Wednesday, November 04, 2009

Feminology (10. The Sissy One) フェミノロジー(第十話:女々しい女)

昨日、JDA秋季日本語大会に参加させて頂きました。本当に楽しい大会でした。久々の選手としての参加は血が沸き立つ気持ちでしたし、選手としての感覚が戻ってくる感じにしみじみしました。決勝戦に進出できたのは本当に幸運なことで、チームメイトのAさんのお力以外の何物でもなかったと思います。プレパが鈍い私なのに辛抱強く練習試合を設定していただきました。参宮橋にしょっちゅう練習に通うのもとっても楽しかった。練習会の場所の手配からスケジュール調整、対戦の設定まで何から何までAさんにおんぶに抱っこになってしまいました。申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいです。本当にA氏の懐の大きさにただただ驚きと感謝の念を抱くものです。

同時に、大会に参加していて、二つ、残念に思ったことがあります。
一つは自身のパフォーマンスについてで、これはもう反省しきり。いやもう、猛省中ですが、きちんと整理して、かつもっと気合いを入れて、別の投稿で書かせていただきたいと思います。

とりあえず今日は、まず一つ目。
フェミノロジー関連を一つ、書かせて頂きたいと思います。

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そのことを書く前に、今年ももうすぐやってくる大学生の世界大会について触れたいと思います。

世界大会で差別撤廃担当の役員をしていた時、私は数多くのアジア人及びアフリカ人の参加者に同様の陳情を繰り返し受けました。「白人ばかりにジャッジされるのが辛い」というのです。

誤解のないように書いておきたいのですが、白人ジャッジは人種差別者だというのではありません。確かに幾つかの陳情は特定の白人ジャッジが差別的発言をした、というものでした。多くは不幸な誤解や不注意から生まれた過失だと思われました。本当に差別的だと疑われる人の数は恐らく非常に少ない。

それでも、毎試合毎試合居並ぶ白人ジャッジ達に唯一の有色人種の選手として評価されなければならないことからくる苦痛は切々と語られるのでした。

何故か。

それはジャッジの構成が「あまりにも過度に」偏っているからだと思います。

全体のプールに占める人数の割合も非常に偏っていますが、チェアやパネルはもっと偏っています。決勝進出ジャッジともなれば圧倒的な人数比なのです。(2006年に、とある人が私のことをEFLでブレイクした初めてのジャッジと呼びました。確かに言語的バックグラウンドについては人種間よりも尚極端な比率です。)

これはどんなコミュニティにも当てはまることだと思うのですが、

圧倒的に少数の立場に立たされるのは居心地の悪いものだし不利なことです。

「ジャッジ自身は無意識かもしれないが、自分が有色人種だから不当に低く評価されているのではないか」という疑念を払うことはとても難しい。それが様々な形でプレッシャーにもなるし、プレッシャーが大きくなること自体も競争の中では不利なのです。スポーツの試合のアウェー感、それが主観的評価を伴うディベートという競技では更に大きくなる。

ジャッジとはrational animal(合理的存在)ではなくrationalizing animal(合理化する存在)だと言った人がいます。全くその通りだと思います。仮に厳密には有色人種のチームが勝つべき試合というのがあったとして、しかし逆の判定をしたとしても、判定理由など(ええ、本当に普段審査している者がこれを言うのは勇気が要りますが)、判定理由などいかようにも説明できるのです。これは誠実な審査員であればある程実感していると思います。究極的にフェアな聞き手になろうと努めに努めに努めても、それでもなお、自分の意識に上らないような感覚的なものが影響していないと断言することは、良心的なジャッジ程しないでしょう。そして自分の中の意識に上らないようなどこかに差別心が潜んでいないと断言すること、こちらは良心的な人間程しないでしょう。

「有色人種だからマイナス2点!」と意識的に差別を行う審査員がいるとは殆ど誰も思わないのです。しかし、提示された証拠の評価が無意識に低くなったり、スタイリスティックな表現力が無意識的に低く評価されたり、「無意識的に」されているのではないか、という恐れは、多くのマイノリティが感じるところなのです。(ここで言うマイノリティとは、単に人数的なことを言うのではありません。社会力学的な意味も含まれます。)

そしてまた、実際に不当に低く評価されている節も散見されるのです。有色人種やその文化圏に居住する観衆の圧倒的大多数が明らかに有色人種のチームが勝ったと判断したのに、白人が圧倒的大多数を占める審査員パネルは逆の白人チームに軍配を上げる、そうした例は枚挙に暇がありません(とはいっても「意外な判決」というのはどんな場合にも起こりえるもので人種のせいとは無論断定できないものですが、それでも観衆は「あれは人種のせいだったのではないか」という疑いを拭えないものです)。予選中ともなれば密室でどう行われたか知り得ようもないため更に露骨なのではないか、そう多くの参加者が不安に思うのも無理からぬことでしょう。

こんなこともあります。
2006年の世界大会では、ウィルス性髄膜炎の罹患者が発生して騒ぎになりました。ウィルス性というだけあって感染する病気だそうです。そのニュースが舞い込んできてしばらくして、罹患したのはアフリカからの参加者だという噂が実しやかに広まったのです。その後、感染の確率が低く、重症化する恐れも小さいと分かって話が沈静化した後、実はアフリカからの参加者ではなかったと伝え聞きました。

これは、「ウィルスを持ち込んだのはアフリカ系らしい」もしくは「アフリカ系なのではないか」といった憶測を根拠もなしに言い出した人間がどこかにいるということです。

アフリカからの参加者は、この噂をどんな思いで耳にしたことでしょう。

参加者の中で5%も満たない圧倒的少数派であるアフリカの参加者。
彼らはさぞや居心地の悪い思いでいるだろうと思うのです。

(だからこそボツワナの誘致委員達がBriefing Roomの待ち時間に陽気に歌を歌いだしたとき、それに熱烈な拍手を送り愛しく感じた人々もまた、少数とはいえいたのです。)

「差別はない」とは、やはり私の本音としては、とても思えないのです。

実に、圧倒的に少数の立場に立たされるのは居心地の悪いものだし不利なことです。

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JDA大会の話に戻りますが、NDT系(準備あり)ディベートのコミュニティにおいて、女性は圧倒的なマイノリティなのです。女性同士のチームは一つしかなかったのではないでしょうか。

しかし本当の意味で深刻なのは審査員プールです。即興系ディベートでもジャッジルームが男性ばかりだと不平を言う私ですが、NDT系はその比ではないのです。

昨日、私は7人の方(予選3+決勝4)に審査していただきました。全員男性でした。100%です。
おそらく、大会の審査員15名ほど全員が男性だったのではないでしょうか。

上の世界大会の例で述べたとおり、私は「男性ばかりだったから女である私の点数が低くなった」とか「男性ばかりだから女である私が負けた」とか言っているわけでは決してないのです。勝ち負けも点数も、本当に納得のいく良い大会だったのです。審査員の皆さんの誠実さと審査基準の質の高さは国内で指折りの大会だと思うのです。今回の大会の審査がどうだったとかそういうことでは本当に全くないのです。

が、しかし、本音で言えば、やはり男性に裁かれる立場に置かれ続けることは相当に苦痛なのです。

一般に、男性がディベートする女に対して強い反感を持っていることは骨身に染みている私です。
ジャッジとはいえ男性。そういう気持ちもどこかにあるのではないか。(現にその手の発言をする男性ディベート関係者いっぱいいますしねぇ。遠い目。今回ジャッジして下さった方々はそうではなかったですけど)

例えば、前にも書きましたけどNDT系の最も戦闘的なシーンはやはり質疑応答だと思うんです。静かに静かに獲物の周りに網をはり、かかったと思った瞬間に一気に引き上げる、そういう猟師技ぽい感じがあるんですよね。もしくは推理小説の探偵役。で、かかったと思った瞬間、引き上げる前、ここでがらりと態度を変えることが大切だと個人的には思うんです。それまで淡々とドライな質問を続け、質問される側も聴衆も「一体質問者の意図はどこにあるんだろう?良い質問が思いつかなくて時間稼ぎ?」と思った頃、突然かかった!とばかりの会心の笑み。そこからドラマチックに変わる質問者の態度があって初めて、聴衆にも今までの質問の意図と全貌が組み合わさったパズルのように画として見える。そのためには態度の変化というトリガーが不可欠なんです。そうしないとパズルのピースがピースのままに思われてしまう危険がある。

ちなみにここで質問される側も罠だったと気がつくわけですが、「罠だ!」と思った時には既に遅し、引き上げるのは大抵容易です。既にしてしまった返答は取り返せませんから。むしろ、罠だと気付きながら釣りあげられるしかない相手の姿を晒す、というのは演出的にも効果大と思われます(ここら辺は以前に「A Few Good Men」について書いた記事に書いてあるので興味があればご覧下さい)。ここで必要なのはズバリ刑事コロンボや名探偵ポアロ、はたまた名探偵コナン的な演技力。間抜けそうで本心の見えない無邪気そうなつまらない質問の数々、全ての証拠(ネタ)が揃ったところで劇的に仮面は剥がれ、一気に畳み込む攻撃性が牙を剥きます。聴衆は「昼行燈かと思いきや実はすっごい頭良いんだ!」「鷹のように有能」と感嘆する。その「ああ、そういうことか!なるほど!!」という強い印象によって、すぐ後に来るパートナーのスピーチが同様の議論を提出する時、既に聴衆は自チームの味方になっているというわけです。質疑応答の目的は、基本的にそこにあるのだと、私は個人的には思う。次のパートナーのスピーチが評価されるように行う泥臭い下準備。スターのために赤絨毯を敷く行為。

でね、女性がこれをやるとどう思われるんでしょう。無邪気で無害そうな質問の陰に潜む周到な罠、会心の笑み、そして一気に牙を剥いて狩った獲物を牙に刺したままサディスティックなまでに晒す、というこの一連の演技はね、やっぱり相当に攻撃的です。女性のディベータがじわじわと罠を張った挙句にやりと笑う図をね、男性のジャッジは、男性が同じことをやった場合と同じように評価できるのかしら。

ちょっと不安になるんですね。

ポアロはね、かなりの高確率で犯人の犯行を暴いた後に憎悪を込めて叫ばれます。「この小賢しい外国人が!」
自分より下だと思っていたマイノリティに罠にかけられ釣りあげられた時にマジョリティが感じる腹立ちは恐ろしいほど強烈です。
(私も一度カウンセルでやって身をもって経験しました)

それで思うんですけど、男性の聴衆は上のような狩りを女性選手がするのを、にやりと笑うのを目の前にして、反感を感じずに済むものでしょうか。

試合中、自分が磨いた狩りの能力を如何なく発揮したいという思いと共に、かえって心象を悪くして逆効果に不利になるのではないかという恐怖が、質疑応答中に交叉するんです。その迷いは、刃を鈍らせて手際の悪い狩りという結果をもたらすことも少なくない。歯切れの悪い質問やつい挿げ代えてしまった無難な質問に後悔することが幾度となくあります。

または、チームメイトとの接し方。昨日の大会で唯一負けた試合は決勝戦なわけですが、そこでは他の3試合とは大きく異なる点がありました。一瞬ではありますが、私が準備時間の主導権を握ったかに見えたかもしれないシーンがあったのです。というのは、練習試合や予選で一度も相手にしなかったデメリットが2NCで出てきたんです。私の担当は2AC。よって2ACのブリーフの準備をしたのは私。もし順当に1NCでそのデメリットが出てきたのなら、私が私の作ったブリーフを基に反論を急きょ組み立てれば良かったのです。しかし2NCで出てきたためにそれはチームメイトの仕事になってしまった。そこで、2ACのブリーフを把握している私から、「こういうカードを使いませんか、これはどうですか」と次々と提案を行うことになった。見ようによってはイニシアティブを取ってチームメイトである年上の男性のスピーチ内容を指定しているとも思われかねないことをしなければなりませんでした。

昨日の決勝で負けた理由は主審の説明通りの理由で完全に納得がいきます。本当に丁寧で誠実な講評を頂いたと思いました。大好きな尊敬するジャッジさんにコメントを頂いて感謝しているし、講評を聞けば心象は全然関係なかったとも本当によく分かるのです。第一対戦チームにも女性がいた。それなのに、それでも忸怩たる思いを実は抱くわけです。年上の男性にテキパキ指示する女って図的に嫌がられそうだよなぁ、年齢差がなくたって世話女房って言葉もあるくらいで、あれこれ男性を構う女性って悪いイメージがあるし、云々。

更には、私がサンクス・ワードで「Kさん、女性ディベーターの会、やりましょう」と公言したり、夫への感謝を述べたり(妻への感謝を述べた男性ディベータ、主催者は今まで結構目にしましたけど、夫にというのはひょっとすると史上初かも?)したことまで、ひょっとして反感を持たれるのではないか、と臆病になる。

昨日の大会で私が最も課題として大事にしたのは構成でした。現役のNDT系ディベータだった学生時代、私の大きな弱点の一つは構成力だった。こっちのフローからあっちのフローへとジャッジを迷子にさせることが本当に多かった「汚い」スピーチをする選手でした。で、今回は綺麗にスマートにまとめる、それが最も大きな目標でした。結果として、構成が苦手な私としてはかなり上々な出来だったと思います。まあ元が悪すぎるというのはありますけれど、その点に関しては満足だし、苦手を少し克服できたという嬉しさもあります。しかし点数を見てみると、構成に5点や6点を貰っている。ある試合では質疑応答の態度が悪いと3点を貰いました(10点満点です)。私は9点が貰えるほど自分が上手だとは思えない。8点も貰いすぎかもしれないと思う。過分な点数を頂いている試合もあるのです。しかし何度フローをみても、構成に5点がつく程失敗したとは本音を言えば思えない。

本来、過分に貰うことがあるなら過小な評価をうけることだってあって当然なわけです。だから、別に構成についた5点が不当だとは冷静に考えれば全然思わない。それでもね、先に「無意識に女のくせにと思われているのではないか」という不安が根底にあるから、つまらないこと一つ一つに過敏になる。疑い深く、臆病になります。

男性ばかりの審査員プールを擁する大会に選手として参加するというのは、本当に本当に気が重いものなのです。

昨日の大会では選手も女性は本当に少ないんです。自嘲的な笑みを浮かべて「今年は少し多いです」と言った女性もいましたが、3%が5%になったところで大して変わりません。50%とかじゃありません。5%。。。よりは多いのかもしれませんが、パッと見10%はいないわけです。

でも私はやっぱり、審査員が男性のみということ、そのことの方がより、深刻だと思うのです。

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実はこれとほぼ同じ気持ち、恐怖と辛さ、を私は別の切り口でも感じました。
それは、私が会場で数少ない、NDT系と即興系の両方をするディベータだというものです。

昨日決勝戦の後、「いやあ、やっぱりあれですか。masakoさんのあの2ARは、ただのポリシーディベートにはしないぞ、っていう、そういう意味ですか。」と声をかけに来て下さった方がいました。

これ、私的にはかなり傷つくというか辛い一言なのでした。

確かにあの2ARは私としてもチャレンジでした。無難にやった方が良かったかもしれない。本当に今にして思えばきっとそちらの方が良かったろうと思うのです。ただ、何回も書いている通り、私はコントロールの悪い剛速球投手みたいなもので、パワーはあるがノーコンなんです。出来に本当に斑がある。良い時はまあまあ良いが悪い時はからきしなのです。で、昨日の決勝はその「からきし」に当たってしまった、そういうことなんです。

2ARで私がやりたかったこと、というか暗に主張したかったこと、それは即興性のテイストを加えるということでは全くありませんでした。「ポリシーディベート」(私はNDT系のディベートを「ポリシーディベート」とは呼びません)に対するアンチテーゼを行いたい、そんなことは露ほども意識していなかった。それとは全く別のことだったのです。それについては次の投稿で上手く説明できたらと思います。しかし、私はあまりにマイノリティ(即興制という「ゲテモノ」食い)であるため、その点が思いのほか目立ってしまうようです。何かちょっと変わったアプローチに挑戦しようとすると、「ああ、即興制の人だから」と思われてしまう。しかしそもそも私のディベート歴は今でもNDT系の方が長いんです。

で、「即興制をやる異教徒/ゲテモノ食い」というレッテルが、不利に働いているのではないか、と思うと、とても臆病になるんですね。それが、私がチャレンジングなことはやめてひたすら無難に試合をこなした方が・・・と思う原因になる。これ、女性ができるだけ会議で目立つ発言を避ける心理とそっくりだと思うんです。はたまた、レッテルを払拭するべく過度にNDT系にオーソドックスな方向に針が振れてしまったりすることもある。これは、男社会な業界の男性が過度に豪快放埓に振舞おうとしがちなこととそっくりだと思う。

それが本当に息苦しい。息苦しいんです。

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どうしたらこうしたディベート界におけるマイノリティとしての辛さを克服できるのか。
それはまだ分かりません。
マジョリティになりきることが私にとっての答ではないこと、それが唯一分かっていることです。

とりあえず試しに、女性ディベータと女性ジャッジの養成とプロモーションに努めること、それから即興制の審査パラダイムに関する誤解を解く機会を地道に探していくこと、くらいでしょうか。(後者はなかなかないんですよねー・・・)

そしてできるなら、同じようにマイノリティな選手を、私自身は少しでもフェアに評価できるように、日々勉強したいと思います。頑張れ、自分!!

P.S. この投稿はコミュニティの人口構成に対する問題意識について書いたものであり、本当に本当に本当に、昨日の審査員のどなたかを批判するものでは全くありません。審査頂いた皆様に本当に有益なアドバイスを頂戴しましたし、審査内容は本当に納得のいくものでした。お忙しい中お時間を割いて大会の審査をして頂いたことを心から感謝していますし、是非またご指導頂きたいと心から願っています。どうかその点だけはご理解いただきたく存じます。今後もどうかよろしくお願い致します。

Monday, July 27, 2009

携帯壊しました

以前バスに轢かれ激しく調子が悪かったのをだましだまし使っていたのですが、遂に全く機能しなくなりました。電源は入るのですが液晶が全く見えないという事態に・・・仕方なくとうとう電話を買い換えました。ただ、そのため過去3日間位に頂戴した携帯メールは旧電話が受信してしまい永遠に読めない状態になってしまいました。過去3日間の間にmasakoにメールしたのに返事が来ないぞ、という方いらっしゃいましたら再送をよろしくお願い致します・・・。ごめんなさい。

Tuesday, January 13, 2009

練習会のお知らせ

WSDCチームの練習を助けようシリーズです。
(既に大学2年生並みには上手なのでご自分の練習としても問題ないと思います)

以下参加できる方大募集します。
学生・社会人問いません。よろしくお願い致します。

1月17日(土)大船(午後から)
1月25日(日)町田
1月31日(土)都心(午後から)
2月2日(月)都心
2月3日(火)都心

です。

こちらに書き込みをして下さるのでも、mixiやfacebookでメッセージ下さるのでもメールでもなんでも結構です。是非ご協力お願いします!!

masako

Friday, January 09, 2009

謹賀新年・緊急招集・明日練習

松の内はとっくに明けましたが、
それでもあけましておめでとうございます!!

えーーー、コレを読んでいるディベータの皆さんに急なお願いがあります。(新年早々すみません。)

明日(1月10日土曜日)、Keio SFCで13:30から英語ディベートの練習にお付き合いくださる方、いらっしゃいましたら至急ご連絡くださいませ。e-mail, mixi, facebook等々どんな媒体でも構いませんので、masakoまで、1月10日の午前10:00までにご連絡下さいませ!!

例年通り高校生の世界大会(WSDC)の練習に少しお付き合いしています。明日は別の練習会に伺おうかと思っていたのですが、午前中授業があるなどなどの事情によりそちらは難しそうであることがわかりました。で、急遽SFCでどうだろう、ということになっています。若い高校生ディベータのためご協力いただける方は是非是非ご連絡下さい!

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日時: 1月10日(土)13:30-17:30 二試合
場所: Keio SFC タオ棟
内容: 練習二試合と希望者がいれば「略奪文化財を原保有国に返還すべし」という論題について解説
フォーマット: 3on3
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参加意向表明は****AM10:00まで****でよろしくお願いします!!!

masako