Wednesday, May 10, 2006

【Book】エンツュクロペディー Enzyklopadie


【本】ヘーゲル,ゲオルグ・ウィルヘルム・フリードリッヒ.大北恭宏訳.1830. 『エンツュクロペディー 第一篇 論理科学』.文芸社.

いわゆるヘーゲルの「小論理学」と呼ばれているものです。
実はこれ、最初は岩波文庫版でよんだわけです。
したらチンプンカンプンだった。
ヘーゲルって夢遊病だったのかと思った。
「きっと眠ってる間にノートに書いてしまったことを後代の人がありがたがって出版してしまったに違いない!」と・・・。
そのくらいあんびりーばぼーにわかりにくかった。

で,もしかしたら訳がいけないのかもしれない。
と思ったわけです。だってさ、例えば・・・

「しかし、思惟的な考察をしてみればすぐわかるように、思惟的な考察というものは、その内容の必然性を示し、その対象の諸規定のみならずその対象の存在をも証明しようとする要求をそのうちに含んでいるものである。」とか。

もう「はあ??」って思ったわけです。

つまり・・・
「哲学はモノゴトの性質について知りたいだけじゃなくて、
そのモノゴトが実際に存在してるってことにも証拠が欲しいんだよ」
・・・ってこと?

ならそう書いてください・・・必要以上に話をややこしないで、おねがいだから。

いかんせん自分でいちいち現代語(?)訳しながら読まなきゃならないのでまどろっこしい。
時間がかかりすぎる。というわけで登場したのがもう一つの邦訳、この文芸社版なのでした。

で、結論から言うと・・・少しはマシだけどやっぱりわかりにくい。
用語は少しマシなんだけど、それでも「自分で自分を止揚していく」とかさ・・・。どうなのそれ。
加えて今度はインデントや記号の使い方がもの凄く読みにくくしている。
苦労の跡があちこちに見られるので、文句を言っちゃ悪いと思って頑張りはしたんですけど・・・

うーん・・・・・・将来もっと良い邦訳が出版されるのを楽しみにすることにする。

【Book】Gerorg Wilhelm Friedrich Hegel. 1830. Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften im Grundrisse, Erster Teil, Die Wissenschaft der Logik.

【Book】多言語社会がやってきた Multilingual Society Has Come

【本】河原俊昭・山本忠行編.2004.『多言語社会がやってきた:世界の言語政策Q&A』.くろしお出版.

紹介されている文献が少し古めなのが気になりますが、便利な一冊です。説明の筋も通っているものが多くて安心して読めます。

多言語主義論者の本の中には少しヒステリックな印象を受けるものもありますが、この本はそうした「英語憎し」とか「日本の帝国主義憎し」みたいな感情が前面に出ていないのも嬉しいです。もう本によっては英語ネイティブは悪魔と思えとでも言うような論調のものもあって辟易とするのですが、「支配する意図はない」という一文が入っているところに良心と現実味を感じます。まあ、度が過ぎて無神経な人も沢山居るので(思い出し怒り)、「支配する意図はない」というのも乱用されると困りますけれども、できるだけ配慮しようとしている人たちがいるのも確かですものね。

「英語がどのくらい浸透しているか、そしてどのように使われ、機能しているか」という観点で英語を分類するのは良いと思うのですが、実際の例として挙がっている国名には多少疑問が残ります。うーん・・・イスラエルはやっぱEFLなのか・・・けどかなり個人差あるよな・・・あの国の人の場合。あと東南アジアと大雑把に指されている中にタイやインドネシアも入るのか。何よりも何よりも何よりも!!!!マレイシアみたいにどっち着かずなケースがあるしねー・・・。まあ原則論としては良いと思うのですが、実際に当てはめるレベルではまだまだまだ問題がありそう。あーーーー、難しいなぁ・・・。

言語を問題・権利・資源の三段階の捉え方をした場合毎に言及している整理は大変わかりやすくて気に入りました。「資源」と呼ぶからには何かしら利用価値がないといけないかと思いますが、言語が複数存在することの社会的利用価値って何でしょうね・・・。そこで何か凄く説得力のある説明が欲しいところですね。

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 さらに彼〔Braj B. Kachru〕は、「英語がどのくらい浸透しているのか、そしてどのように使われ、機能しているのか」という観点から、世界の英語を分類、研究していくべきであると考えました。そして、(1)アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのように、英語が母語として使われているinner circle、(2)インド、シンガポールやフィリピンなどの東南アジア、ケニアやザンビアなどのアフリカのように、英語が公共機関などで使用されているouter circle、(3)日本、中国、イスラエルなどのように、英語は日常生活で使用されていないが外国語として学習されているexpanding circle、の3つの層が同心円状に広がっているモデルを提案しました。
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インターネットが全世界をつなぎ、衛星放送によるテレビ番組(ニュース、音楽やスポーツ番組など)が放映され、ハリウッド映画が世界中で上映され続けている影響で、世界各国に英語が氾濫しています。もちろん、言語支配をする意図はないのでしょう。しかし、企業が商品を売るために練る戦略は、時には現地の文化を駆逐し、自分たちの言語や文化を広めることになります。その結果、強い国の娯楽産業やマスメディア産業が、外側から大量の情報を流し込み、結果的に弱い言語を支配してしまうのです。
 ベトナムだけでなく、インド、アフリカ諸国、東欧において見られるこの「文化的・経済的な言語支配」は、実はとても強い支配力をもちます。受け手が支配されているという意識が薄いため、軍事的圧力で同化政策を強制したときよりも、早く浸透していくからです。小坂井(1996)も、外側からの圧力が弱いほど、受け取る側の反発が少なく、文化や言語の受容がスムーズに行われると指摘しています。また若い人への影響力が大きいのもこの言語支配の特徴です。ベトナムで、英語がフランス語を抑えて第1外国語となっている大学が多いことも、英語圏に留学を希望する学生が多いのも(藤田2002)、この言語支配の影響力の強さを反映しています。
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 アイデンティティ形成において、言語は大きな役割を果たしています。その意味でも「継承語維持」は重要だといえるでしょう。言語そのものは文化の一部であり、それぞれの言語はその言語と最も関わりのある文化の主軸であり象徴でもあります(Fishman 1985)。つまり、言語が喪失されることによって、ある言語集団の中核が失われることになり、社会的自己認識が不安定となり、劣等感をいだくようにもなります(Ruiz 1988)。
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 社会が多言語主義をどう評価するかによって「言語維持」に対する態度は大きく変わっていきます(Ruiz 1988)。まず、言語を問題としてとらえた場合はどうでしょう。多言語を貧困や教育レベル低下などの社会問題の原因として見るわけですから到底維持につながるとは言えないでしょう。次に、言語を権利としてとらえた場合はどうでしょうか。言語維持を基本的人権として見なすわけですが、決して社会のサポートが得られるわけではありません。つまり、「維持したいものを阻止はしないけれども、やるならば自分たちでどうぞ」ということです。最後に、言語を資源としてとらえた場合はどうでしょうか。言語が維持されれば社会全体の資源になるという考え方です。この場合、言語維持は個人の問題ではなく、社会の問題へと意識が移行し、多言語主義が認められると言っても過言ではないでしょう。このような社会的姿勢の中で、「継承語」を維持するかしないか自由に選択できるようになって、はじめて多言語・多文化社会が成立するのではないでしょうか。
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【Book】KAWARA, Toshiaki and YAMAMOTO, Tadayuki. 2004. Multilingual Society Has Come: Q&A on World's Language Policies. Tokyo: Kuroshioshuppan.

【DVD】25 on 20/20

【DVD】abc News.2005.『バーバラ・ウォルターズの20/20の25年』.

本日のリスニング教材。20/20という番組の25周年記念DVD。バーバラ・ウォールターズがした様々なインタビューを振り返る。ルドルフ・ジュリアーニ,マイク・タイソン,マーサ・ステュアート,マイケル・ジャクソン,カストロ,エリツィン,プーチンなどなど。

うーん・・・面白いインタビューも沢山ありました。彼女本人の紹介では、米国で初めての女性共同アンカーだったこと。最初に共同アンカーとして仕事を共にしたアンカーは性差別的でオンエア中に公然と彼女を攻撃したことなども含まれていました。

ただ、彼女のムスリムに対するコメントははっきり言って感心しません。サウジを訪れて「やたらミステリアスな場所」と言ったり、ユダヤ嫌いな大学生ばかりという印象を持たせたり、インタビュー相手のムスリムの男性が握手したことを「握手しないのね?」とわざわざ確認し、I understand.ともったいぶった言い回しをするのは、明らかに本国(米国)の保守的でステレオティピカルなムスリム感を持っている視聴者を意識しています。(以前書きましたが、私自身この握手できないというのには驚いたことがありました。相手がとても友好的で優しい人だったから尚更でした。が、宗教上の理由で異性に触れないのであって別に敵意や嫌悪感から握手しないのではありません。)これは、在米ムスリムには腹が立つことも多いだろうなぁ・・・と思わざるを得ませんでした。なんでこうステレオタイプをいやらしい形で強化する方向に誘導するのかな・・・。

あと障害者に対するコメントもなんかやらしいんですよね。全体的に。偽善的というか。やたら「障害にくじけず人生を楽しみ続ける強さ」とか「障害を乗り越える努力」とか。そりゃ、もちろんその方達は素晴らしいと思うんだけど、あまりに・・・あまりに番組側が偽善的に見えるのは何故だろう。綺麗に座ってエレガントな声で笑って質問してるけど、すごく商業的な匂いがする。視聴者に媚び媚びな感じがするんですよね・・・教科書どおりの態度で「ほらね、私も、この番組を見てるあなたもなんて善良で模範的な市民でしょう」みたいな。これって私の性格が悪いのかな・・・ヒネてる・・・?ケッ。いーさいーさ、どーせオイラひねくれ者さ。あたしゃ、Daily Showの方がやっぱ好きさ。

【DVD】abc News. 2005. Barbara Walters 25 on 20/20.

Tuesday, May 09, 2006

【DVD】笑国日本 I Laugh Japan

【DVD】ザ・ニュースペーパー.2004.『笑国日本』.

笑いました。
小国と笑国をかけていたり,LoveとLaughをかけていたり,
タイトルもおしゃれだと思います。
こういうシニカルな政治風刺ものって日本にもあったんですね。

単発コントじゃなくて、それこそThe Daily Showくらいコンスタントにやってくれるとニュースをもっと楽しめると思うんですが。欲を言うならもっとリサーチして、ニュース性を高めてもらいたいと思います。 知ってる話ばかりで,へえって思える新しく身につく知識がない。

ザ・ニュースペーパーの公式サイトはこちら

【DVD】The Newspaper. 2004. I Laugh Japan.


【Internet】大いに議論しましょう Let's Debate Widely

【Internet】森田総研.2000.「大いに議論しましょう(その8): 低投票率と民主主義の実践教育について」 .『森田実の時代を斬る』.2000.7.24.http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C0201.HTML

つまりこういうこと?
1)民主主義とディベートは深い関係
2)日本には民主主義の伝統がない
3)日本にはディベートの教育がない
4)だから日本人は投票所にも行かないような民主主義を解さないダメな人たち

うーん・・・そうなのかなぁ・・・
日本人は誰でもディベート下手なの?それってホントなの?困っちゃうなぁ。
日本に生まれて育っただけで下手だって言うんじゃなぁ・・・

で,下手な理由は結局宗教(神道とか言霊信仰とか)のせいなの,政治体制(民主主義)の未熟さのせいなの,教育課程の欠陥なの,それとも全部なの?

どれなんだとしても,そんなのことさら強調しても仕方なくない?
「お前は運命的にダメなんだ」的なことを言われて努力する気になるだろうか。
なんで日本をそんなに特殊扱いしなきゃいけないんだろう。
世界中どこにも超民主的で賢明な国民ばかりの国なんてないのに・・・
アテネではディベートしてたかもしれないけどさ、ソクラテスは死んじゃったし、死刑にされた理由は(プラトンの言葉を信じるなら)彼がやたらと議論をふっかけて回るからだったじゃん!投票率が低い国なんて欧米にだって幾らでもあるしさ。 日本人が特別ダメってことにならないよ。

だから悲観する必要はなくて、
民主主義や、開かれた社会や、活発な議論を追求することは、
どんな国でやるにしても、新しくて意義深い挑戦なんじゃないかな...
本当に民主的で開かれた社会をつくるのに成功した国はまだどこにもないんだから。

と思うのですがどうなのでしょう。

まあ、あれこれ言っても、「ディベート教育は大切なことだと思います」と書いてくれてるだけで森田実さん万歳!って気持ちもあるんだけど(笑)

以下、引用。
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 茨城県のSさんから低投票率と民主主義の実践教育について貴重なご意見をいただきました。こう述べています。  〈今回の総選挙で政権交代ができなくて、とても残念でした。投票率の低さが最も問題だと思います。確かにこのことは「日本国民は民主主義を分からない」ことを示しているように思われます。……(この)最大原因は「民主主義の実践的教育がなされていない」ことだと思います。民主主義の実践教育としてのディベート教育が是非とも必要だと思います。……ディベート教育により、だれもが一定レベルの民主主義の実践的方法を身につけることができます。〉
 ディベート教育は必要だと私も思います。私は1998年度と1999年度の2年間、学習院大学法学部で「現代社会思想」の講義をしました。1年目の履修登録者は350名、実際に前期と後期の二つのレポートを提出した人は250名でした。2年目は610名、前後期計2通のレポート提出者は478名でした。2年間の講義を通じて感じたのは、学生の“おとなしさ”と社会性の欠如でした。教室で他の学生の前で堂々と質問する学生は皆無でした。いまの日本においてディベート教育がほとんど行われていないことを痛感しました。  ディベート教育を行うことによって自立性と社会性とを同時に育てることができます。Sさんのご指摘は重要だと思います。日本の教育の改革という視点からみて、ディベート教育は大切なことだと思います。

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【Book】日本の多言語社会 Multi-lingual Society of Japan

【本】真田信治・庄司博史編.2005.『事典 日本の多言語社会』.岩波書店.

タイトルの意味が最初イマイチわからなくて本屋で一瞬眉間に皺を寄せてしまいました(笑)地方言語や移民言語の現状について説明しているならあんまり「事典」って感じしないし、多言語社会関係のキーワードの解説なら日本に特有な感じがしないし・・・。なんのことじゃい、って思いました。が、買ってみたら思いのほか使い勝手が良くて感激。

以下、引用。
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言語権

 言語権とは一般に,自らの言語,特に母語を自由に用いる権利とみなされている.また最近では,言語的人権ともいわれるように基本的な人権の一部とする見方がある.しかし一般の基本的人権に比べ,その解釈は多様であり,また言語権という概念自体が広く理解されているとはいえない.
 その概念の由来にかかわるものとして,1815年のウィーン会議での最終議定書は,他民族の支配下におかれることになった小数民族(エスニック・マイノリティ)の言語の公的使用を擁護しようとした最初の国際条約といえる.また国家の法律として少数民族の言語権に踏み込んだものとしては1867年のオーストリア憲法がある.そこでは,すべての民族はその言語を守り育てる全面的権利を有するとしたうえで,教育,行政,および公共の場において地域で使われている言語の平等性が国家によって認知され,自己の民族言語で教育を受けられるように手段を講じなければならないとのべている.ここに集団を中心にした言語権の認知と擁護の原型を認めることができる.
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 こうしてみると,言語剣は大きく,1)個人の自由な思考感情表現の手段であり,個人の自己同定の対象である母語の習得と使用を平等に保障しようとする立場と,2)民族,エスニック集団などの集団の表象として,そして,その成員にとって帰属意識の紐帯としての言語の存続を保証しようとする立場と,2つの見方がある.
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ことばと帰属意識(アイデンティティ)

 ことばは,個別言語や地域方言,さらにジェンダー,階層などの社会的方言にかかわらず,それぞれ,言語構造,イントネーション,語法,スタイル等において特徴を有している。一般に話者は発話にみられるこれらの特徴により,特定の(言語)集団に属しているとみなされる.そして話者自身も,特に異言語話者と接触する時には,その特徴を意識し,場合によっては,自己の言語,あるいはその変種に強い帰属意識(自己同一性,アイデンティティ)を感じることがある.
 多くの場合,話者にとって,その帰属する集団のことばは,知的・情的表現,対人関係維持の最良の手段であり,母語や方言には,なかば運命的で密接な関係をもっている.したがって,自己の(帰属意識の対象である)ことばに対し,原初的な愛着をもち,同じことばの話者に対し親しみを感じるのはある程度自然なことである.
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【Book】SANADA, Shinji and SHOJI, Hiroshi ed. 2005. Dictionary of Multi-Lingual Society of Japan. Tokyo: Iwanamishoten.

Monday, May 08, 2006

【Book】はじめてのディベート Intellectual Training For You

【本】西部直樹.1998.『はじめてのディベート』.あさ出版.

おめでたい感じがする。

とても分かりやすく書かれているし(ちょっと冗長だけど)、初心者用なわけだし、良いのかな・・・と思うのですが・・・。ちょっと表面的というか薄っぺらいというか物足りないというか・・・。いや、でも「はじめての」ディベートなんだから良いのかな・・・。うん。そうかも。良いのかも。

ディベートはそんなに特別な活動じゃないと思う・・・。フォーマットの定まった試合形式のディベートでなく、日常のインフォーマルなものでもディベートと呼べるものは沢山あると思います。なんかちょっと固く構えすぎてるのが違和感になってるのかな・・・あとディベートって凄い!って書いてある割に凄い「理由」に他のコミュニケーションスタイルとの違いが含まれていないのもちょっと・・・差別化がはかれていない気がする・・・けど初心者にはそんなの書かれても仕方ないのかな・・・。

うん。良いのかも。これはこれで。

ただし、準備期間が長いディベート(NDT/CEDAスタイル。NAFAのフォーマットはアメリカのNDTやCEDAで使われているフォーマットの輸入版)を「伝統型」と呼ぶのは明らかにおかしい。歴史の長さはここで「議会型」と呼んでいるイギリスの教育ディベートの方があるはずなので・・・。例えばケンブリッジのディベート部(Cambridge Union http://www.cambridge-union.org/)が設立されたのは1815年です。イギリスのディベートがこういうStudent Union系に運営されているのに対し、アメリカのディベートはスピーチ・コミュニケーション学科に併設されていることが多いようです。NCAの前身(the National Association of Academic Teachers of Public Speaking)が設立されたのが1914年。それ系の学問がある程度の地位を築いたのがその少し前・・・と考えても、おそらくアメリカの大学にDebate Squadが誕生したのよりケンブリッジ・ユニオンの方がかなり古いでしょう。フォーマット限定で言えばNDTはまだ60年くらいの歴史しかないし、CEDAに至ってはNDTより若いし。リンカーン・ダグラス式の由来になっている大統領選ディベートは1860年だけど、その時点では大統領選ディベートであってまだ教育ディベートじゃないし、そもそも1860年はケンブリッジ・ユニオンができたのより後だし。どんなに控えめに言っても、この本が想定しているスタイルをイギリスの議会型と引き比べて「伝統型」と呼ぶに足る条件は全く整っていないと思います。

一体何を根拠にNAFA系(いやさJDA系?教室連盟系?ともかくNDT/CEDAと似たジャッジング・クライテリアを共有しているコミュニティ)を「伝統型」と呼ぶのか・・・?こういうのは事実関係を確認するのが簡単な部類の事項だと思うんですが・・・クリティカル・シンキングを教えているのにチェックしないのだろうか。こういう基本的な情報は。やっぱり日本のNDT/CEDAスタイルディベート界はアメリカを通してしか世界を見ていないように思えて心配です。なんかマインド・セットがあるんじゃないでしょうか・・・。アメリカのディベートの良さは重々尊重しますし私自身ファンですが、あまり近視眼的になるのは良くないと思います。ああ、でもこの名称はこの著者が用いてるだけでJDAやNAFAの人が自分たちのディベートを「伝統型」と読んでるわけじゃないから、あくまでも問題はこの著者個人か。うーん・・・でもなぁ・・・JDAや教室連盟の名称がバンバンこの本の中に書いてあるしなぁ・・・

以下、引用。
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 なぜ、これほど多くの場所でディベートは行われているのでしょうか。
 それは、ディベートが教育の優れた手法と認識されているからです。つまり、ディベートを行うことで大きな教育効果があるからです。
 その教育効果を一言で言えば、「知的基礎体力」の鍛錬ができる、ということにつきます。「知的基礎体力」というと少しむずかしい感じがしますが、要は「聴く」「話す」「考える」力のことです。この三つの基礎的な能力は、仕事上あるいは日常生活を行う上で欠かすことのできない非常に大切な技術でありながら、あまりに当たり前すぎて、改めて鍛え直す必要性を感じることはあまりありません。
 しかし、何につけても訓練を受けた人とそうでない人とでは格段に差がつきます。それが基本的な能力であればあるほど、その差は色々な場面で大きな違いとなってあらわれます。例えば、「歩く」という私たちが日常行っている肉体的行為も、モデルの人たちのように歩く訓練を受けた人と、そうでない人を比べてみれば、そこには歴然とした差があります。
 「知的基礎体力」も、訓練を受けることによって鍛えられ、スキルとして身についていきます。そして鍛えた人とそうでない人とでは、決定的に差があらわれます。ディベートは、その訓練の方法として最適であると考えられているのです。
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 教育ディベートは、事前の準備時間の長さによって「伝統型(アカデミックディベート)」と、「議会型(イギリス式)」の二つに分類されます。事前の準備が長いのが「伝統型」で、事前の準備時間がほとんどないかのが「議会型」です。
 「伝統型」の場合は、テーマを与えられてから数時間から数ヶ月の間、ディベートの試合に向けての準備をします。
 これに対して「議会型」の場合、テーマの与えられてから試合までの準備時間は、わずか数分(だいたい一五分くらい)しかありません。
 ちなみに議会型というのは、議会政治の発祥ともなったイギリス議会の形に似ていることから、こう命名されたようです。
 現在、日本で行われている教育ディベートでは、ほとんどが、前者の「伝統型」ディベートを採用しています。
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【Book】NISHIBE, Naoki, 1998. Intellectual Training For You. Tokyo: Asashuppan.



【Book】言語帝国主義とは何か Les imperialismes linguistiques / Linguistic Imperialism

【本】三浦信孝・糟屋啓介編.2000.『言語帝国主義とは何か』.藤原書店.

言語帝国主義というと「英語が悪い」という短絡的な話になりがちですが、この本はもっと多角的に分析しようとしています。例えば、一つの標準化された国家言語が地方言語を淘汰していくことや、英語以外の言語(フランス語や戦前戦中の日本語など)の帝国主義的側面についても扱っています。

以下、引用。
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 故小渕首相の私的諮問機関「二十一世紀日本の構想」懇談会が最終報告書を出し、英語の第二公用語化を提案したのは二〇〇〇年一月である。(中略)
 アジアの共通語はすでに英語であり、アジアの首脳で英語で議論できないのは日本だけだとして、日本外交の語学上のハンディキャップを指摘したのは、国際金融で辣腕をふるった「ミスター円」こと榊原英資である。朝日新聞のアメリカ総務局を務めた国際派記者・船橋洋一は、グローバル化する世界で日本が生きていくには、英語を外国語として学ぶのではもはや追いつかず、英語を公用語にすべきだという主張を朝日系の媒体で展開していた。
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「シビリアン・パワー」日本(船橋)の発言力を増すためには「武器としてのことば」(鈴木)の習得に国防費を計上すべきだ。英語が世界後である以上、語学力で割を食わないよう子供のときから英語で教育し、やがては英語を第二公用語にしようというのである。
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 しかし新しいバイリンガル日本の構想は、内では日本語オンリー、外とは英語オンリーという二重のモノリンガリズム思考の帰結という印象が拭えない。船橋は「英語公用語化論の思想」(月刊『言語』二〇〇〇年八月号)で、「積極的、組織的な移民政策の推進」によって「日本を多民族社会に育てていく」必要を説き、英語の第二公用語化は「多言語主義に基づく言語政策」の第一歩だとしているが、移民や定住外国人は英語話者だけではないことに気がついていないか無視している。モノリンガリズム(単一言語支配)を二つ合わせてもマルチリンガリズム(多言語主義)にはならないのである。
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「言語帝国主義」ということばが日本語の中に現れたのは、一九七〇年代であったかと思われる。それをはっきりと自覚的に記憶の中に残していないのは、このことばを進んで認め、受け入れることに同意しかねる気持が私の中に働いていたからである。というのも、このことばには、特定有力言語の独占的普及を快く思わなかった結果、おのずと口をついて出た「ののしりことば」の色あいを感じたからである。
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そのときまだ、辞典の編集者が、「言語帝国主義」を項目に持ち出さないことは幸運だと思った。言語の問題に対して感情的にならず、できるだけアカデミックな節度をもってのぞむことは、こうした一連の問題を扱う学問領域の建設のために不可欠だと思ったからである。そうでなくとも、今では「社会言語学」の名のもとに保護され得るこのような研究領域は、政党言語学からのさげすみをまじえた批判の目にさらされていたからである。
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 このコンテキストでぜひ述べておかねばならないのは、しばしば少数言語が生きのびるための作戦を論じる際に提出される、言語の使用領域による使い分けという問題である。それはバイリンガリズムの実際として述べられる。すなわち公的な場面では帝国語を、民族語は家庭内の言語として、領域を分けあって用いるという、いわば分野を分けた平和共存のバランスという図式である。しかし、これほど欺瞞的な提案はない。家庭の中にだけ局限された言語にどんな未来があるだろうか。それは現実には、その言語の活動分野を限定することによって事実上の死を迫るものであるにもかかわらず、国際会議などで、言語学の専門家からしばしば聞かされる提案である。
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【Book】MIURA, Nobutaka and KASUYA, Keisuke ed. 2000. Les imperialismes linguistiques / Linguistic Imperialism. Tokyo: Fujiwarashoten.

バナナの命は短くて Brief Lives of Bananas


金曜日、両親に車を出してもらって買出し。
いくつになっても手のかかる娘です。

通常このデスク周りに常備してある食料は大学内の生協で買ったものです。が、せっかくだからと金曜日は生協には置いていないものも買いました。果物です。

バナナとみかん。
バナナはフィリピン産。みかんはニュージーランド産。

みかんは国産がありませんでした。まあ、季節がね・・・。
みかんにしてはかなり高かったです。オレンジの方がずっと安い・・・。
しかし、デスクで作業しながら食べる以上、切らなきゃいけなかったり手が汚れるものはダメです。
そしてどうしても柑橘類が食べたかったの。
なので一瞬迷ったもののニュージーランドみかんを買うことに。

まあ、良い。みかんは良いのです。
問題はバナナ。

金曜に買った時は、茶色い部分が全くなくて硬くて。
うーん、ちょっとまだ食べごろじゃないけど、1人だから全部食べるまでに時間かかるしいっか。
とか思って買ったのです。

今日、月曜日。
既にどんどん茶色くなっていっています。
今は「あら、丁度食べごろ」とか思ってられますが明後日が心配。
バナナって色変わるのこんなに早かったですっけ・・・?
これも季節かな・・・あったかくなったもんな・・・

と初夏の訪れを感じる今日です。

【Internet】スペ語版米国歌 U.S. Anthem in Spanish

ブッシュ氏は、国歌は英語じゃなきゃいかんでしょう、と言ったようですね。 やっぱり色々理屈を捏ねたところで、アングロサクソンな国。 けどJon Stewartがネタにしている通り、ブッシュ大統領の言い方はあまりに単純に見えます。 多様性や移民国家のアイデンティティについてよく考えた上でのコメントには到底見えないのが問題かと。

ブッシュ夫人のコメントが笑えます。
コメディー・セントラルのサイトでビデオも見れますヨ。
観た方が面白いと思うのでネタバレは避けときますね。

後は、BBCの記事(一番下)に載ってるマクレラン報道官の反論が大爆笑です。

【Internet】Comedy Central. 2006. Daily Show: Stewart - Star Spangled Banner.
http://www.comedycentral.com/motherload/?lnk=v&ml_video=63774

【Internet】BBC News. 2006. Bush criticises Spanish US anthem. April 28th.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4955360.stm
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George Bush has entered a row about the US national anthem, criticising a Spanish version featuring Wyclef Jean and Gloria Trevi.
"I think the national anthem ought to be sung in English," he said when asked at a news conference.
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The song also drew derision from Mark Krakorian, head of a US think-tank called the Center for Immigration Studies.
"Would the French accept people signing the La Marseillaise in English as a sign of patriotism? Of course not."
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【Internet】BBC News. 2006. Spanish US anthem raises hackles. April 28th.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4956834.stm

【Internet】BBC News. 2006. Bush 'no good at singing Spanish'. May 4th.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/4974930.stm
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The president regularly drops Spanish into his speeches, but has urged immigrants to learn English.
"The president can speak Spanish, but not all that well," said Mr McClellan, describing the singing suggestion as "absurd".

Earlier this week Mr Bush played up to his reputation for being clumsy with his native language, appearing alongside an impersonator at a White House press dinner and knowingly mocking his sometimes garbled English.

Critics of the president allege that his declared opposition to the new version of the national anthem - entitled Nuestro Himno - smacks of hypocrisy considering his regular experiments with Spanish.

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However, quips aside, Mr Bush used the occasion to stress his support for the study of English.
"Those who come here to start new lives in our country have a responsibility... to learn the English language so they can better understand our national character and participate fully in American life," he said.

Language has become a side issue in an ongoing debate over immigration rights in the US.

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Sunday, May 07, 2006

【DVD】製造される同意 Manufacturing Consent

【DVD】アクバー,マーク・ウィントニック,ピーター.1992.『製造される同意』.

本日のリスニング教材。
同タイトルの有名な著書と同じテーマを扱っている。

いかにマス・メディアがカバーする話題を選別して世論を操作できるかについて様々な角度から切り込んでいく。

彼が一貫して取るアプローチは、「具体例を比較する」という手法。その方法で沢山のダブル・スタンダードを浮き彫りにしていきます。中でも何回も繰り返されるのは、カンボジア内紛とインドネシアによる東ティモール抑圧。この二つの出来事は大変近い場所で近い時期に起きたにもかかわらず、大変異なる報道のされ方をした、という話です。

途中、チョムスキーが世界中の色んな識者と議論するシーンもある。チョムスキーの攻撃的な、アーギュメンタティブな側面を見たいのであればかなりおススメ。

【DVD】Achbar, Mark and Wintonick, Peter. 1992. Manufacturing Consent.

【Book】ペンと剣 The Pen and The Sword



【本】サイード,エドワード.中野真紀子訳.2005.『ペンと剣』.筑摩書房.

映画の「ロスト・イン・トランスレーション」ご覧になりましたでしょうか。あの作品、どこか居心地の悪さがありませんか。オーストラリアの友人達はあの映画が好きだと言って、映画に出てくる場所を観光したいと無邪気に言ったりします。渋谷のスクランブル交差点で大喜びで写真を撮ります。それを見て、興味を持つとっかかりがあるのは良いことだと思うのです。けれど何処か喜べない自分がいます。それは多分あの映画の中で「われわれ」と「かれら」があまりに明確に区別されているからではないかと思います。

サイードの説明するジャニーヌの態度は、あの映画の主人公たちに似ていると思います。理解不能な現地語を喋る現地人たちに囲まれて、彼らをかけ離れた生き物のように扱う。アラビア語ではなくて日本語なだけではないでしょうか。

以下、引用。
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 カミュは、重要な作家であると同時に、それに劣らぬほど大したスタイリストです。多くの点で模範的な小説家であることは間違いありません。確かに彼は抵抗について語っています。しかし僕がひっかかるのは、この作家が、本人の素性や過去から切り離されて読まれていることです。カミュの素性は、植民地人、ピエ・ノワールです。彼はアルジェリアの海岸に面した、アラビア語でアンナバ、フランス語ではボーヌと呼ばれる都市の近郊で生まれ育ちました。この町は一八八〇年代から一八九〇年代にかけて、フランス化したのです。彼の先祖はコルシカや南欧各地やフランスからの移民です。彼の小説は、実は植民地的な状況を表現したものだと僕は見ています。
 『異邦人』(L'Etranger, 1942)に出てくる主人公ムルソーはアラブ人を殺しますが、カミュはこのアラブ人に名前も素性も与えていません。小説の終わりの方で、ムルソーが裁判にかけられる場面の着想は、完全に思想的なフィクションです。植民地時代のアルジェリアで、アラブ人を殺したかどで裁判にかけられたフランス人などひとりも存在しません。これは偽りです。彼は虚構を構築するのです。
 第二に、後年の小説『ペスト』(La Peste, 1947)では、あの都市で死んでいくのはアラブ人なのですが、彼らについては何も語られません。カミュとヨーロッパの読者にとって問題になるのは、当時も今も、ヨーロッパ人だけなのです。アラブ人はただ出てきて死ぬだけです。
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 「アルジェリア民族などというものは存在しない」――彼はムスリムの帝国主義を公然と非難しました。人間の状況に対する偏見のない観察者どころか、カミュは植民地の証人なのです。苛立たしいのは、彼が決してそんなふうには読まれないということです。僕の子供たちは高校生と大学生ですが、最近、それぞれフランス語の授業で『ペスト』と『異邦人』を講読しました。息子と娘のどちらの場合も、カミュを植民地という文脈から切り離して読まされました。カミュが荷担していたこの異論の多い歴史については、何の指摘もなかったのです。
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 これ〔カミュの『追放と王国』(L'Exil et le Royaume, 1958)に収録された「不貞の女」〕は後期の作品で、一九五五年以降に書かれたものです。物語はジャニーヌというフランス女性についてのもので、彼女はセールスマンの妻です。夫妻はアルジェリア南部に向けてバスで旅しています。彼女は、自分の国にいるのに外国人に取り囲まれている、と発言していますが、これは当時カミュ自身が感じていたことでしょう。ジャニーヌはアラビア語がわかりません。現地人を、かけ離れた生き物のように扱います。
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 アラビア語は第二次世界大戦の終結まで排斥されました。なぜなら、アルジェリアはフランスの一部と考えられていたからです。この言語を教えることができた唯一の場所は―今日のアルジェリアの状況に大きく関連することですが―モスクのなかでした。イスラムは、当時も今も、ナショナリズムの最後の避難所だったのです。
 FLNは一九六二年に政権を奪取すると、アラビア語を復活させました。そのアラブ化政策には、やや行き過ぎた点もあったようです。アラビア語の学習が強要されました。ベン・ベラやブーメディエンの世代は、アラビア語をまったく知らなかったのです。彼らの実用言語はフランス語でした。方言を話し、クルアーン(聖典)を読むことはできましたが、東アラブ世界の僕たちが使うようにはアラビア語を使えなかったのです。そこで彼らはそれを学ばねばなりませんでした。
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 合衆国が百万のヴェトナム人の命を犠牲にしたことなど、ほとんどのアメリカ人は忘れています。僕の生徒のなかにはヴェトナム戦争のことさえ知らない者も少なくありません。そのことは忘れられてしまったのです。ジミー・カーター〔一九二四~ 合衆国大統領(一九七七~八一)民主党〕は、あの戦争が「相互の破壊」だったと言いました。でも、ヴェトナムにおける破壊の規模と、帝国主義の侵略者である合衆国が耐え忍んだ犠牲とでは、とても比較になりません。
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【Book】Said, Edward. 1994. The Pen and the Sword: Conversations With David Barsamian. Common Courage Prress.

【Book】ディスコルシ Discorsi

【本】マキァヴェッリ,ニッコロ.永井三明訳.1999.『マキァヴェッリ全集2: ディスコルシ』.筑摩書房.

「事態を収めればよろしい」って・・・随分あっさりと・・・
ガンジーやキング牧師がスピーチしたところで、意見を異にする人はいっぱいいたわけで・・・そんなに短時間に事態は収まるものなのでしょうか・・・。あと真理という言葉をあっさり使えるところが16世紀(?)。

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彼らの猜疑心が根拠のないものである場合には、有識者で信望のある人物が進み出て演説し、公開討論をとおして人民にその間違いを悟らせて、事態を収めればよろしい。トゥリウス・キケロの言うように、人民とはたとえ無知であったにしても真実を把握する能力を有する。そして人民が信頼するに足るとする人物が、彼らに真理を告げさえすれば、やすやすと説得されうるものなのである。(p.23)

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そしてわれわれは、多くの事柄を行うのに、理性に導かれてではなく、必要に迫られてやっているに過ぎない。(p.31)
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【Book】Machiavelli, Niccolo. 1984. The Discourses. Viking Press.

【Book】身につけるディベートの技術 Debating Skills We Need

【本】茂木秀昭.2005.『身につけるディベートの技術』.中経出版.

著者はどうやらEast-Westの優勝者。
しかもKO卒。(つまりKESSのOBの方でしょうか)

大変読みやすい本ですが、ディベートにおける「合理性」「客観性」「論理性」などにちょっと夢を持ちすぎだと思います。カント以降は絶対的な客観性を信じている人は絶滅したのかと思っていました・・・。

ただ、確かにディベートには自分、自分と違う意見の人、聴衆、という最低三つのグループが関与します。他の2者に理解されないと困るので、一方的にスピーチするだけよりは相対的に内容が客観性に耐えるものになるとは思います。けれど「主観的な意見を離れ」と言ってしまうのはちょっと危険だと思います。

以下、引用。
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 これまで日本では、ディベートというと揚げ足取りや詭弁、単なる討論といったイメージが強かったのですが、実際にはこれまでの日本の教育に欠けていたいくつかの重要な訓練効果があることが、ようやく知られるようになってきました。
 企業では一九八〇年代前半頃から、ソニーや松下といった国際的な大企業がディベートを研修に取り入れてきましたが、現在では多くの企業や人事院、地方公共団体の研修などでも導入されています。
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 しかし、ディベートは単なる討論ではなく、徹底した調査を基に、客観的な根拠に基づいて両面から問題を分析して解決策を検証し、合理的な問題解決策を選択していく手法なのです。まず、論題(トピック)を設定(たとえば「当社は成果主義を導入すべきである」)し、準備の段階では賛成(肯定側)と反対(否定側)の両面から議論を組み立てたり、相手の反論を予想して対策を考えたりして、試合に臨み、最終的により合理的な問題解決策を選択していきます。あくまで討論は、合理的な問題解決に至るプロセスの一部に過ぎません。
 言い換えれば、ディベートは、主観的な意見を離れ、客観的に両面から問題を分析し、その本質を探る手法なのです。
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【Book】MOTEGI, Hideaki. 2005. Debating Skills We Need. Tokyo: Chukeishuppan.

Saturday, May 06, 2006

【Internet】言挙 Kotoage

衝撃です。

先ほどの本の「言挙」という言葉が気になったので調べています。
そしたら太宰府天満宮のサイトにたどり着きました。

【インターネット】太宰府天満宮.『神道』.
http://www.dazaifutenmangu.or.jp/shiru/shinto.htm
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 神道は、古代日本に自然発生した信仰生活が発達したものです。したがって現在でも、教義や教典といったものは、特にありません。『万葉集』には「神ながら(神道のこと)言挙(ことあ)げせぬ」と記されています。「言挙げ」は「興言」とも書き、「声に出して言う」とか「理論だてる」ということですが、神道はそういうことをあえてしないのだと語っているのです。「言挙げせぬ」ということは、教義や教典を持たないのと同時に、ことに布教活動といったものも行わないことです。日本民族の中から自然に発生した神観念と、それに伴う祭祀儀礼が始まりですから、教祖も存在しません。ここが他の宗教との決定的な差異です。
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・・・つまり、なんですか?
万葉集に神道ではディベートしちゃダメなんだよ、って書いてあるっていうの??
んなバカな・・・本当でしょうか・・・そんなに根が深かったら困るなぁ・・・

で、元ネタの万葉集からの引用は以下です。やーれやれ。

柿本人麻呂.『万葉集』.3253,3254番
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/3770/top.htm
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葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙せぬ国 然れども言挙ぞ吾がする 事幸く 真幸くませと恙なく 幸くいまさば 荒磯波 ありても見むと百重波 千重波しきに 言挙すわれは 言挙すわれは

(反歌)磯城島の 大和の国は 言霊の助くる国ぞ 真幸くありこそ
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しかしこの歌は「言挙ぞ吾がする」「言挙すわれは 言挙すわれは」とあり,「俺は敢えて言わせて貰うぜ」ゴーゴー,という意味ではないのだろうか・・・
と思ったら以下のようなものも見つかりました。

本居宣長.『直毘霊』
http://myorenji.moo.jp/kakugen.html
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古(イニシヘ)の大御代(オホミヨ)には道といふ言挙(コトア)げもさらになかりき故(カ)れ古語(フルコト)に葦原(アシハラ)の瑞穂(ミズホ)の国は神ながら言挙(コトア)げせぬ国といヘリ
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うーん・・・宣長は「然れども」の前にだけ注目してるみたいですね・・・

【Internet】風琳堂.2005.『千時千一夜 ──瀬織津姫&円空情報館』. 03/10 07:01
http://otd3.jbbs.livedoor.jp/246945/bbs_plain?base=132&range=1
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人麻呂の激情歌(『万葉集』巻十三 №3253・3254)  

 柿本朝臣人麻呂の歌集の歌に曰く
葦原の 水穂の国は 神ながら 言挙[ことあげ]せぬ国 しかれども 言挙ぞわがする 言幸[ことさき]く まさきくませと つつみなく さきくいまさば 荒磯波 ありても見むと 百重波 千重波にしき 言挙す吾は 言挙す吾は  
 反歌
しき島の日本[やまと]の国は言霊のさきはふ国ぞまさきくありこそ 

 日本は神代から言葉に出して言い争わない国だ、しかし、言霊が本来のように幸くあるために、「吾」はあえて言葉に出してもの言うぞといった歌意かとおもいます(「言挙[ことあげ]」とは「下位の者から上位に対してかやうにあつて欲しいと希望を申し出す事を云ふ」…武田祐吉『柿本人麻呂』昭和十三年)。古代において、「言挙」は死を覚悟の上での行為だったはずですが、武田祐吉『柿本人麻呂』によりますと、この歌は、「遣唐使として海外に使する人に贈つて、其の功を盛にする歌だと云はれてゐる」とされ、いかにも戦前的解釈がなされていました。武田さん自身は、「これが果して遣唐使の一行を送つた歌とすれば多分大宝二年の遣唐使を送つたのであらう」とも書いていました。これは戦前の解釈ですが、しかし過去のものかといえばそうではなく、たとえば北山茂夫『柿本人麻呂論』(1983年刊)の巻末人麻呂年表にも、「大宝一年」の項に「遣唐使任命、これを機に、人麻呂、餞けの長歌を作る」などと書かれ、戦後においても同日の解釈がなされていて、あるいは、これは今なお通説化・定説化されている解釈なのかもしれません。現在流布している人麻呂論のすべてに眼を通したわけではありませんけど、この歌をどう「解釈」しているかは、その論を読む上で大事なポイントになるだろうとはいえそうです。わたしの歌の理解でいえば、末尾の「言挙す吾は」(原文は「言上為吾」)のリフレインがもっている人麻呂の「おもひ」の激しさは、遣唐使への餞別・激励の歌などとはまったくそぐわないものだとなります。人麻呂が歌どおりに言挙=言上したとしますと、それだけでまさに「ちはや人」(巻十一 №2428)で、最悪死罪、軽微にみても官位剥奪か配流刑になったとしても不思議ではありません。
 万葉集の編者は、この人麻呂の「言挙」の宣言歌のすぐ前に、作者不詳とするも、次のような言挙歌も載せています。

■もう一つの言挙歌(巻十三 №3250~3252)
蜻蛉[あきづ]島 日本[やまと](原文は「倭」)の国は 神[かむ]からと 言挙[ことあげ]せぬ国 しかれども 吾は言挙す 天地の 神もはなはだ わが思ふ 心知らずや 往く影の 月も経[へ]往けば 玉かきる 日もかさなり 思へかも 胸安からぬ 恋ふれかも 心の痛き 末つひに 君にあはずは 吾が命の 生[い]けらむきはみ 恋ひつつも 吾はわたらむ まそ鏡 正目[ただめ/まさめ]に君を 相見てばこそ わが恋止まめ 
 反歌
大舟のおもひたのめる君ゆゑにつくす心は惜しけくもなしひさかたの都を置きて草まくら旅ゆく君をいつとか待たむ

 長歌の後半は激情の恋歌を仮装していますが、この歌が通常の恋歌と異なっているのは、最後に「まそ鏡 正目[ただめ/まさめ]に君を 相見てばこそ わが恋止まめ」と歌われていることに表れています。前半の「蜻蛉[あきづ]島 日本[やまと]の国は 神[かむ]からと 言挙[ことあげ]せぬ国 しかれども 吾は言挙す 天地の 神もはなはだ わが思ふ 心知らずや」のフレーズを受けてならば、「まそ鏡」(真鏡)には表面上は「言挙す」る「吾」が写っているはずです。しかし、歌は、真鏡に写っているのは謎の「君」であり、それが「わが思ふ心」と二重化され、そのような「君」を相見るならば、この「恋」は止むだろうと歌っています(皇孫への神鏡授与の例にならえば鏡に写るのは「神」)。なお、後半の、この「まそ鏡」のフレーズについては、人麻呂歌「真鏡[まそかがみ]手に取り持ちて朝なさな見れども君は飽くこともなし」(巻十一 №2502)を、とても近い縁歌として指摘することができます。万葉集編者が、作歌者不明としつつも、この言挙歌をここに置いたのは、次の人麻呂の「言挙」の宣言歌を、万葉集歌群のなかで一人孤立した歌とはさせないといった編集意図があったということなのでしょう。
 また、人麻呂の言挙歌と、この作歌者不明の言挙歌の間に置かれた短歌(反歌)二首については、前者の歌にある「大舟のおもひたのめる君」からは、これも、人麻呂の「大船の香取の海に錨[いかり]おろしいかなる人か物おもはざらむ」(巻十一 №2436)という左遷時の歌が連想されます。後者の「ひさかたの都を置きて草まくら旅ゆく君をいつとか待たむ」については、「都」からわびしくも旅立っていく「君」をいつまでも待っているという意で、では、この謎の「君」とはだれのことかということがあります。人麻呂歌の直前に意味深げに置かれたこれらの長歌と短歌が、人麻呂の言挙歌との連動を意識した配列となっていることはまちがいなく、としますと、「草まくら旅ゆく君」は、あるいは「東海の畔[さかひ]に左遷せられ」るときの「君」、つまり人麻呂とも読めるような編集(歌の配列)となっています。 こういった万葉集編者の編集意識(おもひ)がここには秘められているとしますと、その後の富士山を歌った人麻呂短歌二首、および、安居院が指摘するところの富士山歌が一段と重い光を発してくることになります。
 人麻呂の「言挙」の宣言歌が含む激情をそのまま投影したものとして、「ふじのねのたえぬ思ひをするからに常磐[ときわ]に燃る身とぞ成ぬる」と「ちはやふる神もおもひのあればこそとしへてふじの山ももゆらめ」の二首があります。この二首がもっている(ちはやふる)「おもひ」の強さに比較しますと、安居院が指摘した富士山歌(の長歌と反歌)の方は、どちらかといえば静かな抑制された感情によって歌われているようです。この違いはどこからくるかと考えますと、おそらく、短歌二首は配流(左遷)先でか、想念のなかで富士山(神)と対面しつつ自身の「おもひ」を重ねて詠んだものであり、長歌と反歌の方は、配流(左遷)先から都へ連れ戻されるときか、富士山を振り返るようにして歌い遺したもの(「駿河なる不盡の高嶺は見れど飽かぬかも」)というのが大きな理由ではないかとおもわれます。短歌二首が「燃える富士」のイメージをもっていたのにくらべ、長歌と短歌は、その「火」を消す「雪の富士」のイメージに転換しています。人麻呂にとって、都へふたたび向かうということ──、それは「死」への召還を意味していました。
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しかも,こんなのもみつかりました・・・
けどここに出てくる「言挙」は議論することや論理的に話すこととは関係なさそうなのですが。

日本翻訳センター.「イサナギ・イサナミの御子誕生」.『ホツマツタエ』.天の巻
http://www.hotsuma.gr.jp/aya/aya03.html
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 この後、イサナギとイサナミの二柱は、浮橋の上でオノコロの印相(いんぞう)を契って後に建てた八尋殿(ヤヒロノトノ)に立つ天御柱(アメノミハシラ)をお互い巡って男の子を生もうと話し合いました。 先ず言挙(コトアゲ)の儀式に、女は左廻りに男は右廻りに別々に巡り、お互い出会い頭に女神は、「アナニエヤ(なんとうれしい)良(え)男(おとこ)」男神は答えて、「ワナウレシ(わあうれしい)良(え)乙女(おとめ)」と相歌い一緒に交わってはらんだものの、その子は月満てず流産してしまいました。その子の名前をヒヨルコ(未熟児)と言い、泡の様に流れ去りましたので、この児は子供の数には入りません。葦船に乗せ、吾が恥と流した先を淡路島と呼びました。 この不幸な出来事を天神に告げ相談したところ、早速太占(フトマニ)を占って天意を伺っていわく、「先の五(イ)・四(ヨ)の歌は事を結ばず。と卦(け)に出ている。又、言挙(コトアゲ)も女が先に立ってはいけない」との神託があり、なお続けて嫁法(とつぎのり)についてのお話がありました。
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同サイトの『ホツマツタエ』の説明は以下です。
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ホツマツタエは、古代大和ことばで綴られた一万行に及ぶ叙事詩です。縄文後期中葉から弥生、古墳前期まで約一千年の神々の歴史・文化を今に伝えています。作者は、前半天の巻・地の巻をクシミカタマ(神武時代の右大臣)が、後半人の巻をオオタタネコ(景行天皇時代)が、編纂、筆録と記されています。
-----------------------------

津島神社のサイトには日本書紀から以下の部分が引用されています。
http://www.clovernet.ne.jp/~m_hotta/saijin.html
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一、日本書紀 巻第一(神代上)
 一書(あるふみ)に曰(い)はく、素盞鳴尊(すさのおのみこと)の所行(しわざ)、無状(あぢなき)し、故(か)れ諸神(もろもろのかみ)科(おほ)するに千座置戸(ちくらおきと)を以てして、遂(つい)に逐(やら)ひたまひき、是の時に素盞鳴尊、其の子五十猛神(いそたけるのかみ)を帥(ひき)ゐて、新羅国に降到(くだり)りまして、曽尸茂梨(そしもり)之処に居(ま)します。乃ち興言(ことあげ)して日はく、此の地(くに)吾不欲居(あれをまらくほりせじ)とのたまひて、遂埴土(はにつち)を以て舟を作り、乗りて東に渡り、出雲国の簸川上(ひのかわかみ)に在る鳥上(とりかみ)の峯(たけ)に到ります。
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日本書紀にはこんな部分もあるみたい。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/77/78/7802/780211.htm
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『日本書紀 一』(神代 上)「幸魂・奇魂、大三輪神」(前略)一書に曰はく、夫カの大己貴命オホナムチノミコト、少彦名命スクナヒコナノミコトと力を戮アハせ心を一にして、天下アメノシタを経営ツクりたまふ。(中略)自後コレヨリノチ、国の中に未イマだ成らざる所をば、大己貴神独り能ヨく巡り造りたまふ。遂に出雲国に到りて、乃スナハち興言コトアゲして曰ノタマはく、夫カの葦原中国アシハラノナカツクニは本モトより荒芒アラびたり。磐石草木イハネクサキに至及イタるまで、咸コトゴトく能く強暴アシかり。
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『源平盛衰記』内閣文庫蔵慶長古活字本(国民文庫)巻第四十一 P1037
http://j-texts.com/seisui/gs041.html
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多々良五郎能春は平次を懐く。各申けるは、此条互に穏便ならず、友諍其詮なし、平家の漏聞んも嗚呼がましし、又鎌倉殿の被聞召も其憚在べし、当座の興言くるしみ有べからずと申ければ、判官誠にと思てしづまれば、梶原も勝に乗に及ず、此意趣を結てぞ判官終に梶原には弥讒せられける。

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本当に「言挙」って議論することや明言することを指す言葉なの?
ということで今度は古語辞典を漁ってみます。

Infoseekのマルチ辞書(大辞林の二版だと思われる)
http://dictionary.www.infoseek.co.jp/
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ことあげ 0 4 【言挙げ】
(名)スル言葉に出して言い立てること。言葉に呪力があると信じられた上代以前には、むやみな「言挙げ」は慎まれた。揚言。 「葦原の瑞穂の国は神ながら―せぬ国然れども―ぞ我がする/万葉 3253」

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http://www.asahi-net.or.jp/~mq9k-ymst/KYkobun/ziten.htm
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ことあげ (名・動サ変)(言挙げ)言葉に出して言い立てる(こと)。
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うーん・・・・・・

ちなみに、
国際派日本人養成講座.2001.「Common Sense:言挙げの方法」.『Japan On the Globe』.172号.(http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog172.html
には以下のように書いてある。うーん...言挙げって一般的な言葉なんでしょうか・・・

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 わが国は「言挙(ことあ)げ」をしないこと、すなわち、言葉に出して言い立てず、「以心伝心」や「沈黙は金」を美徳と する伝統がある。国際会議でも日本の代表は、3S、すなわち、Smile、Silent、Sleepだと阿諛されるほどであるが、それでは国際社会ではやっていけない。
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【Internet】Dazaihutenmangu. Shintoism.

【Internet】Hotsuma-Tsutae. The Book of Heaven. Chapters 3.
http://www.hotsuma.gr.jp/aya/aya03-e.html
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First, in the ritual of kotoage, Isanami turned to the left while her spouse turned to the right. When they met again, Isanami started by saying, "Ah, what a splendid youth". Isanagi, in turn, said "Ah, what a fine maid." After thus chanting together, they conceived a child. But the child was miscarried before its term was full. It was called Hiyoruko ("Premature Child") but was not included among the number of their children. It was placed on a boat of reeds and cast off, the place where it landed being called Awajishima ("Island of Our Shame").The pair related these unhappy events to the heavens. They conducted divination according to the Futomani Book and sought divine guidance. They were told: "Nothing will come from the Song of I and Yo that you used before. When you conduct the kotoage, the female must never start first". The divination produced further guidance on the method of procreation.
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【Book】ディベートのすすめ Introduction to Debate

【本】 望月和彦.2003.『ディベートのすすめ』.有斐閣.

うーん・・・どうなんでしょう・・・。
こういう「日本人は議論ベタ」って言い続けると,
議論の勉強しようって人が余計減っちゃうんじゃないですかね?
確かにもっと先入観なしに楽しんでみて欲しいな、とは思いますが,
こういう言い方が良いことなのかは分からないです。

以下、引用。
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 またわが国では人の意見に反対することは昔から「言挙」といって,あまりよくないことだとされてきた。そのため今日のわが国では公的な場で討論することを避ける風潮が強く,自己アピールも外国の人たちに比べて上手とはいえない状況にある。
 他方,欧米では弁論術の一環としてディベートが行われてきた歴史がある。
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 日本人は,おうおうにして,議論に負けるとまるで自分の人格自体が完全否定されたように思う人がいるが,ディベートはそのような性質のものではけっしてない。
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 人間の行動の指針となるべき価値判断は,単なる厳密知識の集積によって獲得することはできず,それとは別次元の健全な判断が必要であることは,古代ギリシア時代,プラトンと同時期に弁論家・修辞学者として活躍したイソクラテス(436~338BC)が主張していることである(廣川洋一(1984)『イソクラテスの修辞学校』岩波書店)。

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【Book】Mochizuki, Kazuhiko. 2003. Introduction to Debate. Tokyo: Yuhikaku.

【Internet】「自殺」アラカルト "Suicide" a la carte

【Internet】お葬式プラザ.1989.『「自殺」アラカルト』.

何で突然こんな物騒なサイト?と思うかもしれませんが、
別に自殺願望とかは全くありません。ご心配なく。

あのですね、安楽死を認めるべきか、というディベートの解説を受けたんですね。
オーストラリア人の講師に。もう2年近くも前の話ですけれども。
オランダをはじめ、合法化されるケースが最近増えてきてますね。

まあともかくその授業の中で、「自殺は何処の国でも違法だ」と言われました。

で・・・、「そうだっけ?習ってないぞ、そんなことは学校で」と思ったわけです。

そこでちょっと調べてみました。

嘘じゃん!!
日本の刑法では自殺は違法ではないようです。
おかしいと思ったんですよね。
ちくしょう、あいつめ。今度言っておかなくちゃ。

ちなみにその後に書いてある、イギリスで1961年以降自殺が増えなかったというくだり。
「安楽死を合法化すると、自殺助長」系の議論に対する反論に使えそうですね。
合法性・違法性や懲罰の有無と自殺者数には関連なし、と。

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日本では旧刑法も新刑法も、自殺を犯罪と見なしていない。その理由は、「自殺に可罰的違法性が認められない」と、「自殺は罰すべき価値のある違法行為であるが、自殺者を非難することは残酷であり、責任阻却事由が存在する」とがある。何れにしろ刑法に自殺関与罪はあっても自殺罪、自殺未遂罪はない。

イギリスでは1916年の政策下で、自殺未遂者は逮捕されるとあった。1946年から1955年の10年間に5,794件の自殺未遂者が審理され5,477人が有罪とされ、308人が実刑を宣告されている。しかし1961年の刑法改正で犯罪とは見なされなくなった。しかしこうした改正によって自殺者数になんら目立った影響が出ていない。

現行のカトリック教会法では自殺と自殺未遂をともに罰している。自殺未遂の前歴のあるものは聖職に「不適応」とし、精神異常でない者が自殺した場合、教会基地に埋葬することを拒絶し、葬儀ミサを禁止すると規定している。
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ちなみに、刑法には以下のように、自殺幇助の違法性は定めてあります。
ちょっと気になるのは、自殺幇助罪の方が殺人罪より最短服務期間が長いんですね。
それってどうしてですかね・・・?
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第百九十九条 【 殺人 】
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。
 
第二百条 削除
 
第二百一条 【 予備 】
第百九十九条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。
 
第二百二条 【 自殺関与及び同意殺人 】
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。
 
第二百三条 【 未遂罪 】
第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。

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【DVD】ホワイトハウスでの信仰 Faith in the White House

【DVD】グリッズリー・アダムズ・プロダクション.2004.『ジョージ・W・ブッシュ: ホワイトハウスでの信仰』.

BGMがバカウケです。

華氏911に対抗して作られた、ブッシュ支持派のためのドキュメンタリー。やっぱ両方見ないとフェアではないので共和党系のも見るんです。でもエンターテイメント性はどうしても寂しい作品ばかりですね。

お涙頂戴系の逸話が次から次へと続くのでちょっと退屈です。何より徹頭徹尾、キリスト教への信仰の深さについてなので・・・その・・・良いんですかね・・・。移民国家的には一つの宗教にこんなにフォーカスしちゃって・・・?ていうか信仰は政治家としての資質と関係あるんでしょうか・・・?

この点に関してのこのDVDのスタンスは、「政教分離が行き過ぎている」というもの。一部のご家庭が大喜びしそうな言葉です。出てくる例としては、昼食前に黙祷した子が罰を受けたとか、高校の卒業式で「ジーザス」という言葉を口にした生徒が逮捕されたとか。・・・本当かいな・・・。なんかやたら写真とナレーションばかりなんでイマイチ。もう少し何処の州のなんていう学校で起きた事件なのかとか言及して欲しいです・・・。

一番勉強になったのは、南北戦争以降で、ブッシュ氏がテキサス知事に当選した最初の共和党員だったという話。本当ですかね。それは何というか・・・テキサスの印象が変わりますね・・・。

【DVD】A Grizzly Adams Production. 2004. George W. Bush: Faith in the White House.

【Article】反発と是正 Backlash and backtrack

サイード,エドワード.2001.「反発と是正」.『アル・アフラム・ウィークリー』.9月27日‐10月3日 553号.(邦訳は、中野真紀子訳.『サイード・オンライン』(Web Site), もしくは,『戦争とプロパガンダ』(みすず書房)で読めます。)

サイード・オンラインはおススメのサイトです。
短いエッセイの邦訳も原文もドンドン読めます。
大変太っ腹なサイトだと思います。

この記事が掲載されたのは9.11からわずか二週間と少しの時点です。
その時点でいかに反アラブ的言動が蔓延していたのか、統計にはビックリさせられます。

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きのう発表されたギャラップ世論調査によれば、「すべてのアラブは、たとえアメリカ国民であっても、特別な身分証明書を携帯すべきである」という考えに、アメリカ人の四九パーセントが賛成している(四九パーセントは不賛成)。さらに、「すべてのアラブは、たとえアメリカ国民であっても、特別に設けられた厳重な保安検査を受ける」ことを要求する者は五八パーセントに及んでいる(四一パーセントは不要としている)。
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おおやけの領域にアラブやイスラームについての肯定的な知識が存在するのであれば、それを頼みにして、極端にネガティブなイメージの横行に対し是正を図ることもできようが、そんなものはほとんど存在しない。貪欲で、執念深く、乱暴で、非理性的で、狂信的な人々というステレオタイプは結局いつまでもついてまわるのだ。この国では、ひとつの主義主張としてのパレスチナは人々の想像力をとらえるにいたっていない。とりわけダーバン会議の後ではその感がいちじるしい。
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Said, Edward. 2001. Backlash and backtrack. Al-Ahram Weekly Online. 27 Sep. - 3 Oct. Issue No.553.

【Book】 9.11 9-11

【本】チョムスキー,ノーム.山崎淳訳.2001. 『9.11』. 文藝春秋.

久々に読み返しました。最初に読んだのは2002年だったと思います。DVD, 歪められた道徳(Distorted Morality)の内容はこの本とかなりかぶっています。何度読んでもニカラグアが可哀想。

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例えば、一九八六年に米国は国際司法裁判所で「無法な力の使用」(国際テロ)の廉で有罪を宣告されたうえ、すべての国(すなわち米国)に国際法遵守を求める安全保障理事会の決議に拒否権を発動したことを想起すべきかもしれない。
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IRA(アイルランド共和国軍)の爆弾がロンドンで破裂したとき、西ベルファストを爆撃せよという声は起こらなかった。また、IRA資金の大半はボストンから出ているが、ボストンを爆撃する話も出なかった。そうではなく、手順を尽くして犯罪者を捕らえる方法が取られ、テロの背後に横たわる問題を処理する努力がなされた。オクラホマ・シティで連邦ビルが爆破されたとき、中東を爆撃せよという声が上がった。犯人が中東の人間だったなら、きっと爆撃が行われていただろう。やがて国内の極右武闘集団が関係していることがわかったが、モンタナやアイダホを撃滅抹消しろという声は出なかった。そうではなく、実行犯探しが行われ、犯人は捕らえられて裁判に付され、判決を受けた。
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一九八〇年代のニカラグアは米国による暴力的な攻撃を蒙った。何万という人々が死んだ。国は実質的に破壊され、回復することはもうないかもしれない。この国が受けた被害は、先日ニューヨークで起きた悲劇よりはるかにひどいものだった。彼らは、ワシントンで爆弾を破裂させることで応えなかった。国際司法裁判所に提訴し、判決は彼らに有利に出た。裁判所は米国に行動を中止し、相当な賠償金を支払うよう命じた。しかし、米国は、判決を侮りとともに斥け、直ちに攻撃をエスカレートさせることで応じた。そこでニカラグアは安全保障理事会に訴えた。理事会は、すべての国家が国際法を遵守するという決議を検討した。米国一国がそれに拒否権を発動した。ニカラグアは国連総会に訴え、そこでも同様の決議を獲得したが、二年続けて、米国とイスラエルの二国(一度だけエルサルバドルも加わった)が反対した。しかし、これが国家の取るべき手段である。もしニカラグアが強国であったなら、もう一度司法裁判を行えたはずである。米国ならそういう手法が取れるし、誰も阻止はしない。それが同盟国を含め、中東全域の人々が求めていることである。
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西側の人々は別の説明をしたがるが、イラクでは、この一〇年間の米国の政策によりサダム・フセインが強力になった一方で、市民社会がすっかり荒廃してしまった。サダム・フセインが、クルド人への毒ガスによる虐殺など残虐テロをやっていたときは、米国が強力に支持していたことは、ヨーロッパの人々がご存知の通りだ。
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一九八五年、レーガン政府はベイルートで爆弾テロを仕掛けた。オクラホマ・シティにそっくりなやり方で、モスクの外に爆弾トラックを置き、最大の死傷者が出るようタイミングを計り、礼拝を終えて一斉に帰る人々を狙って爆発させたのである。死者八〇名、負傷者二五〇名、その大半が女性と子供だったと、三年後に『ワシントン・ポスト』が報じている。
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トルコが自国のクルド人を撲滅するのを支持したこと。クリントン政府は武器の八〇%という決定的な支援を行い、残虐行為のエスカレーションを手伝った。(中略)民族浄化と破壊を狙った一九九〇年代における最悪の戦争の一つであり、米国に主たる責任があるためほとんど知られていない――そして嗜みなく話題にした場合も、世界中の「非人間的行為に終止符を打つ」われわれの献身に、誰かがつけた小さな「疵」として片付けられる。
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私は、「邪悪さと恐るべき残酷さ」(ロバート・フィスクの言葉)をもって行われた九月一一に地の「恐ろしい犯罪」の被害は、一九九八年八月にクリントンが行ったアル‐シーファ工場の爆撃の結果に比肩しうるかもしれない、と言ったのだ。この妥当性の高い結論は異常な反応を引き起こした。多くのウエッブ・サイトや雑誌などに熱を帯びた、奇抜な非難が溢れた。私はすべて無視するつもりである。唯一重要なのは、二つのテロの被害が同じに見えるということを正確に述べた一文――よく見れば控えめな言い方に思える――を、コメンテイターのある者が、まったく言語道断であると見なしたことである。どんなに彼らが否定しようが、どこか深いところで、彼らは弱者に対するわれわれの犯罪を空気のように当たり前と見ている。そう結論せざるを得ない。(中略)スーダンは、国連に爆撃の正当性を調査するよう求めたが、それすら米国政府は阻止した。それ以上調査しようとした者はほとんどいないようだ。だが、われわれはすべきである。
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国が攻撃された場合、防ごうと努める、可能ならば。この教義に従うなら、ニカラグア、南ベトナム、キューバ他多数の国は、ワシントンや他の米国の都市で爆弾を爆発させているべきだったことになり、パレスチナ人はテルアビブの爆弾テロのたびに喝采を受けるべきだ。
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西側国家と知識人が「国際社会」という言葉を使う場合、西側国家と知識人たちは自分たちのことを指している。例えば、西側の一貫したレトリックによれば、NATOのセルビア爆撃は「国際社会」によって行われたことになる。ただし、(ダチョウのように)頭を砂に埋めているものなら別だが、他の者はあの爆撃に世界の大半が反対だったし、しばしば反対の声もあがっていたことを承知している。富と権力の行動を支持しない者は、「グローバル・コミュニティ」には属さない。ちょうど「テロリズム」という言葉が慣習として「われわれと友好国に向けられるテロリズム」だけを意味するのと同じように。
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さらに劇的なことに、ニカラグアが自衛権を持つべきだという考えが、米国の主流政治の多種多様な領域にまたがり、論外の暴論と考えられていた。(中略)レーガン政府は、ニカラグアがロシアからジェット戦闘機を受け取ろうとしているという噂を繰り返し流した――誰もが知っているように、制空権を守り、「軟らかな標的」への米国のテロ攻撃を阻止するために。噂は嘘だったが、反応は教訓になる。ハト派は噂の信憑性を問題にしたが、もし真実ならば、それはわれわれの安全保障を脅かすものだから、もちろんわれわれはニカラグアを爆撃しなければならないと言った。データベースで調べてみても、ニカラグアが自衛権を持つという考えなどヒントすら出て来ない。
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【Book】Chomsky, Noam. 2001. 9-11. New York: Seven Stories Press.


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We might bear in mind, for example, that in 1986 the U.S. was condemned by the World Court for "unlawful use of force" (international terrorism) and then vetoed a Security Council resolution calling on all states (meaning the U.S.) to adhere to international law.
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When IRA bombs were set off in London, there was no call to bomb West Belfast, or Boston, the source of much of the financial support for the IRA. Rather, steps were taken to apprehend the criminmals, and efforts were made to deal with what lay behind the resort to terror. When a federal building was blown up in Oklahoma City, there were calls for bombing the Middle East, and it probably would have happened if the source turned out to be there. When it was found to be domestic, with links to the ultra-right militias, there was no call to obliterate Montana and Idaho. Rather, there was a search for the perpetrator, who was found, brought to court, and sentenced, and there were efforts to understand the grievances that lie behind such crimes and to address the problems.
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Nicaragua in the 1980s was subjected to violent assault by the U.S. Tens of thousands of people died. The country was substantially destroyed; it may never recover. The international terrorist attack was accompanied by a devastating economic war, which a small country isolated by a vengeful and cruel superpower could scarcely sustain, as the leading historians of Nicaragua, Thomas Walker for one, have reviewed in detail. The effects on the country are much more sebere even than the tragedies in New York the other day. They didn't respond by setting off bombs in Washington. They went to the World Court, which ruled in their favor, ordering the U.S. to desist and pay substantial reparations. The U.S. dismissed the court judgement with contempt, responding with an immediate escalation of the attack. So Nicaragua then went to the Security Council, which considered a resolution calling on states to observe international law. The U.S. alone vetoed it. They went to the General Assembly, where they got a similar resolution that passed with the U.S. and Israel opposed two years in a row (joined once by El Salvador). That's the way a state should proceed. If Nicaragua had been powerful enough, it could have set up another criminal court. Those are the measures the U.S. could pursue, and nobody's going to block it. That's what they're being asked to do by people through-out the region, including their allies.
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In Iraq, though Westerners prefer a different story, they see that U.S. policy in the past ten years has devastated the civilian society while strengthening Saddam Hussein - who, as they know, the U.S. strongly supported through his worst atrocities, including the gassing of the Kurds in 1988.
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若葉と風と海 Fresh green, wind and the sea

今日・・・とと,もう昨日ですね。
海へ行きました。
しかも近場じゃなくて。
綺麗なところ。
久々に,本当に久々に家族とのんびりでした。

明るくて淡いペパミントグリーンのニットにブルージーンズ,白い靴。
パラソルにあたる風と同じ初夏色になってお出かけでした。

うーみーはーひろいーなーおおきいいなぁーー。

でした。

浜辺のあったまった石ころたちの上に座って,
ぼへーーーーーっと波を眺めました。
あの石が可愛いとかこの石は色綺麗とか,次の波は大きそうとか,くだらない事を話しました。
強くない風がさわやかで,そのまま眠ってしまいたくなりました。

お腹空いたなー,と思ったら
絶景かな絶景かななレストランでとろけそうなお料理でした。
デザート美味しいなぁー,と思ったら
ケーキが別に出てきました。いやん。どっちも美味しいぃ。

はふー。
こういう時,自分が海辺で育ったんだってことを思い出します。
お天気の,暑くも寒くもない若葉の季節,浜辺で風に吹かれることほど
命を洗われることってありませんね・・・

はあ,しあわせ。
本当に。
何年ぶりかしらと思うほどリフレッシュでした。

でもこんなに甘やかしてもらって良いのかなあ...と夕方からセコセコ本を読む私です。

【DVD】歪められた道徳 Distorted Morality

【DVD】AK Press. 『ノームチョムスキー 歪められた道徳: アメリカの対テロ戦争?』.カラー.172分.

本日のリスニング教材。
本を読んだり、作業をしたりしている最中のBGMです。 今年は海外に行くことが少ない分、尚更自分で努力しないと。 BGMとは言っても、案外内容も自然頭に入るものですね。 ながら勉強というのは良くないのかもしれませんが、作業をしながらリスニングとリサーチも少しだけできるとあっては、ちょっと止められません。

内容は、2003年4月15日にMITで行われた講演がそのまま収められたビデオです。それだけです。淡々とただ講義です。そこが素晴らしい。他のチョムスキーものよりもおススメです。皆彼の話に興味があるわけだから、ブチブチ分けて妙に切り張りされると台無しだと思うのです。この作品はその点で大満足。下手に編集が加わっていないので、まるで講演に自分も行った気分になれます。

リージョンは1.2.4で観れます。
何故か私のMedia Playerでは中国語字幕になっています。
PCの時の設定の変え方がよく分からなくてそのままです(涙)
何処にボタンあるんだっけ・・・

【DVD】AK Press. Noam Chomsky Distorted Morality: America's War on Terror?. Color. 172 minutes.

Friday, May 05, 2006

【Book】ディベートのすすめ Debating in England

【本】ミルワード,ピーター.1983.『あなたの英語を雄弁にする ディベートのすすめ』.英友社.

最低なディベート教書。的外れも甚だしい。
これからディベート始める方は、こういうのだけは真に受けちゃダメ!!!だと思います。

まず、紹介されているディベートの中身が酷い!
世界大会予選通過審査員として言わせて貰うなら、
こんなスピーチを世界大会でしたらランキング下位1/3で予選敗退間違いなしです。彼の言う「ディベート」観がもう出鱈目過ぎる!!!
しかもこれがロングセラーで売れてること売れてること。
あほかーーーーーーーー!!!!

著者紹介を読むと、まるで著者がオクスフォードでディベートしていた、イギリスディベート界の権威かのように受け取られます。けど、それは絶対ないっっ!!と思います。よくよく読んでみると中等教育の授業でお遊戯みたいな「お試しディベート」をしただけなようです。そりゃ詐欺ってもんではないでしょうか。あまつさえこの本で著者はいかに「イギリス式ディベート」が「アメリカ→日本式ディベート」よりも優れているかを力説しているんです。・・・・・・おそらく書いてる本人はどちらか片方でさえまともにやったことない癖にぃ。両方やってる私にはそうとしか思えない。

だって「イギリス式ディベート」の説明すら間違ってると思います。「イギリス式ディベート」の世界大会でオクスフォードの選手の試合を何年も見ている私が言う。この人の説明はおかしい。ていうかオクスフォードの人たち怒ると思う、これ読んだら・・・。著者がティーンの時に体験したおこちゃま向けの「お試しディベート」がどうだったのか知りませんが、イギリスの大学生が扱うディベートのテーマは真面目そのものだと思います。彼らが議論するのは、例えばパレスチナ問題であり、アフリカへの支援のあり方であり、税制改革です。この著者が言うことは出鱈目にも程があります。犬と猫のどっちが良いペットかを二十歳すぎた人間がよってたかって議論する方が非常識です。好きなほう飼えば良いのですから、そうした問題は集団で意思決定する意味などありません。まじめな話題はよくないなんて嘘っぱちです。

やったこともない癖に閉鎖的・排他的で捩れた愛国心でモノの優劣を語るなー!イギリス人だというだけで自分がディベートの専門家だと思ってるこのド勘違いブリ。これ読んだら真面目に議論学(Argumentation)研究してる学者さんたちは暴れるだろうし、暴れて当然です。これが売れてしまう日本のマーケットが憎い。例えばこの人の母国であるイギリスでこの本売ったらまず間違いなく鼻で笑われるはずなのにい・・・人種差別的にすら聞こえるのは私だけでしょうか・・・それこそサイードの「オリエンタリズム」読んでおとといきやがれ!と叫びたくなってしまいます。嗚呼、無知の傲慢って恐ろしい・・・

紹介されてるスピーチ自体も読んでいただけたらもっとどんなに出鱈目か分かっていただけると思うのですが、それは面倒なので避けます。

以下、引用。
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Contents

はじめに
イギリスにおけるディベート
"Students Should Be Serious"(学生はまじめであるべきだ)
"Cats Make Better Pets than Dogs"(猫は犬よりペットに向いている)
"Fairy Tales Should Be Forbidden"(童話を〔子供に〕与えるな)
"The Sword Is Mightier than the Pen"(剣はペンよりも強し)
"Busybodies Aren't So Bad"(おせっかい者はそれほどワルではない)
"There's a Divinity in Discontent"(不満の中にも神性がある)
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ディベートと言っても,イギリスと日本ではそのやり方には,かなり違いがあります。イギリス式ディベートに親しんできたイギリス人として,私は,当然のことながら,日本式よりもイギリス式の方がよいと思っています。イギリス式と日本式のそれぞれのよさを認めた上で,イギリス式の方がよいと言っているのではありません。むしろ,イギリス人の目から見て,日本の学生たちのディベートのやり方には,異議を唱えたいことが少なからずあるということです。日本の学生は,弁論家としては,世界一とは言えません。それは,国民性の問題というよりも,ディベートのやり方に問題があるからで,改善の余地はあると思います。イギリス式ディベートは完全無欠だ,とは言いませんが,少なくともイギリスには,デモステネス(Demosthenes, 384?-322 B.C.)やキケロ(Cicero, 106-43 B.C.)等,古代ギリシャ,ローマの雄弁家から学ぶ古典教育に根ざしたディベートの長い伝統があります。ちなみに,この古典教育こそ,イギリス民主主義の大もとなのです。
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本書に登場するスピーチは,(実を言うと)すべて私の創作であり,したがって,文責は私にあります。
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アメリカや日本で行われているディベートとは異なり,私は,裏づけとなるような事実や数字を挙げて論証しません。イギリス人の私は,筋道を立てて話し,日常の経験に基づいた議論をする方が好きなのです。と言っても,私も自分の専門,つまりシェークスピアやそのほかの作家(ラテン文学も含む)の言葉や作品や聖書から,たくさん引用しています。しかし,これらの引用文は,尊敬すべきイギリスでのディベートの伝統にしたがって,私が自分で述べたことを説明するために引いたものであって,権威ある論拠というわけではありません。日本の読者のために一言つけ加えておきますが,このような引用文を味わうのに,文学やキリスト教の知識は,必要ではありません。
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授業だけが効果的な学校教育の方法であるとは限りません。ディベートも効果的な教育法の一つと言えるでしょう。私は,イギリスの学校でディベートを経験できて良かったと思っています。残念ながら日本にはディベートの伝統がありません。と言うのも,ディベートと民主主義とは,切っても切れない関係にあるのですが,日本には民主主義の伝統がないからです。イギリスには,その伝統があり,事実,イギリスは民主主義の発祥地と言われています。しかしながら,ディベートの伝統において,イギリス人が手本としているのは,共和制ローマと民主制アテネです。イギリス人にとって,ディベートは,古典教育の一つの現われとしてあたりまえのものなのです。
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一方,ユーモアは,実際のスピーチでも使われるかもしれませんが,主に,論題の選択の仕方や,論題をどういう言葉で表すか,というところに生かされます。イギリスでは(とくにイギリスの学校では,ディベートには),まじめな問題は避けた方がよいとされ,たとえ,まじめな問題を取り上げても,ユーモラスな言い回しを使うようにします。
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【Book】Milward, Peter. 1983. Debating in England. Tokyo: Eiyusha.



【Book】監獄の誕生 Surveiller et Punir

【本】フーコー,ミシェル.田村俶訳.『監獄の誕生: 監視と処罰』.新潮社.

サイードを読んでからフーコーを読むと地獄のように分かりにくく感じる。フーコーを読んでからサイードを読むと面白いようにスラスラ読める。けれどサイードの本には、フーコーの方法を適用した、と繰り返し書いてあり、フーコーを読みたくなるようにできている。悩ましい限りである。

以下、引用。
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大著『人間=機械論』は同時に二つの領域にわたって書かれたのだった。すなわち、デカルトがその最初のページを書き、医師や哲学者たちが継承した、解剖学=形而上学の領域と、他方、軍隊・学校・せ両院における諸規則の総体によって、またさらに、身体の運用を統制したり矯正したりするための経験的で反省的な方策によって構成されていた、技術=政治の領域。その後者の領域では服従と効用が、前者においては作用と説明が重視されていたわけだから、明確に相違した二つの領域。つまり、有用な身体と理解可能な身体。そうはいっても双方の領域のあいだには、重なり合う点がいくつかある。ラ・メトリーの『人間=機会論』は、精神の唯物論的還元であると同時に訓練の一般理論でもあって、それらの立場の中心には、分析可能な身体へ操作可能な身体をむすびつける、《従順》の概念がひろくゆきわたっている。服従させうる、役立たせうる、つくり替えて完成させうる進退こそが、従順なのである。
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身体の運用への綿密な取締りを可能にし、体力の恒常的な束縛をゆるぎないものとし、体力に従順=効用の関係を強制するこうした方法こそが、《規律・訓練 discipline》と名づけうるものである。たしかに、ずっと以前から規律・訓練の方策は多数実在していた――修道院のなかに、軍隊のなかに、さらには仕事場のなかにも。だが規律・訓練が支配の一般方式になったのは、十七世紀および十八世紀である。身体の占有関係にもとづかない点では、それは奴隷制とは異なっている。しかも少なくともこんなに大きな効用の成果を手に入れることで高価で荒々しいかの〔奴隷制の〕関係を免れている点は、この規律・訓練の端麗さでさえある。
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【Book】Foucault, Michel. Translated into English by Alan Sheridan. 1995. Discipline and Punish: The Birth of the Prison, second vintage books edition. New York: Random House.

Reading Foucault after reading Said is painful. Reading Said after reading Foucault is amazingly easy. But Said mentions so many times that he borrowed the methodology from Foucalt in his works and makes me feel like reading Foucault... such a thorny thing...

The followings are citations.
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The great book of Man-the Machine was written simultaneously on two registers: the anatomico-metaphysical register, of which Descartes wrote the first pages and which the physicians and philosophers continued, and the technico-political register, which was constituted by a whole set of regulations and by empirical and calculated methods relating to the army, the school and the hospital, for controlling or correcting the operations of the body. These two registers are quite distinct, since it was a question, on the one hand, of submission and use and, on the other, of functioning and explanation: there was a useful body and an intelligible body. And yet there are points of overlap from one to the other. La Mettrie's L'Hommemachine is both a materialist reduction of the soul and a general theory of dressage, at the centre of which reigns the notion of 'docility', which joins the analysable body to the manipulable body. A body is docile that may be subjected, used, transformed and improved.
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These methods, which made possible the meticulous control of the operations of the body, which assured the constant subjection of its forces and imposed upon them a relation of docility-utility, might be called 'disciplines'. Many disciplinary methods had long been in existance - in monas - teries, armies, workshops. But in the course of the seventeenth and eighteenth centuries the disciplines became general formulas of domination. They were different from slavery because they were not based on a relation of appropriation of bodies; indeed, the elegance of the discipline lay in the fact that it could dispense with this costly and violent relation by obtaining effects of utility at least as great.
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【Livre】Foucault, Michel. 1975. Surveiller et Punir: Naissance de la prison, Gallimard.

【Book】イスラム報道 Covering Islam

【本】サイード,エドワード.浅井信雄・佐藤成文訳.1986.『イスラム報道: ニュースはいかにつくられるか』.みすず書房.

この本は実に四半世紀前に書かれたものである。それがこんなにも色褪せないのは、著者の鋭敏な観察眼のたまものだと多くの人が考えるだろう。同時に、同じ悲劇が何十年も繰り返されていることの動かぬ証しだとも多くの人が苦く認めるだろう。

先日紹介したドキュメンタリー映画で著者の息子が、現実の世界が変わらないことに父は自責の念を抱いていた、と語るシーンがある。この本を読んで、その言葉の意味が分かる気がする。25年経っても、何も変わらなかったと、思ったかもしれない。それでも、何か変わった筈だと信じたい気持ちもある。

以下、引用。
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 最近もてはやされたV.S.ナイポールの『暗い河』やジョン・アップダイクの『クーデター』をみても、あるいは小中学校の歴史教科書、続き漫画、テレビのシリーズもの、映画、風刺漫画を眺めても、イスラムの描き方は画一的で、どの題材も同じ昔ながらのイスラム観からとらわれている。だからムスリムは石油の供給者やテロリスト、ごく最近では血にうえた暴徒として風刺漫画にしばしば登場するのである。逆に、文化一般の中で、とくに非西洋人に関する講演において、イスラムやイスラム的なものを同情的に話したり、考えたりする機会はなく、いわんや描写する場所は見当たらない。かりに現代イスラム作家の名をあげよといわれれば、おそらく大抵の人は、カリル・ジブラン(ムスリムではないが)しか探し出せないだろう。イスラム専攻の学者たちがイスラム教や多様なイスラム文化を扱うのは、創造されたり分化的に規定されたイデオロギー的枠組みの中においてだが、この枠組みは激情と保身上の偏見に満ち、しばしば急変さえするのである。つまりこのイデオロギー的枠組みのゆえに、イスラム理解は実に難しい仕事となっている。そして一九七九年春のイラン革命についての詳細なマスコミの諸研究やインタビューから判断すると、革命そのものを、アメリカにとっての敗北(もちろん極めて特殊の意味では、その通りだが)、あるいは善に対する悪の勝利とみなす受け取り方から、一歩も出ていなかった。
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 「イスラム」あるいは現在イランやムスリム世界の他の地域で活性化しているイスラムが小説家、報道記者、政策立案者、いわゆる「専門家」の手にかかると、宗教的情熱、正義のための闘い、人間的弱点、政治闘争、そして目に見えるままの男や女や社会の歴史などの間の区別ができなくなるかのようだ。「イスラム」は多様なムスリム世界のあらゆる局面をことごとく飲み込んで、すべてを特別に悪意のある無分別な実態に矮小化してしまう。その結果として、分析や理解をするかわりに、われわれ対かれらといったもっとも露骨な形だけが浮き彫りにされるわけである。イラン人やムスリムが自分たちの正義感、圧制の歴史、社会のビジョンについて何かを述べたところで無意味に思える。そのかわりアメリカにとって重要なのは、「イスラム革命」が現在、何をしているか、いかに多くの人を革命委員会が処刑しているか、イスラムの名においてホメイニ師がいかに多くの暴力行為を命じているかということだ。もちろんジョーンズタウンの大虐殺、シンシナティでのフーのコンサートで起こった破壊的熱狂やインドシナの荒廃を、キリスト教や西欧やアメリカの文化全体と同一視する者はいないだろう。その種の同一視こそ「イスラム」のために残してあったといえそうだ。
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 近代ヨーロッパでイスラムへの関心が高まったのは、十八世紀末から十九世紀初頭にかけての、いわゆる「オリエンタル・ルネッサンス」の一部としてである。それはフランスとイギリスの学者が、「東洋」――インド、中国、日本、エジプト、メソポタミア、聖地パレスチナ――を再発見した時代だった。イスラムは、東洋の一部として、良かれ悪しかれ、神秘、異国趣味、背徳、潜在能力といったものを分かち持っているようにみえた。
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 今日、西洋のイスラム学専門家は、十世紀のバグダードにあった理論法律学派や十九世紀のモロッコの都市の様式については知ってはいても、文学、法律、政治、歴史、社会学などイスラム文化全体についてはまったく知らないか、ほとんど知らない。このことは「イスラムの思惟構造」や「シーア派の殉教好み」について、専門家がしばしば一般化させて議論するのを妨げないが、その意見が公表されるのは、真っ先にそうした見解を引き出す大衆的な雑誌やメディアに限られている。もっと重要なのは、専門家にせよ、素人にせよ、イスラムについて公然と議論するのは、政治危機が起きた時にほぼ限られることである。
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 従順で地味な学問的態度と焦点の定まらぬ政府の関心が軌を一にしているところへ、さらに悲しい真実が加わる。それはイスラム世界についてのあまりに多くの専門的な書き手が適切な言語を自由にあやつれず、そこで情報蒐集のために記者や西側の他の書き手に頼らざるをえなかったことである。
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 イスラム信仰の高揚の気運を非難する批評家のうち、それを何百万人もの信徒を持つアメリカのテレビ教の高揚と結びつけたり、一九八〇年の三人の大統領候補者のうち二人が熱狂的な純正クリスチャンだった事実に結びつけたりする者は、さらにわずかであった。宗教的な強さは、イスラムだけのものと思われがちだが、宗教的感情は至るところで著しい広がりをみせていた。イスラムへの態度がいかに一方的な悪意に満ちているかは、明らかに不自由な宗教人、ソルジェニーツィンやローマ法王ヨハネ・パウロ二世が自由な立場の報道によて共感あふれる扱いを受けているのを思い起こせばわかるだろう。
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 だが、輸入の石油価格の劇的な高騰は、人々の胸の中で多くの不愉快な問題と結びつくようになった。「外国の石油生産者に翻弄されている」とつねにいわれるようなアメリカの輸入石油への依存や、ペルシャ湾地域から個々のアメリカ人に伝えられる非妥協的態度による不安などがそれである。(中略)「独占」「カルテル」「ブロック」などの言葉が選別的ではあるが、突如として通用するようになった。ただし、OPEC加盟国につけられるカルテルというレッテルを、アメリカの多国籍企業の小グループに使う者はきわめてまれであった。
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 タッカー氏のいう産油国にも、モイニハン氏のいう新しい第三世界にも、独自の主体性や歴史や国の進路がなく、一群の集団として気楽に語られ、あっさり性格づけられ、そして切り捨てられてしまう。(masako注:この後に続く部分も引用したいが、誤訳の恐れがあるため、原文が届くのを待って今は控える)
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 人間社会に関するあらゆる知識は、自然界に関する知識とは異なって歴史的な知識であり、したがって人間の判断と解釈に基づくものである。それは、事実やデータが存在しないからではなく、事実は解釈が加わることによって重要性が備わるからである。(中略)解釈は、誰によって解釈されたのか、誰に対し、何の目的で、また歴史のどの時点でそれがなされたのか、ということに大きくかかわっている。その意味で、すべての解釈された事象は、状況の産物といわねばならない。解釈は他の人びとがすでに解釈したことに関係して生まれる。以前の解釈を確認するか、反論するか、またはそれを継続するかである。いいかえれば、いかなる解釈も、それに先行する解釈、または他の解釈に何らかのかかわりをもたないものではありえない。それゆえ、イスラムについて、または、中国について、シェークスピア、あるいはマルクスについて真面目に書く人は誰でも、これらの主題についてすでに誰かが述べたことを何らかの形で取り入れているはずである。
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 すべての解釈者は読者であり、まったく中立的で価値観をもたない読者はありえない。つまり、読者は自我をもつ人間で、多くのしがらみにしばられた社会の一員である。愛国心または排外主義といった民族感情に始まり、個人的な感情である怖れや絶望感なども意識しながら、解釈者は自分が教育(それ自体、長期にわたる解釈のプロセスである)によって得た理性と情報を学問的に活用し、理解に達するのである。ひとつの状況、解釈者が置かれている状況と、もうひとつの状況、すなわち、テキストがつくられた時と場所に存在した状況、との間の障害を突き破るためには、多大な努力が払われねばならない。文化の壁と距離を乗り越えようとする強い意志の努力こそが、他の社会および文化を知ることを可能にし、同時にその知識に限界を設定する。この時に、解釈者は、自分の置かれた人間的な状況の中で自分自身を理解し、その状況との関係で文化のテキストも理解する。このことは、距離的に遠い異文化であるけれども、同じ人間世界に属するという強い自覚によって生まれる。
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【Book】Said, Edward. 1981. Covering Islam: How the Mdia and the Experts Determine How We See the Rest of the World. New York: Pantheon Books.

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For whether one looked at such recent, critically acclaimed fiction as V.S. Naipaul's A Bend in the River and John Updike's The Coup, or at grade-school history textbooks, comic strips, television serials, films, and cartoons, the iconography of Islam was uniform, was uniformly ubiquitous, and drew its material from the same time-honored view of Islam: hence the frequent caricatures of Muslims as oil suppliers, as terrorists, and more recently, as bloodthirsty mobs. Conversely, there has been very little place either in the culture generally or in discourse about non-Westerners in particular to speak or even to think about, much less to portray, Islam or anything Islamic sympathetically. Most people, if asked to name a modern Islamic writer, would probably be able to pick only Khalil Gibran (who wasn't Islamic). The academic experts whose specialty is Islam have generally treated the religion and its various cultures within an invented or culturally determined ideological framework filled with passion, defensive prejudice, sometimes even revulsion; because of this framework, understanding of Islam has been a very difficult thing to achieve. And to judge from the various in-depth media studies and intervies on the Iranian revolution to accept the revolution itself as much more than a defeat for the United States (which in a very specific sense, of course, it was), or a victory of dark over light.
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It is as if discriminations between religious passion, a struggle for a just cause, ordinary human weakness, political competition, and the history of men, women, and societies seen as the history of men, women and societies cannot be made when "Islam," or the Islam now at work in Iran and in other parts of the Muslim world, is dealt with by novelists, reporters, policy-makers, "experts." "Islam" seems to engulf all aspects of the diverse Muslim world, reducing them all to a special malevolent and unthinking essence. Instead of analysis and understanding as a result, there can be for the most part only the crudest form of us-versus-them. Whatever Iranians or Muslims say about their sense of justice, their history of oppression, their vision of their own societies, seems irrelevant; what counts for the United States instead is what the "Islamic revolution" is doing right now, how many people have been executed by the Komitehs, how many bizarre outrages the Ayatollah, in the name of Islam, used to order. Of course no one has equated the Jonestown massacre or the destructive horror of the Oklahoma bombing or the devastation of Indochina with Christianity, or with Western or American culture at large; that sort of equation has been reserved for "Islam."
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The modern European burst of interest in Islam was part of what was called "the Oriental renaissance," a period in the late eighteenth and early nineteenth centuries when French and British scholars discovered "the East" anew - India, China, Japan, Egypt, Mesopotamia, the Holy Land. Islam was seen, for better or for worse, as part of the East, sharing in its mystery, exoticism, corruption, and latent power.
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Academic experts on Islam in the West today tend to know about jurisprudential schools in tenth-century Baghdad or nineteenth-century Moroccan urban patterns, but never (almost never) about the whole civilization of Islam - literature, law, politics, history, sociology, and so on.
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Add to this conformity between a docilely plodding scholarship and unfocused government interests the sorry truth that too many expert writers on the Islamic world did not command the relevant languages and hence had to depend on the press or other Western writers for their information.
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Tuesday, May 02, 2006

【Book】メディア論 Understanding Media

【本】マクルーハン,マーシャル.栗原裕・川本仲聖訳.1987.『メディア論: 人間の拡張の諸相』.みすず書房.

分かりにくい。
...なんでこんなに分かりにくく書けるんだ?

有名な「熱いメディア」「冷たいメディア」といった表現も出てきます。
著者は「沢山の批評家が誤解した」と彼らをバカ扱いして怒っているようですが・・・
文句言えないでしょ、こんなに分かりにくく書いたら・・・と思いました。

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 ド・トックヴィルがフランス革命にかんする早いころの著作の中で説明していたところによると、十八世紀に文化的飽和に達したときフランス国民を均質にしたのが印刷したことばであったそうである。フランス人は北から南まで同じ種類の人たちである。画一、連続、線状という活字の原理が、昔の封建的で口誦的な社会の錯綜の上にかぶさっていた。革命は新しい文学者や法律家たちによって成し遂げられたのであった。
 しかしながら、イギリスでは、古い口誦の慣習法の伝統が中世の議会制度の支持を受けて協力であったから、新しい視覚的な印刷文化の画一ないし連続は確固たる地位を築くことができなかった。結果的にイギリス史でもっとも重大な事件、すなわち、フランス革命に似た形のイギリス革命は起きなかったのである。アメリカ革命は放逐あるいは根絶すべき中世的法制度をもたなかった。ただ、君主制は別だった。そして、アメリカの大統領制はこれまでのヨーロッパの君主制に比べられないほど私的かつ君主的である。そう多くの人は言っている。
 ド・トックヴィルのイギリスとアメリカの比較は明らかに画一と連続を生む活字および印刷文化の事実にもとづいている。イングランドはこの原理を拒絶し、流動的あるいは口誦的な慣習法の伝統に執着した。そうド・トックヴィルは言う。ゆえに、イギリス文化の不連続で予測不可能な性格が生じたというわけだ。印刷の文法は口誦の書記されない文化や制度の伝えるメッセージを解釈する助けにならない。マシュー・アーノルドがイギリスの貴族階級を野蛮人と分類したのが適切であるというのは、その権力と地位が文字文化あるいは活字文化の形態と無縁であったからだ。
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 文字文化とその陶酔効果によって部族の民を脱部族化することができる。これが精神療医J.C.キャロザーズの『アフリカ人の精神―正気と狂気』(WHO、ジュネーブ、一九五三年)の主題である。
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【Book】McLuhan, Marshall. 1964. Understanding Media: The Extensions of Man. New York: McGraw-Hill Book Company.

Sunday, April 30, 2006

【Book】アフリカ報道 Reports on Africa

【本】鈴木正行.2005.『日本の新聞におけるアフリカ報道: マクブライド委員会報告の今日的検証―外国通信社への記事依存度の変遷を視座にして―』.学文社.

ここのところ、「誤解される日本」を強調した記事や本を中心に紹介しました。
けれど、忘れてはいけないのは、日本は純粋な被害者ではなく、加害者でもあるということです。経済的な優位を盾に、途上国について「学ぶ必要性を感じない」日本のメディア。それは大変傲慢な姿です。一方で欧米のメディアを非難しているからこそ、より一層グロテスクなこの国の姿です。

先日ご紹介した倉田さんの記事に、日本人は英国の首相を知らなければならないけど、英国人は日本人の首相を知る必要性を感じていないという下りがありましたね。もちろんその例は多少古い。今は日本の首相を知っている人は80年代よりずっと増えたでしょう。けれど今、現在、日本の私たちは東南アジアやアフリカ、ラテンアメリカの国々の政治リーダの名前を言えない。日本人は自国の首相の名前を知らないと憤慨する一方で、貧しい国には同じ無関心と無視を押し通しているようです。

痛みを知らない人が他人の痛みを思いやるのは難しいかもしれない。
けれど私たちは痛みを知っているのだから、もっと違った対応ができる筈ではないのかと思うのです。

以下、引用。
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 世界を飛び交う情報の多くは,こと発展途上国について言えば,必ずしも正確なものではない。(中略)国を越えてゆく彼らの情報に対して,自らの言葉で語れていないということの現実。そうであるからこそ,つまり自らの言葉で正確に発信したいという願いが生じ,そこからこの”New Information Order=新情報秩序”という概念は生起した。
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 極東の日本にあってアフリカは今後も遠い大陸だろう。しかしだからといって無関心であっていい筈はない。マス・メディアのグローバル化,及び情報技術(IT)の発達によって,”地球”は十数年前に比べれば,はるかに狭く,そしてどの地域も遠い存在ではなくなってきている。メディア(情報)だけでなく,人の心もそれに伴って理解し合えるようにならなくてはならない。そのためにも多くの,そして正確な情報を,と願う。人々が関心を持つことによって,その正確さはより増すことになるだろう。
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【Book】SUZUKI, Masayuki. 2005. Reports on Africa by Japanese Newspapers: Contemporal Study on MacBride Report -From a view point of dependency shift on materials from foreign news agency. Tokyo: Gakubunsha.

【Film】エドワード・サイード Out of Place

【映画】佐藤真.2006. 『エドワード・サイード OUT OF PLACE』.SIGLO.

出来立てほやほやのドキュメンタリー映画。

昨日完成記念上映会に行っていました。
素晴らしい作品だと思いました。

上映会の会場だった九段会館は800人ほど入る劇場でした。
14:30会場ということでしたが良い席で見たかったので14:10に着きました。そうしたらもう皆さんどんどん入場してました。しかも一階席の1/3位は関係者席。なので一階席はほとんど埋まっていました。にもかかわらず外には当日券を求める人のビックリな長さの列が。みるみる間に二階席・三階席も埋まっていき、最終的に立ち見もかなり大勢出ていました。凄い・・・やはりサイードの死を悼む人々が世界中に沢山居るのだなと思わされました。

かなり前しかも中央の空席を一つ奇跡的に見つけることができました。
身を沈めて2時間17分に及ぶ作品を堪能しました。
サイードは、日本で言うところの白洲次郎みたいな感じだったのかなーと思いました。
共通点として、①大富豪のボンボン、②中等教育から英語圏で英語が堪能、③本国が英語圏の国と交渉する際に度々助力を請われた・・・などなど。
ただ、やはり「オリエンタリズム」をはじめとした著作を著したことで、
サイードは白洲と一線を画すように思います。

映画には沢山のパレスチナ人やユダヤ人が登場します。
いわゆる知識階層だけでなく、普通の街路の人々もカメラに話します。
その部分が一番面白かったです。
タバコ屋をやってるお爺さんやパレスチナ難民キャンプのお爺さんなど、
特にお爺ちゃん達の大爆笑な「いいキャラ」っぷりがこの映画にパワーを与えていると思いました。

観ながら泣くわ笑うわ大変でした。
私は日本の観客は声を立てない、と思っていたので、タバコ屋のおじいさんが
「何処に住んでると思ってる!?」と叫んだ時に皆が一斉に笑ったのは意外でした。
でもすごく楽しかった。他にも笑いを誘うシーン満載で、話題の深刻さにもかかわらず、重苦しい作品にならないで済んでいました。

その後のサイード夫人や大江健三郎さんのスピーチも素晴らしくて、
「もっと、もっと」って気分でした。
プログラムが終了して外に出たらなんと20:30!
いやはや、6時間も会場に居たことになります。
でも有意義な時間でした。もう一度観たい!!です。(^v^)

5月16日から渋谷のアテネ・フランセでロードショーが始まります。
もしお時間が許すようならおススメ致します。

サイードを全くご存じない方でも楽しめると思いますが、
少しでも予習していくとより楽しめる作品だと思います。
普段本をあまり読まれない方には、サイードの著作では、みすず書房から出版されている
『戦争とプロパガンダ』というオムニバス(?)シリーズがとっつき易いと思います。

【Film】Sato, Makoto. 2006. Edward Said OUT OF PLACE. SIGLO

【DVD】大量偽装兵器 Weapon of Mass Deception


【DVD】シェクター,ダニー.『大量偽装兵器』.シネマリブレ.

2004年のデンバー映画祭とオースチン映画祭の最優秀ドキュメンタリ賞を受賞した作品。

何故、そして如何にイラク戦争の報道が偏向し、事実に背を向けたかというドキュメンタリー。

国内メディアでは放映されることのない映像の数々。

例えば、報道陣が沢山泊まるホテルがFriendly Fireされる(味方の筈の軍から爆撃されること)シーン、血まみれの同僚を助けるべく奔走するジャーナリスト達。何故、米軍は報道陣の定宿を爆破するのか?呆然とするジャーナリスト達の表情。恐ろしい可能性を認めるのに苦しんでいるように見える。

内容はつくづく恐ろしい。我々は、命の危機に晒されるジャーナリストに軍に逆らう報道を行うことを要求できるのだろうか。「何故真実を報道しない」と、安全地帯の居間で彼らを非難するのは容易だけれど、私たちは彼らを守るために何かできているだろうか・・・。

映像の中には、「助けて」と泣き叫びながらしかしハンディカムを手放さない日本人女性ジャーナリストや日本語で「何かしろよ!撮ってないで!」と怒鳴る報道者の姿もある。何故我々はこれを国内のメディアで見なかった??何故海外で細々と販売されるDVDで見ることはできても国内メディアで見ることはできないのか?日本のジャーナリスト達の命が脅かされている。これは大切なこと、私たちが知っておく必要のあることではないだろうか。特にNHK。NHKに税金が使われたり視聴料がかかるのは、我々市民の「知る権利」を保障するためではなかったのか。そして私たちはどうしたら真実を伝える特派員の安全を確保できるのだろうか。

国境なき報道陣(Reporters without borders)」によれば、イラク戦開戦以来の3年間にイラクで命を落としたジャーナリストは88人です。

映画WMDのオフィシャルサイトはこちら

【DVD】Schechter, Danny. 2005. Weapons of Mass Deception. Cinema Libre.


Friday, April 28, 2006

【Repost】生真面目という阿呆 Stupidly Serious and Lovely

将来的にGREEの日記も外部ブログ設定に変更することを検討しています。
なので、これまであちらに書いた中から、
データ消去されてしまうと個人的にちょっと残念と思うものを,
今後チョコチョコこちらに再掲載していきたいと思います。
全部終了したところで外部ブログ設定に切り替えます。

【再掲載】masako. 2005. 「生真面目という阿呆」.『GREEの日記』. 10月29日.

今日は一年生大会の審査員をするべく早起きして某女子大に向かっています。
昨晩わざわざ集合時間・場所の電話確認まで頂戴して驚きました。親切丁寧な主催者です。

一年生用の大会なので例年言語の壁に四苦八苦している選手が多く、内容的にも技術的にも手に汗握るとはいきません。こういう大会の審査は普段お世話になってるコミュニティへの年に数回の恩返し的な位置付けになります。なのでこういう日ばかりは笑顔で臨みたいわけですが・・・ねむいです。6:30にお家を出たのに遅刻すれすれ。なんとかならんものだろうか、アクセスの悪さ。しかも土曜とは思えない混雑ぶり。皆さん新聞に赤ペンで何やら書いてらっしゃいます。そうか、今日は競馬があるのね。うう・・・このままでは半魚人みたいな顔で一年生を恐がらせてしまいます。カフェインをどこかで調達せねば。

ちなみに今日の読み物はArthur SchopenhauerのThe Art Of Controversyです。かなり面白いです。しかしよくもまあこんな細かく厳密生真面目に考えるもんです。途中で阿呆くさくなんなかったのでしょうか・・・私はとても好みですが、こういう人も話も。問題はラテン語の部分が多いこと。単語やフレーズではなくパラグラフ単位でラテン語ではお手上げです。専攻のことを考えたら今更な気もしますがこれはさすがに羅和か羅英を買うべきかもしれません。帰りに探してみようかな。

【Repost】masako. October 25th 2005. Stupidly Serious and Lovely. blog on GREE

【Article】知識赤字 Info Deficit

【雑誌記事】倉田保雄.1983.「「東洋の神秘」を増幅する慢性的対日”知識赤字”」.『朝日ジャーナル』.25巻28号.49-51頁.

池田勇人と春日野親方の話やBONBOKO ONOには大爆笑。
あはははははははは。
いやもう・・・ホント、倉田保雄さん苦労してるなぁ・・・
あはははは。いや、笑い事じゃありませんが・・・

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 私はロンドンとパリで通産約一〇年にわたる特派員生活を送ったが、その間に痛感したことは日本人の対英、対仏認識に比べて、英国人、フランス人の対日認識がケタ違いに低い、つまり日欧間の慢性的な大幅”知識赤字”の存在である。私に限らず、海外駐在の経験をしている日本人は、そうした知識赤字のひどさにおどろくよりはむしろあきれ、かつ嘆くわけだが、赤字の原因そのものは一目瞭然であり、それだけにまたガックリくるわけだ。
 では、その原因は何か。答えは簡単明瞭で、彼らは日本について知る必要がないからである。われわれ日本について知る必要がないからである。われわれ日本人は欧米の歴史、政治、文化、風物についてかなりの水準の基礎知識を持っているが、これがないと高等教育も受けられないし、安定した就職もできないからである。だが、逆もまた真ではなく、欧米人は、日本にかかわりのある特殊な職業にたずさわるのでなければ、日本についての知識などは問題にならない。日本で英国の首相の名前を知らないと、有名校や大企業に入れないのは当たり前だが、英国で日本の首相の名前を知らないでも、どうということはない。
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 一九六五年、池田勇人首相が死去した。翌日の『タイムズ』(六五年八月一四日付)の死亡欄に写真入りで大きな記事が載った。そこまではよかったのだが、その写真をよく見ると、それは池田首相ではなく、なんと春日野親方だった!その前年、横綱栃錦として放英した際にとった写真が、タイムズのアルファベット順のIとKの合同ファイルの中に入っていた中から、IKEDAより恰幅のよいKASUGANOが【選ばれた】というのがことの次第のようだが、いずれにしても、訂正などは行われていない。
 この場合ももし、日本の大新聞がチャーチルの写真をオーソン・ウエルズと間違えて死亡欄に出していたら、どんなことになっていただろうか。その一年前に死去した大野伴睦氏の『タイムズ』死亡記事にはなんと、ボンボコ・オーノ(BONBOKO・ONO)という見出しがついていた。
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【Article】KURATA, Yasuo. 1983. Chronic "Info Deficit" with Japan exaggerating "Oriental Mystery". Asahi Journal. Vol.25, No.28. pp.49-51

【Book】最終弁論 Ladies and gentlemen of the jury

【本】リーフ,マイケル.S.・コールドウェル,H.ミッチェル・バイセル,ベン.藤沢邦子訳.2002.『最終弁論』.朝日新聞社.

事件の名前は知っていても内容をよく知らなかった有名事件について,勉強になりました。スピーチも面白く読みました。

ただ,弁護士や検事の役割,ということについては考えさせられました。例えば,チャールズ・マンソンを訴追したヴィンセント・ビューグリオシー・ジュニアの紹介には以下のような一節があります。

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 検事としての経験わずか五年でビューグリオシーは、カリフォルニア州対チャールズ・マンソン事件の主任検察官となった。公判前に、ある被告人の弁護人は、ロサンジェルス・タイムズ紙にこう語った。「マンソンも他の被告人も有罪になりっこない、検察側には指紋が二つとヴィンス・ビューグリオシーしかないんだから」
 マンソンは殺人現場へは行かなかったにもかかわらず、ビューグリオシーは有罪を勝ち取り、この裁判のおかげで、彼はアメリカでもっとも有名な法律家の一人となった。
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 彼は八年間の検事としての経歴において、百六件の重罪陪審裁判で百五件に勝利した。うち二十一件の殺人事件では、無罪となった被告人はいない。(中略)
 ビューグリオシーは法廷での活動を続けて、被告人側に立った三件の殺人事件で勝訴し、殺人事件無敗記録を二十四連勝に伸ばした。(中略)
 ビューグリオシーは、潔白だと信じられない依頼人の弁護は引き受けないと言っている。
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これってどういうことでしょう・・・?
この元検事である弁護士は米法曹界での尊敬を集めたともあります。
でも私には「潔白だと信じられない依頼人の弁護は引き受けない」という一文がひっかかるのです。

10人中9人が有罪だと思うような事件でも、無罪である可能性を死力を尽くして探してこそ弁護士では?というかそういう弁護士さんがいてくれないと困るでしょう。検察側は、被告人が誰であろうとどんな事件であろうと有罪証明をするべく力を尽くしているわけで、もう片側に同じような人がいてくれなければフェアなディベートになりません。ただでさえ捜査のための特権もリソースも検察に偏っているのです。皆に有罪だと決め付けられてしまったからという理由でまともな弁護を受けられずに裁判をしたら冤罪が起こるかもしれない。それでは「疑わしきは罰せ」ではないか?1000人の犯罪者を見逃しても1人の冤罪を防ぐ、というのが近代裁判の精神ではなかったのか。刑事裁判の弁護士が「クライアントのえり好み」をしていて良いのだろうか・・・。そういう弁護士が尊敬を集めるというのは如何なものでしょうか...?負けると思っていても仕事中は「全力で潔白を信じたフリ」をしてくれる弁護士が本来の理想的な弁護士ではないのでしょうか。

以下、ビューグリーオシーのスピーチ部分から引用。
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 この「裏道」という言葉は、イラン生まれの外国人であるハタミにとっては、単なる「小道」だったかもしれません。しかしチャールズ・マンソンにとっては、裏道は、ゴミ箱がならぶ、ネズミと猫と犬の住みかを意味しました。マンソンがハタミから、裏道を行けと言われたとき、あまり愉快に感じなかったと思われます。テート邸がマンソンにとって象徴的意味を持つもの、特に体制側の拒絶を示すものになったことは想像に難くありません。
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【Book】Lief, Michale S., Caldwell, H.Mitchell and Bycel, Ben. 1998. Ladies and gentlemen of the jury: Greatest closing arguments in modern law.

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After only five years a a procecutor, Bugliosi became the lead attorney in the state of California's case against Charls Manson. Before that trial began, an attorney representing one of the defendants told the Los Angeles Times, "There's no case against Manson and the other defendants. All the prosecution has are two fingerprints and Vince Bugliosi."
Although Manson was not at the murder scene, Bugliosi won convictions and the trial made Bugliosi one of the most famous lawyers in America.
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Now, the back alley may be an alley to Hatami, a foreigner from Iran, but to Charles Manson, a back alley is a place where they have garbage cans, it is the habbitat of rats and cats and dogs. So I am sure he wasn't too happy when Hatami says to take the back alley. One doesn't have to stretch the imagination to realize that the Tate residence was symbolic to Charles Manson, and particularly the establishment's rejection of him.
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【Article】ニュース報道の流れ Flow of News Reports

【論文】伊藤陽一.1990.「国際間のニュース報道の流れの規定要因(国際化の中の放送<特集>)」.『放送学研究』.Vol.40.pp. 69-94

伊藤教授の文献は,受信・発信のどちらについて言及しているかによって,論戦のどちらの陣営と見るか難しいものです。が,以下が基本的なスタンスを比較的明快に示しているように思います。

受信の話は特に論争の種となるような部分は見当たりません。
発信の部分がちょっとトリッキーではあります。

発信に関して,この方は,紙面に載る記事の数(量)について,日本と欧州諸国は対等の関係であり,東南アジア諸国とは逆に入少出多,と書いています。これは私自身の経験的な直感とよく合います。ただ,これはあくまでも量に焦点を合わせたものなので,質の面(誤解を招く記事やエキゾチックな面を誇張した記事など)も含めて同じことが言えるかは疑問だと思います。

よく,国際通信社論の人たちと真っ向対立した意見であるかのように書かれますが,誤解ではないでしょうか。伊藤教授は量について話していて,国際通信社論の人たちの不満は「主に」質にある。視点が違うので空中戦だと思います。

以下,引用。
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 メディア帝国主義(media imperialism)とは,ある国のメディア産業が外国の政府や資本によって実質的に支配され,国民に伝えるマス・コミュニケーションの内容が外国政府や外国企業の干渉を受ける状態を指している。(中略)...古典的なメディア帝国主義は,現在では独立国においてほとんどみられないと言ってよいだろう。
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Schiller(1976:9頁)によれば,文化帝国主義とは「ある社会が現代の世界システムの中に組み込まれ,その世界システムの中で中心的位置を占めている勢力の持つ価値を受け入れたり,それを強化する過程全体」を指している。シラー(Schiller)は多くの著書と論文の中で無数の実例をあげているが,それらをすべてまとめて一言でいえば,商業主義,資本主義的価値観や世界観,その他欧米(特に米国)支配層の言語,宗教,政治制度,政治的信条を含む文化を第三世界において広めることに貢献するあらゆる活動が「文化帝国主義的」になってしまうようである。
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 第三世界に進出した先進国の多国籍企業が現地のテレビの報道番組やドキュメンタリー番組のスポンサーになったり,現地の新聞の大広告主になったりすることがある。このような活動によって,現地のニュース報道に先進国寄りのバイアスがかかるということは考えられる。前述のように,現在の第三世界においてはもはや,新聞や放送局が外国政府や外国資本の直接的支配を受けているという例はほとんどみられないが,このようなルートを通じて間接的に影響力が及ぶということはあり得る。
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 日本の共同がその企業規模や財政力にもかかわらず,英米仏の国際通信社と競争することができない最大の理由は言語である。共同が海外市場においてニュースを売るためには,そのニュースは英語やフランス語に翻訳されなければならない。このことは配信に余計なコストと時間がかかることを意味している。通信社業において時間的遅れは致命的である。日本語で書かれたニュースは国際市場では通用しないという事実が,共同を国際通信社にする上での最大の生涯となっている。
 ここでは日本語の例をあげたが,英語,フランス語以外のほとんど全ての言語は同様なハンディキャップを持っている。これを「文化帝国主義」と呼ぶことが適切であるかどうかについては,前節のマス・メディア・インフラストラクチャーの強弱の場合と同様,議論の余地があるが,ある言語は世界的に広く通用するのに他の言語は通用しないという「不公平」が,国際間の情報の流れの不均衡の一因になっていることは確かなようである。
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【Article】Ito, Yoichi.1990.Factors that decide international flow of news reports.Broadcasting Studies.Vol.40.pp. 69-94

【Article】国際報道に欠けているもの What international reports lack

【雑誌記事】倉田保雄.1982.「新聞の国際報道に欠けているもの」.『諸君』.第14巻7号.96-105頁.

この人の文章は分かりやすい!
昨日(?)ご紹介した『ニュースの商人』のあとがきは発信力に焦点がありましたが、
こちらは受信力にも疑問を投げかけるものです。
私も、「日本は耳は長いが口は小さい兎」と言われても、
そもそも耳が長いかも疑わしいだろ、とは思います(笑)
個々人では努力している人も沢山いると思いますけれども。

以下、引用。
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 しかし、こうしたマスコミの国際報道はたしかに”目まぐるしい展開をみせる国際情勢を刻々とらえて報道している”には違いないが、報道の焦点がA点(例えばポーランド紛争)からB点(中米紛争)に移った場合、A点関係のニュースは急激に新聞の紙面、テレビの画面から消えてしまい、しばらくの間は明けても暮れてもB点関係のニュースのオン・パレードと云うことになる。

 具体的な例で云えば、昨年十二月からことしの二月にかけて、日本のマスコミの国際報道はポーランド一色で、中東紛争などはもう収まってしまったかのように文字通りの”沙汰止み”で、読者はポーランド以外では『何も起こっていない』という錯覚にとらわれかねない。
 そして、ポーランドにおける軍政が長期化の兆しを見せ、”連帯”のニュース性が落ち込み、全般的に報道が内容的にマンネリ化すると、ニュースの焦点はエルサルバドルの三月総選挙をめぐる反政府ゲリラの活動を軸とした中米紛争に移り、読者、視聴者は好むと好まざるにかかわらず、”リングサイド観戦”を余儀なくされ、自動的にポーランド離れをすることになるのだ。その間に、ポーランドでは派手な紛争などは起こらないにしても、グレンブ大司教による調停工作などポーランド情勢全般は活動を続けているわけだが、三月末ごろまでに日本人の大多数は、ポーランドについては忘れがちで、中米紛争に気をとられてしまっていたのである。
 中米紛争にかんする予備知識もなく、日本と直接関係のない紛争をいきなりリングサイドで見せられても、おもしろくもあるまいと思うのだが、”消費者”には選ぶ権利があるようでいて実はないのは現代消費社会の”見えざるパラドックス”であり、ニュース消費も決してその例外ではない。
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 ニュース・マガジンとは、アメリカのタイム、ニューズ・ウィーク、フランスのレクスプレス、ヌーベル・オプセルヴァトゥール、ル・ポワン、西ドイツのデア・シュピーゲル、英国のエコノミストといった国際ニュースの週刊誌のことである。なお、英国の場合は、週刊誌ではないが、サンデー・タイムズ、オブザーバーといった日曜新聞がエコノミストとならんでニュース・マガジンの役割を演じている。
 これらの週刊誌を定期的に読んでいれば、一般紙の読者でも、”バミューダ症候群”に影響されることなく、フォークランド紛争進行中でも、中東、中米、そしてポーランド情勢に毎週”接する”ことができる。もちろん、高級紙の読者の場合のように毎日、なんらかの形で、世界のトラブルスポットの脈をとってみることができると云うわけには行かないが、私はニュース・マガジンによる国際情勢のレギュラー・インプットの効果はバカにならないと思う。
 日本には週刊誌という名のつく雑誌は掃いて捨てるほどあるが、残念ながら国際報道なみの厚い読者層を持つニュース・マガジンはない。
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【Article】Kurata, Yasuo. 1982. What international reports by newspaper lack. Shokun. Vol.14, No.7. pp.96-105

Thursday, April 27, 2006

【Article】第三世界と国際通信社 The Third World & International News Agencies

【雑誌記事】堀川敏雄.1979. 「第三世界と国際通信社」.『新聞研究』.331巻.46-50頁.

問題なのは通信社(問屋)じゃなくて新聞(小売店)という視点は、なるほどなぁー・・・と感心させられました。最近問題になるテレビ局の極度な政治偏向も小売店の問題と言われればそうかもなぁーと。 FoxTVにしても、フジサンケイグループにしても、ニュースの小売業者であって問屋ではないかもしれないですね・・・少なくとも国際ニュースに関しては。

以下、引用。
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 先進国、途上国を問わず、途上国ニュースないし”建設的開発ニュース”が少ないのは、国際通信社の陰謀のせいではなく、新聞がのせないからである。
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 情報不均衡の元凶みたいにいわれる国際通信社への批判には、誤解が多い。第一、もうからない。
 UPIは株式会社であるが二十年いj表配当をしていない。ほとんど毎年大赤字である。APは共同と同様非営利の社団法人であるが赤字を出すこともある。ロイターのニュース部門は赤字で、経済通信が収入源である。新聞発行部数千二百万のフランスに、国際通信社AFPがあるのは、形式はともかく政府の補助金があるからなのである。
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 むしろ国際通信社や準国際通信社が途上国の必要によりよく対応して、現在以上に重用される可能が強いだろう。
 このことは”新国際情報秩序”派をいら立たせ、悪者は例により”西側の文化帝国主義”ということになろう。”大学紛争”は当分ますます観念的にエスカレートしそうである。
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【Article】Horikawa, Toshio. 1979. The Third World and International News Agencies. Newspaper Research. vol.331. pp.46-50




【Article】21世紀のアカデミック・ディベート Academic Debate Toward Next Millennium

【雑誌記事】並木周.1997.「21世紀に向けアカデミック・ディベートはどうあるべきか」.『ディベート・フォーラム』.全日本英語討論協会出版会.p20

リベラル・アーツがリベラルな理由は、「奴隷ではない」という意味の自由人を由来とするのが一般的なようです。なので、「精神的な自由」よりも「物理的な理由」が先にたった感じがします。(同じことかも知れませんが。物理的に不自由だけども精神的には自由な状態って想像しにくいので)

それでも。

この言葉が胸に響くのは・・・・・・何故でしょうね・・・・・・。
それは多分、美術について学んだ者は、セザンヌの見方が「知識に縛られる」のではなく「より感動する自由を持つ」という話にどこか惹かれるからじゃないでしょうか。ヘーゲルが人間が弁証法を通じて最終ゴールである完全な自由に近づいていく、と考えたのを思い出す。それが本当か分からないなら、信じてみたい夢だと思う。「優しくなるために、自由になるために学ぶんだ」と。無知と戦うことは、天国への道程だと。

以下、引用。
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 ディベートの目的は、今でも「アーギュメンテーションの教育」と認識されているであろう。アーギュメンテーションとは,「議論をする過程」という意味である。従って,論理と修辞(レトリック)の両面を持っている。論理とは,自然のあり方を記述する方法論ないし構造そのものである。たとえば,自然法則は全て論理に従うし,論理は自然法則と同じくらい客観的である。つまり,論理は自然の有り様である。人の考えも,論理で記述しない限り他人に伝えることは不可能である。なぜなら,他人は自己から見れば自然現象だからだ。一方、論理で記述されたことを乗せる「もの」が言葉・すなわちレトリックである。多彩な表現や抑揚を加えることでより効率的に他人へ考えを伝えることが出来る。これもレトリックの重要な要素だ。
 このように,アーギュメンテーションには他人を理解するという過程が含まれる。他人を理解することができなければ議論になり得ないからである。また,他人を説得するには,自分の考えを正確に理解される必要がある。他人の考えをある方法論に従って理解する過程を学ぶ学問を総じて教養学という。日本語ではピンと来ないかも知れないが,アメリカではこれをLiberal Artsという。何故「自由」かというと,ある物事を理解する方法論を身につけた人は,そうでない人より精神的に自由であると言えるからだ。この自由を,「想像力」ともいう。例えば,セザンヌの絵画を見てみよう。色彩の使い方が如何に画期的であるか,その構図の取り方が如何に絵画そのものの概念を覆したかということは,絵画の歴史・手法を知っていれば,純粋に感動できる。知らなければ,セザンヌの絵を楽しむ「自由」がその分少ない。絵画という方法論を通じて,時空を越え,セザンヌの考え・思想を垣間みることができる。ディベートにも,アーギュメンテーションという方法論を通じて他人の考え・思想をよりよく理解する「自由」がある。アーギュメンテーションは人間の社会活動の中で最も重要な役割を担っているので,アカデミック・ディベートは極めて重要な教養学である。考えを論理的にまとめ言語にて伝える過程は,全ての人類の活動に共通した「要素」であるから,むしろそれは「教養学の教養学」と言う方が適切である。


【Article】NAMIKI, Shu. 1997. Academic Debate toward Next Millennium. Debate Forum. Volume XII Number 4. Tokyo: NAFA Press p20

【Book】言葉ある風景 Scenery with language

【本】小椋佳.2004.『言葉ある風景』.東京:祥伝社.

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イラク戦争が始まる前の二月十五日には、世界中でいっせいの反戦運動が起こりました。世界の六十カ国で運動は起こり、一千万人が参加したそうで、ベトナム反戦運動を上回る規模だったそうです。(中略)イギリスから発信された言葉で、反戦運動のきっかけになった言葉があります。
「国民という名で戦争はできない」
Eメールに書かれたメッセージの中の一文だそうです。
「イギリスという国家が戦争すると言っても、私個人というのは、だからといって戦争をするわけではない」このメッセージが、数日間の間に世界を駆け巡り反戦運動に繋がっていった。このことを知ったときに、すごい時代になっているんだなって思いました。一市民のひと言が世界的な運動を惹起したのですから。まさに、インターネットの力は大きいなと感じますね。

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【Book】OGURA, Kei.2004.Scenery with language.Tokyo: Shodensya.

【Book】ワード・ポリティクス Word Politics

【本】田中明彦.2000.『ワード・ポリティクス』.東京:筑摩書房.

高瀬淳一の『武器としての<言葉政治>』が国内の政治に焦点があるとすれば、こちらは外交について。特に極東外交について言及している。

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 通例、軍事力も経済力も言葉を伴って使われ、その言葉によって意味が与えられる。いわゆるアメとムチの区別は、言葉によって与えられる。「私の要求にしたがいなさい。さもないと攻撃しますよ」という言葉を伴って、軍事力は、多くの場合意味をもつ。また「私の要求にしたがってくれれば、これだけの代価を支払いますよ」という言葉を伴って、経済力は多くの場合意味をもつ。その意味でいえば、すべてのポリティクスは、ワード・ポリティクスである。(中略)
 しかし、それにもかかわらず、本書で指摘したいのは、現在の世界システムにおいて、特に東アジアの国際政治において、そしてとりわけ日本の外交政策を考える時は、パワー・ポリティクスやマネー・ポリティクスとならんで、ワード・ポリティクスが重要になっている、ということなのである。しかも、そこでのワード・ポリティクスは、かならずしも、単純な脅迫や交換の言明に直結しないシンボル操作を含むものである。よくよく考えてみれば、相手に影響を与えようとして使う言葉やシンボルは、必ずしも脅迫と報酬というコミュニケーションにのみ還元されるわけではない。
 コミュニケーションには、単にこちらの意向を伝えるだけでなく、そもそも相手の思考内容自体に影響を与えようとする機能も大きい。何が好きか嫌いか、何が正義で何が悪か、何が重要で何が重要でないか。これらの問題について、さまざまな言葉を使うことで、相手の見方を変えることは十分ありうる。さらにまた、自らが何者であるか、何のために存在しているのか。これらの根源的なものの見方についても言葉は影響を与え得る。そしてもし、このような側面に影響を与えることができれば、相手に影響を与えるのに軍事力や経済力はそれほど必要なくなるだろう。こちらの思うとおりのことをすることが、相手にとっても正しいことである(あるいは得になることである)と認識してもらえば、特にそのために脅迫をする必要もないし、報酬を与える必要もないからである。(中略)最近になってより鮮明になりつつあるが、1990年代後半、日本を取り囲む外交は、ますます会議外交・首脳外交を中心としたものになっている。これ自体、グローバリゼーションの進展する世界システムの動向、つまり『新しい「中世」』で論じたさまざまな動向が生み出した現象であるが、これを一国の外交ということでみると何がいえるのだろうか。この二つの論文で、私は初めて明示的に「ワード・ポリティクス」(言力政治)という言葉を使って、当面する課題を提示したつもりであった。説明的にいえば、現代の会議外交・首脳外交においては、ますますシンボル操作能力が重要になる。着想力、表現力、発言力、説得力、演出力、すべてを引っくるめた言葉の力、「言力」とでもいいうるパワーが重要になってきていると論じた。そして、残念ながら日本外交に最も欠けているのが、この力なのではないかと指摘したつもりである。

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【Book】TANAKA, Akihiko.2000.Word Politics.Tokyo: Chikumashobo.

When the " as weapn" by Takase Junichi is focusing on the domestic politics, this one is about diplomacy, especially about diplomatic policies in Far East.