学者たちが継承した、解剖学=形而上学の領域と、他方、軍隊・学校・せ両院における諸規則の総体によって、またさらに、身体の運用を統制したり矯正したりするための経験的で反省的な方策によって構成されていた、技術=政治の領域。その後者の領域では服従と効用が、前者においては作用と説明が重視されていたわけだから、明確に相違した二つの領域。つまり、有用な身体と理解可能な身体。そうはいっても双方の領域のあいだには、重なり合う点がいくつかある。ラ・メトリーの『人間=機会論』は、精神の唯物論的還元であると同時に訓練の一般理論でもあって、それらの立場の中心には、分析可能な身体へ操作可能な身体をむすびつける、《従順》の概念がひろくゆきわたっている。服従させうる、役立たせうる、つくり替えて完成させうる進退こそが、従順なのである。
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身体の運用への綿密な取締りを可能にし、体力の恒常的な束縛をゆるぎないものとし、体力に従順=効用の関係を強制するこうした方法こそが、《規律・訓練 discipline》と名づけうるものである。たしかに、ずっと以前から規律・訓練の方策は多数実在していた――修道院のなかに、軍隊のなかに、さらには仕事場のなかにも。だが規律・訓練が支配の一般方式になったのは、十七世紀および十八世紀である。身体の占有関係にもとづかない点では、それは奴隷制とは異なっている。しかも少なくともこんなに大きな効用の成果を手に入れることで高価で荒々しいかの〔奴隷制の〕関係を免れている点は、この規律・訓練の端麗さでさえある。
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【Book】Foucault, Michel. Translated into English by Alan Sheridan. 1995. Discipline and Punish: The Birth of the Prison, second vintage books edition. New York: Random House.

Reading Foucault after reading Said is painful. Reading Said after reading Foucault is amazingly easy. But Said mentions so many times that he borrowed the methodology from Foucalt in his works and makes me feel like reading Foucault... such a thorny thing...

The followings are citations.
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The great book of Man-the Machine was written simultaneously on two registers: the anatomico-metaphysical register, of which Descartes wrote the first pages and which the physicians and philosophers continued, and the technico-political register, which was constituted by a whole set of regulations and by empirical and calculated methods relating to the army, the school and the hospital, for controlling or correcting the operations of the body. These two registers are quite distinct, since it was a question, on the one hand, of submission and use and, on the other, of functioning and explanation: there was a useful body and an intelligible body. And yet there are points of overlap from one to the other. La Mettrie's L'Hommemachine is both a materialist reduction of the soul and a general theory of dressage, at the centre of which reigns the notion of 'docility', which joins the analysable body to the manipulable body. A body is docile that may be subjected, used, transformed and improved.
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These methods, which made possible the meticulous control of the operations of the body, which assured the constant subjection of its forces and imposed upon them a relation of docility-utility, might be called 'disciplines'. Many disciplinary methods had long been in existance - in monas - teries, armies, workshops. But in the course of the seventeenth and eighteenth centuries the disciplines became general formulas of domination. They were different from slavery because they were not based on a relation of appropriation of bodies; indeed, the elegance of the discipline lay in the fact that it could dispense with this costly and violent relation by obtaining effects of utility at least as great.
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【Livre】Foucault, Michel. 1975. Surveiller et Punir: Naissance de la prison, Gallimard.

【Book】イスラム報道 Covering Islam

【本】サイード,エドワード.浅井信雄・佐藤成文訳.1986.『イスラム報道: ニュースはいかにつくられるか』.みすず書房.

この本は実に四半世紀前に書かれたものである。それがこんなにも色褪せないのは、著者の鋭敏な観察眼のたまものだと多くの人が考えるだろう。同時に、同じ悲劇が何十年も繰り返されていることの動かぬ証しだとも多くの人が苦く認めるだろう。

先日紹介したドキュメンタリー映画で著者の息子が、現実の世界が変わらないことに父は自責の念を抱いていた、と語るシーンがある。この本を読んで、その言葉の意味が分かる気がする。25年経っても、何も変わらなかったと、思ったかもしれない。それでも、何か変わった筈だと信じたい気持ちもある。

以下、引用。
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 最近もてはやされたV.S.ナイポールの『暗い河』やジョン・アップダイクの『クーデター』をみても、あるいは小中学校の歴史教科書、続き漫画、テレビのシリーズもの、映画、風刺漫画を眺めても、イスラムの描き方は画一的で、どの題材も同じ昔ながらのイスラム観からとらわれている。だからムスリムは石油の供給者やテロリスト、ごく最近では血にうえた暴徒として風刺漫画にしばしば登場するのである。逆に、文化一般の中で、とくに非西洋人に関する講演において、イスラムやイスラム的なものを同情的に話したり、考えたりする機会はなく、いわんや描写する場所は見当たらない。かりに現代イスラム作家の名をあげよといわれれば、おそらく大抵の人は、カリル・ジブラン(ムスリムではないが)しか探し出せないだろう。イスラム専攻の学者たちがイスラム教や多様なイスラム文化を扱うのは、創造されたり分化的に規定されたイデオロギー的枠組みの中においてだが、この枠組みは激情と保身上の偏見に満ち、しばしば急変さえするのである。つまりこのイデオロギー的枠組みのゆえに、イスラム理解は実に難しい仕事となっている。そして一九七九年春のイラン革命についての詳細なマスコミの諸研究やインタビューから判断すると、革命そのものを、アメリカにとっての敗北(もちろん極めて特殊の意味では、その通りだが)、あるいは善に対する悪の勝利とみなす受け取り方から、一歩も出ていなかった。
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 「イスラム」あるいは現在イランやムスリム世界の他の地域で活性化しているイスラムが小説家、報道記者、政策立案者、いわゆる「専門家」の手にかかると、宗教的情熱、正義のための闘い、人間的弱点、政治闘争、そして目に見えるままの男や女や社会の歴史などの間の区別ができなくなるかのようだ。「イスラム」は多様なムスリム世界のあらゆる局面をことごとく飲み込んで、すべてを特別に悪意のある無分別な実態に矮小化してしまう。その結果として、分析や理解をするかわりに、われわれ対かれらといったもっとも露骨な形だけが浮き彫りにされるわけである。イラン人やムスリムが自分たちの正義感、圧制の歴史、社会のビジョンについて何かを述べたところで無意味に思える。そのかわりアメリカにとって重要なのは、「イスラム革命」が現在、何をしているか、いかに多くの人を革命委員会が処刑しているか、イスラムの名においてホメイニ師がいかに多くの暴力行為を命じているかということだ。もちろんジョーンズタウンの大虐殺、シンシナティでのフーのコンサートで起こった破壊的熱狂やインドシナの荒廃を、キリスト教や西欧やアメリカの文化全体と同一視する者はいないだろう。その種の同一視こそ「イスラム」のために残してあったといえそうだ。
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 近代ヨーロッパでイスラムへの関心が高まったのは、十八世紀末から十九世紀初頭にかけての、いわゆる「オリエンタル・ルネッサンス」の一部としてである。それはフランスとイギリスの学者が、「東洋」――インド、中国、日本、エジプト、メソポタミア、聖地パレスチナ――を再発見した時代だった。イスラムは、東洋の一部として、良かれ悪しかれ、神秘、異国趣味、背徳、潜在能力といったものを分かち持っているようにみえた。
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 今日、西洋のイスラム学専門家は、十世紀のバグダードにあった理論法律学派や十九世紀のモロッコの都市の様式については知ってはいても、文学、法律、政治、歴史、社会学などイスラム文化全体についてはまったく知らないか、ほとんど知らない。このことは「イスラムの思惟構造」や「シーア派の殉教好み」について、専門家がしばしば一般化させて議論するのを妨げないが、その意見が公表されるのは、真っ先にそうした見解を引き出す大衆的な雑誌やメディアに限られている。もっと重要なのは、専門家にせよ、素人にせよ、イスラムについて公然と議論するのは、政治危機が起きた時にほぼ限られることである。
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 従順で地味な学問的態度と焦点の定まらぬ政府の関心が軌を一にしているところへ、さらに悲しい真実が加わる。それはイスラム世界についてのあまりに多くの専門的な書き手が適切な言語を自由にあやつれず、そこで情報蒐集のために記者や西側の他の書き手に頼らざるをえなかったことである。
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 イスラム信仰の高揚の気運を非難する批評家のうち、それを何百万人もの信徒を持つアメリカのテレビ教の高揚と結びつけたり、一九八〇年の三人の大統領候補者のうち二人が熱狂的な純正クリスチャンだった事実に結びつけたりする者は、さらにわずかであった。宗教的な強さは、イスラムだけのものと思われがちだが、宗教的感情は至るところで著しい広がりをみせていた。イスラムへの態度がいかに一方的な悪意に満ちているかは、明らかに不自由な宗教人、ソルジェニーツィンやローマ法王ヨハネ・パウロ二世が自由な立場の報道によて共感あふれる扱いを受けているのを思い起こせばわかるだろう。
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 だが、輸入の石油価格の劇的な高騰は、人々の胸の中で多くの不愉快な問題と結びつくようになった。「外国の石油生産者に翻弄されている」とつねにいわれるようなアメリカの輸入石油への依存や、ペルシャ湾地域から個々のアメリカ人に伝えられる非妥協的態度による不安などがそれである。(中略)「独占」「カルテル」「ブロック」などの言葉が選別的ではあるが、突如として通用するようになった。ただし、OPEC加盟国につけられるカルテルというレッテルを、アメリカの多国籍企業の小グループに使う者はきわめてまれであった。
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 タッカー氏のいう産油国にも、モイニハン氏のいう新しい第三世界にも、独自の主体性や歴史や国の進路がなく、一群の集団として気楽に語られ、あっさり性格づけられ、そして切り捨てられてしまう。(masako注:この後に続く部分も引用したいが、誤訳の恐れがあるため、原文が届くのを待って今は控える)
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 人間社会に関するあらゆる知識は、自然界に関する知識とは異なって歴史的な知識であり、したがって人間の判断と解釈に基づくものである。それは、事実やデータが存在しないからではなく、事実は解釈が加わることによって重要性が備わるからである。(中略)解釈は、誰によって解釈されたのか、誰に対し、何の目的で、また歴史のどの時点でそれがなされたのか、ということに大きくかかわっている。その意味で、すべての解釈された事象は、状況の産物といわねばならない。解釈は他の人びとがすでに解釈したことに関係して生まれる。以前の解釈を確認するか、反論するか、またはそれを継続するかである。いいかえれば、いかなる解釈も、それに先行する解釈、または他の解釈に何らかのかかわりをもたないものではありえない。それゆえ、イスラムについて、または、中国について、シェークスピア、あるいはマルクスについて真面目に書く人は誰でも、これらの主題についてすでに誰かが述べたことを何らかの形で取り入れているはずである。
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 すべての解釈者は読者であり、まったく中立的で価値観をもたない読者はありえない。つまり、読者は自我をもつ人間で、多くのしがらみにしばられた社会の一員である。愛国心または排外主義といった民族感情に始まり、個人的な感情である怖れや絶望感なども意識しながら、解釈者は自分が教育(それ自体、長期にわたる解釈のプロセスである)によって得た理性と情報を学問的に活用し、理解に達するのである。ひとつの状況、解釈者が置かれている状況と、もうひとつの状況、すなわち、テキストがつくられた時と場所に存在した状況、との間の障害を突き破るためには、多大な努力が払われねばならない。文化の壁と距離を乗り越えようとする強い意志の努力こそが、他の社会および文化を知ることを可能にし、同時にその知識に限界を設定する。この時に、解釈者は、自分の置かれた人間的な状況の中で自分自身を理解し、その状況との関係で文化のテキストも理解する。このことは、距離的に遠い異文化であるけれども、同じ人間世界に属するという強い自覚によって生まれる。
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【Book】Said, Edward. 1981. Covering Islam: How the Mdia and the Experts Determine How We See the Rest of the World. New York: Pantheon Books.

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For whether one looked at such recent, critically acclaimed fiction as V.S. Naipaul's A Bend in the River and John Updike's The Coup, or at grade-school history textbooks, comic strips, television serials, films, and cartoons, the iconography of Islam was uniform, was uniformly ubiquitous, and drew its material from the same time-honored view of Islam: hence the frequent caricatures of Muslims as oil suppliers, as terrorists, and more recently, as bloodthirsty mobs. Conversely, there has been very little place either in the culture generally or in discourse about non-Westerners in particular to speak or even to think about, much less to portray, Islam or anything Islamic sympathetically. Most people, if asked to name a modern Islamic writer, would probably be able to pick only Khalil Gibran (who wasn't Islamic). The academic experts whose specialty is Islam have generally treated the religion and its various cultures within an invented or culturally determined ideological framework filled with passion, defensive prejudice, sometimes even revulsion; because of this framework, understanding of Islam has been a very difficult thing to achieve. And to judge from the various in-depth media studies and intervies on the Iranian revolution to accept the revolution itself as much more than a defeat for the United States (which in a very specific sense, of course, it was), or a victory of dark over light.
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It is as if discriminations between religious passion, a struggle for a just cause, ordinary human weakness, political competition, and the history of men, women, and societies seen as the history of men, women and societies cannot be made when "Islam," or the Islam now at work in Iran and in other parts of the Muslim world, is dealt with by novelists, reporters, policy-makers, "experts." "Islam" seems to engulf all aspects of the diverse Muslim world, reducing them all to a special malevolent and unthinking essence. Instead of analysis and understanding as a result, there can be for the most part only the crudest form of us-versus-them. Whatever Iranians or Muslims say about their sense of justice, their history of oppression, their vision of their own societies, seems irrelevant; what counts for the United States instead is what the "Islamic revolution" is doing right now, how many people have been executed by the Komitehs, how many bizarre outrages the Ayatollah, in the name of Islam, used to order. Of course no one has equated the Jonestown massacre or the destructive horror of the Oklahoma bombing or the devastation of Indochina with Christianity, or with Western or American culture at large; that sort of equation has been reserved for "Islam."
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The modern European burst of interest in Islam was part of what was called "the Oriental renaissance," a period in the late eighteenth and early nineteenth centuries when French and British scholars discovered "the East" anew - India, China, Japan, Egypt, Mesopotamia, the Holy Land. Islam was seen, for better or for worse, as part of the East, sharing in its mystery, exoticism, corruption, and latent power.
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Academic experts on Islam in the West today tend to know about jurisprudential schools in tenth-century Baghdad or nineteenth-century Moroccan urban patterns, but never (almost never) about the whole civilization of Islam - literature, law, politics, history, sociology, and so on.
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Add to this conformity between a docilely plodding scholarship and unfocused government interests the sorry truth that too many expert writers on the Islamic world did not command the relevant languages and hence had to depend on the press or other Western writers for their information.
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Tuesday, May 02, 2006

【Book】メディア論 Understanding Media

【本】マクルーハン,マーシャル.栗原裕・川本仲聖訳.1987.『メディア論: 人間の拡張の諸相』.みすず書房.

分かりにくい。
...なんでこんなに分かりにくく書けるんだ?

有名な「熱いメディア」「冷たいメディア」といった表現も出てきます。
著者は「沢山の批評家が誤解した」と彼らをバカ扱いして怒っているようですが・・・
文句言えないでしょ、こんなに分かりにくく書いたら・・・と思いました。

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 ド・トックヴィルがフランス革命にかんする早いころの著作の中で説明していたところによると、十八世紀に文化的飽和に達したときフランス国民を均質にしたのが印刷したことばであったそうである。フランス人は北から南まで同じ種類の人たちである。画一、連続、線状という活字の原理が、昔の封建的で口誦的な社会の錯綜の上にかぶさっていた。革命は新しい文学者や法律家たちによって成し遂げられたのであった。
 しかしながら、イギリスでは、古い口誦の慣習法の伝統が中世の議会制度の支持を受けて協力であったから、新しい視覚的な印刷文化の画一ないし連続は確固たる地位を築くことができなかった。結果的にイギリス史でもっとも重大な事件、すなわち、フランス革命に似た形のイギリス革命は起きなかったのである。アメリカ革命は放逐あるいは根絶すべき中世的法制度をもたなかった。ただ、君主制は別だった。そして、アメリカの大統領制はこれまでのヨーロッパの君主制に比べられないほど私的かつ君主的である。そう多くの人は言っている。
 ド・トックヴィルのイギリスとアメリカの比較は明らかに画一と連続を生む活字および印刷文化の事実にもとづいている。イングランドはこの原理を拒絶し、流動的あるいは口誦的な慣習法の伝統に執着した。そうド・トックヴィルは言う。ゆえに、イギリス文化の不連続で予測不可能な性格が生じたというわけだ。印刷の文法は口誦の書記されない文化や制度の伝えるメッセージを解釈する助けにならない。マシュー・アーノルドがイギリスの貴族階級を野蛮人と分類したのが適切であるというのは、その権力と地位が文字文化あるいは活字文化の形態と無縁であったからだ。
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 文字文化とその陶酔効果によって部族の民を脱部族化することができる。これが精神療医J.C.キャロザーズの『アフリカ人の精神―正気と狂気』(WHO、ジュネーブ、一九五三年)の主題である。
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【Book】McLuhan, Marshall. 1964. Understanding Media: The Extensions of Man. New York: McGraw-Hill Book Company.