Monday, February 26, 2007

ピアニストを撃て Tirez Sur le Pianiste

一昨日はクラブコンペでした。

論題は、
・カジノを合法化するべきだ
・刑事事件の時効を廃止するべきだ
・講談社はプリンセス・マサコを刊行するべきだ
・女性議員を一定数以上確保するべきだ
でした。

こちらについてはまた後ほど書きます。

東ティモールに行かれた経験のある方がいらしてました。
東西の争いが顕在化した昨年撤退されたとのことでした。
石や火炎瓶が飛び交ったという話に、
「軍隊内部から不満が上がって暴動になったのに重火器は登場しなかったんですか」
と伺ってみると、少し間があって、
「東ティモールは大変貧しいので重火器がありません」とのことでした。
この答えには考えさせられました。

しばらく前この日記にも書きましたが、
東ティモールの国民一人当たりの年収は、北朝鮮のそれより少ないのです。
それを知っていて上のような質問をするのですから、私も相当の馬鹿です。
もちろん、やはり経験していないと分からないことってある。
勉強して、想像力を働かせて、そして実体験のある人と話して初めて、
少しでも実態を知ることが近づいてくるのだと思うと、
もっと必死に話を聞かせて貰うべきだと思わされます。
話してもらうためにももっと勉強しなきゃな、と思わされます。

無知は罪です。少しでも知りたい。他人事にしたくない。
それならご縁は大切にしなきゃな、とつくづく思いました。
もっと普段から勉強しておけば、ここまで初歩的ではなくて
もう少し突っ込んだお話を聞かせてもらえたはず。
同席させていただいた時、本で読めば分かるようなことを聞いては恥ずかしい。
それなら普段もっと勉強しておかなきゃな、と思いました。

じゃ、これが地獄なのか。
こうだとは思わなかった・・・・・・
二人とも覚えているだろう。
硫黄の匂い、火あぶり台、焼き網なんか要るものか。
地獄とは他人のことだ。
(サルトル「出口なし」より)

Wednesday, February 21, 2007

ポプラとカエデ (第六夜: Bali Hai may call you?)


水曜日。

今日は夜に岐阜からM先生がみえることになっています。何とか今日中にアイスブレイクを迎えておきたいなぁと緊張がともないますが,こればっかりは私がどうこうしようとしては逆効果です。黙って見守るしかありません。ドキドキしながらも見守っていると,午後,静かだった一年生から思い切ったように質問が。Tがエキサイトしているのがわかります。答える言葉に熱が篭っています。質問をした方も少し安心したようです。やれやれ,良かった。

これを皮切りに質問が増えました。一年生たちの表情も多少明るくなり,まだ授業中に質問できなくても授業後Tの周りに一年生の姿が絶えなくなりました。一歩前進です。やったーーー!!

これに気を良くして練習試合に移ったのですが,こちらのほうはどうも上手くいきません。Tはここ二日ほどかけて開発援助についての授業をしてくれました。特に南太平洋におけるオーストラリアの介入についてかなり重点的に話してくれました。パプアニューギニア,フィジー,ソロモン諸島,ツバル,トンガといった島々についての話が延々と続きました。練習試合はこうした南太平洋への援助に関する論題でしました。一年生が質問できるようになり始めたこと,かなり丁寧なレクチャーの後だったこともあり,初心者グループの方にTを割り振りました。

・・・・・・が,試合を開けてびっくり,そちらの部屋のDebateはフィリピンについてだったと言うのです。

・・・・・・これはかなりTには堪えたようでした。何せ二日間かけて熱心に説明したことがほぼ全く伝わっていなかったと,これ以上なく明白になったのですからショックでしょう。私にも結構ショックでした。本当に分からなかったんだな,と。もっと早くどこかで止めて,地図をホワイトボードに書くなり,初歩的な部分の確認をするべきだったのかもしれません。何が原因だったのかよく理解しないと次につながらないので,今後ゆっくりヒアリングする必要があります。

しかしな・・・・・・フィリピンが南太平洋に入るという感覚は凄いと思います。まあ日本よりは南にあるしな。確かに太平洋の島ではあるかな・・・・・・しかしな・・・・・・散々パプアについて聞いた後で何故・・・・・・いやしかしかつて「イスラエルって国ですか?」と訊いた後輩の顔を思い出し,日本の現代史や世界地理の授業がかなりお粗末であることも思い出しました。こういう生徒を世に出して平気でいる先生たちの顔が見てみたいものです。生徒が可哀想だと思わないのでしょうか。

まあ,ともかく,その日の夜の「お休み前の一杯タイム」では,Tはかなりこの点に固執していました。どうしたら良いのか分からなくて迷子の気分だと。その気持ちは分からなくもありません。しかし正直直近に片付く問題とも思えなかったので,少し話をずらしてみました。南太平洋のそれこそフィジーやパプアの閣僚をオーストラリア軍が拘束したといった記事を読むたびに,一体なんだってそんな他国の主権を無視しまくったことができるのだろう,と私はオーストラリアにアンチな見方をしていました。Tの説明を聞いて話は思ったより少し複雑だとわかったと言うと,Tは満足げでした。そうなんだよ,と身を乗り出していました。ただ,南太平洋諸国を見下しているところがないか,主権を軽んじていないか,と言われればそういう側面もやはりある,とのことでした。なるほどね。更に「一年生が質問できるようになって良かったね」と話をポジティブな方に戻して終了。ガッカリ感を少しでも払拭できたかな,とTの顔色を伺います。

その後,M先生が到着されました。私の部屋でヒメと飲んでいたTに「ご挨拶だけして」とせっつきお迎えいたしました。明日はビッグデイ。頑張らないとです。

Tがそろそろ寝るよーと自室に戻り,ヒメと少し話し彼女も部屋に戻り,その後部屋に独りになったときにはへとへとでした。頭の中に一瞬かの有名な映画『南太平洋』の「Bali Hai」が流れました。趣味じゃないわと頭をふりつつ,Tにとって日本がBali Haiだったらどうしよう,と不安にもなるのです。天国に一番近い島に憧れる人にろくな人はいません。Your own special hopesだのYour own special dreamsだの,私に言わせれば薄気味悪い,の極地です。第三世界にそういった一方的な期待を押し付ける姿は好きではありません。「The Beach」が救いようなくグロテスクなのと変わらないと思います。Special hopesもSpecial dreamsも要らない。どこの土地にもそこに住む人には生活があって,その生活の泥臭さを理解しなければその土地を愛するとは言わないでしょう。どうか日本をエキゾチックな国だと思わないで。私たちは普通に生活し,普通に学び,普通に話をしたいだけ。その普通が許されないから苦しいだけ。ティムは私たちが苦しんだりディボートしているところばかりを目にするので,私たちの生活者としての立場を忘れることがあります。異質な者と意識するようになれば同じ目線ではなくなります。それがどうしようもなく心配です。幻想の世界に行ってしまわないで。

Most people live on a lonely island,
Lost in the middle of a foggy sea.
Most people long for another island,
One where they know they will like to be.

Bali Ha'i may call you,
Any night, any day,
In your heart, you'll hear it call you:
"Come away...Come away."

Wednesday, February 14, 2007

どっちが正しいのでショー "Which Is Right" Quiz Show

雅子妃に関する本,オーストラリア人のBen Hillsによる,
「Princess Masako: Prisoner of the Chrysthanthemum Throne」
が皇室への侮辱にあたると政府が抗議したそうですね。

【関連記事】
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=159357&media_id=20
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=159332&media_id=2
http://www.news24.jp/77359.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070213i513.htm
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070213AT1G1303713022007.html
http://www.asahi.com/national/update/0213/TKY200702130382.html
http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3493336.html
http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070213-156139.html
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200607190927473
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200607110624392

実はこの本,Tが読んで凄く興味深かったよ,と繰り返し話題にしていた本なので覚えていたんですよね。Tによればオーストラリアでは有名な何とか言う賞を受賞した有名な著者なのだとか。(受賞した前作も日本に関するものだったという話だったような気がします)

まあそう聞いたときから,「日本の皇室について読むなら日本人の書いたやつの翻訳読めば良いのに,なんでオーストラリア人の書いた日本皇室論を読むのよ」といつも通りの感想を持っていたのですが,いちいちつっかかるのも面倒でやめてしまったんですよね。あーあ,やっぱ問題になったか,って感じです。

ただ宮内庁に批判的な内容の本だという話なので,政府や宮内庁が反発するのは当然なのかもしれません。日本政府の方が偏向しているのかもしれない。わからんですね。

ただ,Japan Timesの記者で実際に「自分とのインタビュー内容がmisrepresentされた」と言っている人もいるようです。
http://www.debito.org/index.php/?p=111

うーん…どっちが正しいのでショー??

ま,とりあえずTに問題の本を貸してもらう約束をしました。
どっちを信じるかは読んでみてからですかね。

ちなみに宮内庁が出した抗議文は以下。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/hills-letter.html
英語版はこちら。
http://www.kunaicho.go.jp/ekunaicho/hills-letter-e.html

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Feb 21st 2007に追記。

ちなみにその後こんな記事がABCには出ました。(English)
http://www.abc.net.au/news/newsitems/200702/s1850370.htm

Tuesday, February 13, 2007

ポプラとカエデ (第五夜: 遠い日のために)

暗くなる一方なので,その前に書くのをやめようかと思いかけていたのですが,
読んで下さっている方がいるそうなので,続きを掲載していくことにします。
ポプラとカエデシリーズもこれで第5夜です。

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12月19日,火曜日。レクチャー二日目に入りました。なんだか面子が昨日と随分違います。これは悪い傾向です。虫食いでレクチャーを受けるのはあまりおススメしません。それに加え,Tに生徒が慣れるのに通常以上に時間がかかってしまいます。一年生たちはまだまだ静かです。経験的に初IDCの子がコーチに慣れるのには3日間かかります。なので焦りは禁物……ですがやっぱりちょっと気になります。というのは質問が出ないとTの機嫌が悪くなるので,一年生が更に萎縮して悪循環だからです。10日間あるIDCの場合はそれでも放っておくのですが,今回は6日間しかないのです。悪循環にハマっている暇はありません。既にTの眉間に皺が入っています。もう来日4回目なのですからもう少し慣れて欲しいものです。

昼。この日はTと二人で出かけました。他の人も誘ったつもりなのですがなかなかね……。何処で食べたんだっけな。カフェテリア藤だったような気がします。Tはうどんを頼んでましたけど大丈夫だったのかな…まあローランドほどではありませんが,日本の麺類は得意ではないはず。ま,本人が良いって言うんだからいっか。

サラダバーにバナナが積んであり,それを貰っていると,オーストラリアではバナナが不作で価格高騰になり,バナナを食べている友人を金持ちとからかうのが流行っているとか,アホな話を聞きました。

午後もなかなか質問が出ません。

一年生が質問できない理由は複数あると思います。
(1) Tの言っていることが聞き取れないから質問が見つからない
(2) Tの言っていることが分からないから質問が見つからない
(3) 聞き取れるし分かるけど特にしたい質問がない
(4) したい質問はあるが的外れではないか心配
(5) 同じ部屋に先輩が多くて初歩的な質問をすることに躊躇いを感じる
(6) 自分の疑問を的確に説明するための英語力に自信がない
などなどなど・・・・・・壁は様々なところに存在します。

そもそも日本人講師に対してもろくすっぽ質問しない子も多いのです。質問をしないということは真剣に聞いていないことを意味するからかえって失礼なのだ,という意識が日本の学生にはあまりありません。良いクラスを作るために自分の貢献が必要だなどと考えること自体そうないようです。これは質問することが礼儀に近い社会からやってきたTにとっては相当のストレスです。だからこのリストの3から5は問題です。例えば5とか,先輩と対戦したらPOIできないのかぐらいの勢いでダメです。自分が勉強したい時に遠慮は禁物です。貪欲にならな。教えてください,とお願いして来て頂いている以上,必死に理解しようとして自分の頭で考えて,考えれば質問が出て来ないほうが不自然です(3は聞き流しているということだと思います)。その質問をぶつけるのは「あなたの言葉を真剣に理解しようとしています」というメッセージになります。

しかしですね,1や2や6の場合もあるわけですよ。この場合,分からないなりに分かった範囲から想像してでも質問しよう,と割り切れるようになるまでしばらくかかります。これは私にはかなり同情できる要因です。こちらに関しては,相当の知性を持った学生たちだからこそ,彼らが自分のプライドとの折り合いをつける時間を私は尊重したいと思います。問題は,Tにはそんなことが見えないのです。ただ,質問もせず,能面のような顔をして,非協力的な学生たちだと苛立つのです。いつか分かってくれる日が来ると良いのですけれど。

夕飯は桜に行きました。生徒が慣れてきたら少し割高な桜には行けませんから,今の内に行っておくのが良いだろうという計算でした。ピザとオードブルかなんかを適当に選んでおしゃべりをします。疲れもあって苛々気味のTに,売店が閉まる前に酒を買っておこう,などと言って少しリラックスしてもらいます。

折角1対1ですから,他の学生が一緒のときできない話をしておこうと思いました。別に他の子が一緒でも私が延々とTに話し続けてしまう事はできますが,勿論それでは意味がありません。他の子と一緒のときはできるだけ私は黙っているようにしています。

この日話すことにしたのは,「コモンセンス」のウソについてです。Tが繰り返し言う「ガッツレスポンス」とやらも,別に人類共通のものではない,ということを分かってもらった方が良いと思ったのです。

最初話していたのはイギリスの全顔面移植のことだったと思います。Tは臓器提供者(ドナー)登録は,「します」と登録(Opt-in)するのではなくて,「しません」と登録(Opt-out)するシステムにするべきだと言います。皆自分が死んだ場合のことなんて考えたくないから登録しないのさ,特に強く提供したくないという強い意思があるヤツ以外は全員ドナーにしてしまって何が悪いんだ,と。しかもドナー登録に家族の了承が必要なんだぜ,俺の体のパーツを俺の好きにするのに何だって家族の了承が必要なんだ,と。続けて,「大体火葬は環境に悪いから俺は冷凍粉砕を希望するね」と。全く変なヤツです。私は自分の体がそのままの形で凍った挙句粉砕されるというのはちょっと抵抗があります。なんでかは分からないけど燃やされる方が良いな。

まあそんなこんなの話をして一段楽したところで,「『あなたの命は誰のものか』と聞いたら誰だと答える?」と聞くと,目を白黒させています。「・・・僕・・・かな?」と漸く声を絞り出したTに,「『うん,それ以外の答があるの?』って思うでしょう?でも私が小学校に入って最初の日に先生から言われたのは,人は社会によって生かされているんだってことなんだよね」と言う私に,既にTの方は大混乱状態です。こう言っちゃなんだけど,頭が固いよな・・・。「インフォームド・コンセントって言ったら,普通オーストラリアでは患者にインフォームすることだよね。でも日本では患者の家族にインフォームすることなんだよ。」というと「そんな馬鹿な!!!」という顔をしています。続けて「安楽死だってね,日本で合法化されるとしたら家族の了承が凄く大きな意味を持つと思うよ。今だって延命装置の取り外しには家族の許可が必要だし,癌告知だってまず家族に話して,本人に病名を知らせるかどうか医者と家族が決めるんだよ」というと,Tの方はもうすんごい表情です。やれやれ。「もし万が一N(Tの彼女)が病気になって,凄く辛い病気で,もう楽になりたいわ,って彼女に言われたら,俺はすっごく辛いけど彼女の決定に異議を差し挟むなんてできないよ」と言うT。「うん,でも息していてくれるだけで良いから死なないで欲しいって思う可能性はないかな。どんな形でも生きていてくれ,あと一瞬で良い僕の傍にいてって彼女に懇願することなんてありえない?」と聞くと,「彼女の意思が優先するよ」と。「そうねぇ,私も相当個人主義で,私自身は自分に自分の病名が告知されない可能性があるなんて許せないけど,でも日本の多くの人の気持ちが全く分からないとも言わないな。私の命は私のものであると同時に,私を愛する人たちのものでもあると思う。彼らのおかげで私は生きているのだから,彼らが私を寝たきりの状態でも必要としているのなら,彼らにはその意見を反映する権利がありそうな気すらするよ」と言う私を.Tは長年来の友人が突然エイリアンに化けたかのようにマジマジと見つめていました。

その後,「人と人が支えあって人という字になる。人は一人では人間になれない」と6歳の時に学校で教わったことや,夜爪を切ると親の死に目に会えないという迷信や,『いただきます』『ごちそうさま』の意味など,日本での生活の細々としたところに『人は生きるのではない,生かされるのだ』という考え方がまだ生き残っているんだよね,と話してみました。どれも「シンジラレナーい」っといった反応のTでした。最後に私が「そんな社会で育った18歳の子供が国際大会で安楽死や臓器移植,堕胎についてディベートをしたら,どれだけ非常識で狂っていると決め付けられるか,どんなに冷たい対応を受けるか,想像できるでしょう?審査員も対戦者も,日本は何て知的後進国だろう,民主主義の皮をかぶっても結局文明の届いていない野蛮な地域なのだ,と思うでしょうね。でも本当に日本の子達が間違っているのかしら。そんな価値観に正しいも間違ってるもあるのかしら」と問いかけるとTは難しい顔をして黙り込んでしまいました。

こういうこと,なかなか18歳の子たちはすぐ説明できるようになりません。彼らは,彼らの普段生きている社会では当然とされていることをそのまま口にするだけで,知性のかけらもない狂人として扱われます。区別され,差別され,蔑まれます。でもその仕組みに気がつくのは数年後なのです。だから,私たちが少しでも彼女達が誤解されないで済むよう働きかけることができれば,と思います。

この日,Tは少しでも私の伝えようとすることが分かったでしょうか。コモンセンスという言葉で,どれだけ欧米の文化背景を一方的に押し付けることが正当化されているのか,気がついてくれたでしょうか。

正直,駄目だったのだろうと思うのです。Tは頭の良い人だけど,頭が固い面もあるのです。生命倫理という特殊な一点において,異星人のような考え方をしているらしい,程度にしか分からなかったでしょう。彼には日本のエキゾチックさが増して感じられるようになっただけでしょう。

いつか,分かってもらえる日が来るでしょうか。私にはわかりません。
その日が来るまで,いつまでも私は同じことを言い続ける気力を保てるでしょうか。
それも,わかりません。
そもそもその前に,Tが私を同じ人間として見なくなるのではないかと,思うのです。

寒空に星が綺麗です。
何万光年も前の光が今私に届くなら,
何十年も先に私の言葉が誰かに届くことも有得るでしょうか。

Friday, February 09, 2007

論者と小槌 Speaker and Gavel

Speaker and GavelというのはNational Honorary Forensic Societyという団体が出している雑誌です。何故か最新アーカイブはミネソタ州立大学のサーバに置いてあります。ちなみにGavelっていうのは議長や裁判長が「Order」とかいってカンカン!と打ち付ける変な小槌。

なんていうか凄いですね・・・・・・
オノラリー(ソロリティ)ってこんなのまであるんだ・・・・・・
しかも雑誌発行できちゃうんだ・・・

他人のこと言えた義理じゃ全くありませんが,
保守派のボンボンジョージョ-ばかりがディベートする環境に恵まれている,
というのは何処の国も同じなようです。日本はずっとずっとマシな方。
(アメリカのディベータは世論よりリベラルよりですが,
資金が潤沢なチームとそうでないチームのギャップは凄まじいです)

とっても残念。

自分を言葉で代表する権利くらい,皆に平等にあれば良いのに。
(権利は平等で能力が違うのだって?まあそうかもしれませんけどぉ。
しかし四則計算と同じくらいには必須科目だと思うんですがぁ)

でも載ってる論文は面白そうだから読みます。
目次録が欲しいですが国内には何処にも置いていないそうです。残念。

図書館に文献複写依頼を出したら(最近ネット上でもできて至れりつくせり),
「海外からの取り寄せになるのでちょっと費用が嵩みますけれど良いですか」と
聞いてくださいました。けれどここで言う「ちょっと費用が嵩む」は300円とかの話。
ぶっちゃけ承諾なしにすぐ海外へ依頼を出して貰ってしまっても怒る気にならない額です。
ディベートコーチが6人欲しい,とか言う時の「ちょっと費用が嵩む」とは訳が違います。
(あるんですよ,世の中にはそういう大学も。専用のバンとかあるしね。)
しかし一々確認してくれるその丁寧さも感動もの。
以前は間違ってた指定ページ数も確認してくれました。
この大学は図書館のサービスはかなり良いと思います。
届くのが楽しみです。(^v^)

Thursday, February 08, 2007

[Article] World Englishes in 2000 and beyond

[Article] Yasukata, Yano. 2001. World Englishes in 2000 and beyond. World Englishes. Vol.20, No.2. pp.119-131

EAL(ESL/EFL)について何か読んでみたいな,と思うならこれが私的一番おススメ。
わかりやすいのは日本人が書いているから?
しかし大変納得がいきます。

また,acrolect, basilect, mesolectの違いの部分も(英語に限らない内容ですが)
個人的な感覚と良く合います。
カウンセルで話すのが凄い緊張したり嫌だったりするのはこれですよねー。
魔女の宅急便のジジの台詞がぴったり。
「チェッチェッ。気取ってやんの」ってね(笑)

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As far as English is learned by immigrants in English-speaking societies such as Britain and the United States, there does not seem to be any problem in learning the language in the sociocultural framework of these societies. However, problems arise when English is learned as a second or foreign language in the societies where English is not used as the native language, because English is no longer used in the Anglo-American sociocultural framework alone.
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In due course, therefore, the demarcation between the inner circle and the outer circle in the Kachruvian concentric circles will become more obscure and therefore less meaningful, although that between the outer circle and the expanding circle will remain as distinct as it is now. Speaker of English as a native language (genetic and functional - those with the native speaker's intuition who can infinitely generate grammatical and appropriate linguistic forms in a given situation and make judgements on the grammaticality and acceptability of linguistic forms) and speakers of English as a foreign language will remain distinctly separated.
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As a result, ENL's role as the source of models of correctness will be significantly reduced and ENL speakers will eventually join ESL speakers as the speakers of "one of the varaeties of English" while those ESL speakers in the outer circle will increasingly feel and identify themselves as native speakers of English (their varaieties) and feel entitled to be treated on equal terms with genetically native speakers.
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The use of English for international communication and for formal and public domestic interaction is acrolectal in that it is characterized by its formality of linguistic forms and by the relative absence of local and indigenous linguistic and sociocultural aspects.
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移行完了 have finished transferring

前から気になっていた放置していたGREE日記。
移行が完了しました。
小さな問題3点。

1)MIXIの新着日記欄が昔のが出てしまっている。
→この新規投稿で直るかどうかちょっとテスト

2)GREEの表示を外部ブログに切り替えた筈が変更されない
→時間がかかることもある,とあるのでとりあえず放置

3)GREE日記時代に頂いていたコメントが全部消えてしまった
→これはとっても残念。でも放置よりはマシということで

脈絡があるようなないような high-context or random thoughts

1.絶滅したと思っていたけど

先日テレビをつけたら,アル・ゴアが出ていました。
映画の宣伝なのか,気候変動について話していました。
司会の横に立っていた気象予報士が,
「日本は四季があるから世界で一番この話に敏感なはず」と発言していました。

立ちくらみがしました。

戦前の風景論じゃあるまいし・・・。
志賀重昴,突如降ー臨ーって感じ?
(富士山が円錐形だから「優れている」という謎の文章に
私は小一時間頭を抱えたことがあります。恐るべし「日本風景論」)

どうして現代人が「日本は四季があるから」なんつー論理展開を??
そんなの多少緯度があればどこでもあるでしょう??
うーん・・・小学校の理科から研修しなおした方が良いのではないかと思います。

優生思想とかの初歩的な間違いとか教わらないんですかね。
あれはドイツ人以外には関係ないとか思ってる?
ていうかこの分だと「日本単一民族国家論」も健在?
いやはやビックリ。

2.戦争と言えば

私の祖母は満州で幼少期を過ごしました。

当時の満州はロシア人・中国人・日本人といった様々な民族が同居していた土地だったそうで,そのために祖母の得意料理もボルシチ をはじめとしたロシア料理や中華料理が多かったそうです。終戦時東京の学校にいた祖母は,残された家族に会うために満州へ戻りました。ソビエト兵に乱暴を受けないようにと髪を切りさらしを巻き,男装して汽車にもぐりこみ,最後は鉄道に沿って歩いて歩いてぼろ雑巾のようになって家族のもとにたどり着いたのだと,早く亡くなった祖母について,母から聞きました。

私自身はロシアに一度,中国に二度,韓国には五回渡りました。

ロシアでも中国でも韓国でも,皆さんに良くして頂いたし現地で会った方たちを私自身大好きになりました。好きになった国々には関心があるし,機会があれば無駄にせず勉強したいとも思います。そんな私を母は複雑な想いで見ているようです。亡くなった祖母なら何と言うだろうか,とよく私に漏らします。

母は戦争を知らない世代です。
私は戦争を知る世代をろくに知らない世代です。

その時間の違いはどうしようもない。
知識も経験も違えば感じ方も世界の見方も違います。

先日,北京での乗り継ぎに苦労したというTに,
「私は中国は好きだなぁ」と言うと,随分驚いた顔をされました。
数年前ロシアに行ってみてロシアが好きになった,と言ったときも
G氏に相当変な奴だと言われました。

何故?好きじゃおかしい?
オーストラリアやマレイシアを好きでも良いけど,
中国やロシアだとダメというのは私には奇妙に感じます。
現地に行ってみれば興味も湧くし親しみも感じるよ。普通じゃない?

3.中国と日本の奇妙な関係と言えば

『蓋山西(ガイサンシー)とその姉妹たち』,
http://www.cine.co.jp/gaishanxi/
是非足を運びたいと思っています。

でもそう言ったなら,驚く友人は多いのかもしれません。
その映画を観た翌日曾祖父母を嫌いになるとでも思うのでしょうか。
(そもそも曾祖父母には物心ついた状態で会ったことないですけど)
それとも観に行く時点で売国奴?そんなアホな。

「masakoは国連安保理の試合は絶対肯定側に入れると思っていた」と
S氏(マレイシア)に言われた(豪亜大会2005)時も思いましたが,
私ってすんごい国粋主義者にでも見えるのでしょうかね。
彼らは日本の友人の多くが逆の印象を持っていることに
(それはそれで極端だと思うんですけど。
好きな国が多いからって外国カブレみたいに言われるとちょっとな)
いつになったら気がつくのかな,と思います。

Tuesday, February 06, 2007

[Book] 国家の罠 Trapped by the State

[本] 佐藤優.2005.『国家の罠』.新潮社.

あーーーー,逃げてるなぁ・・・
実は「ポプラとカエデ」,アップしてある後の部分も書いてある部分が多いのです。
ただ……ちょっとアップするのが辛いんだなぁ・・・

えええにぃうえい,

はい,読みました。国家の罠。

そうねぇ……確かに読む価値はあると思いました。
ただちょっと評価しにくい本ですね。
(評価が低いという意味ではなく評価するのが難しいという意味)

個人的に,ディベート関連の知人をざーーっと思い浮かべた時に,
私は大体6割の人を何らかの形で尊敬を持って見ていると思います。
2.5割の人には尊敬とまではいかなくても好感を持っている。
ところがその・・・1.5割くらいの人はどちらかというと軽蔑している。
いや,まあそう単純なものでは勿論ありませんけれども。

で,1.5割の内の更に下方1割にあたる人で,
佐藤優にそーーーっくりな人がいるんですよ。
見た目だけじゃなくて。

ただね,その苦手だな,と思うコアな部分の一つ,

彼が,結局のところ自分の影響力なり能力なり人脈なりに自己陶酔したのか,
それとも国益だかなんだかを追求する上であまりにも頑張りすぎたために
意図せず影響力を持ってしまったのか。

これは本当に紙一重の違いで,
他人はおろか本人にだって区別つくものなのかわからないですよね。

自己陶酔するのは人情だし,より頑張ったヤツがより影響力を持つのも世の常。
どっちかだけってことはあまりないでしょうね。
ただ,自己陶酔の方が強く出ると,人はウソをつくと思うんです。
本人にウソだと明確に意識できる精神的な強さがないと醜悪の極みになると思います。
意図せずの方が強く出ると,普通は事前に自分の特異性を解消しようとすると思います。
ただ,情報の世界は特別だと言われると,まあそういうこともあるだろうな,と。
若しくはそっちの面にはとっても不器用な人なのかもしれない。(こっちかな)

27年後のことを書いてあることや,2000年がいかに鍵だったのかという話から,
おそらく私は佐藤さんが後者なのだろうと想像します。
そうだとすると,確かに同情するかも。
確かに「悪かった,悪かった,運が悪かった」(やりきれないなぁ)。
ホント男の嫉妬って怖いわぁ。出る杭を打つ心理ってホント醜い。建設的でもない。
ただ,裁判でどっちになるべきかはちょっと別かなぁ……

うん,でもそうね,私が買ったこの本の印税が彼に入ることに罪悪感は感じない。
情報が公開される頃が楽しみですね。

Monday, February 05, 2007

[Book] 教育ディベートの審査 Judging Academic Debate

[Book] Ulrich, Walter. 1986. Judging Academic Debate. National Textbook Company.

久々に読みました。
前読んだ時より楽しめました。
とってもわかりやすい。

例の『現代ディベート通論』でよく引き合いに出されている本で,
2章がJudging Paradigmsについてです。楽しい。
この本ではAdvocacy ParadigmとJudicial Paradigmが同一視されています。
わからないでもないですね。

私は1章のジャッジの倫理についての部分も結構好きです。
こういうのを臆面もなく書ける人好きなの(笑)

でもまあやっぱり80年代に書かれた本だということ,
Policyの方だけの世界観で書かれているところなど,
この本の限界は明白。古典として読む感じですか。

でもちょっと会ってみたいディベートコーチには入ります。
幾つくらいの人なのかしら。

Sunday, February 04, 2007

やっぱり変 Still can't get...

1.「生」チョコレート

雪見だいふく,生チョコレート味というのがあることに衝撃。
思わず購入…して忘れていたのを今日食べてみる。
……どこら辺が「生」チョコレートなのか定かではないが,
確かにチョコレート味ではある。しかし何故「生」・・・・・・?

2.北方領土本

詳しくあげるのは今度にしようと思いますが,
例の『北方領土「特命交渉」』という本……
あまりおススメしません。
なんか話があっちゃこっちゃ散っててまとまりがない。
同じ情報が複数回出てくるし。
一番問題なのは,最も重要な部分がどれも,
小渕総理か橋本総理からの「特命」で知ってる人が極めて少ない,とあること。
だからウソだとは言いませんが,死人に口なしだもんなぁ。
間違ってても反論するべき人が故人だ,というのはちょっといただけません。

全体的に佐藤優と鈴木宗男では文章力が違うと思いました。
手嶋龍一と佐藤優の本はわりと読めましたしね。
なので「国家の罠」と「自壊する帝国」に期待。
でも「北方領土特命交渉」を読んだ感じだと,
佐藤優は有能(手を汚すことを厭わないかという意味も含めて)なのかもしれないけど,
組む相手を間違えたのだ,という手嶋龍一の見立てが正しそうだなぁと思いました。

3.Adjudication Theories

さて,前回書いたマニアックの極みなAdjudicationについての書き込みですが,
実際読んで意味の分かる人が何人いるんでしょう。
ポリシーとパーラの両方を経験している人自体の数が少ない上に,
ポリシーのパラダイムの勉強をしっかりしていて,且つパーラの国際大会の経験がある人・・・
そんなの5本の指に入るほどしかいないでしょう。
ま,あれはただの備忘録,ってことですね。

で,備忘録ついでですが,
パーラはベスト・ポリシーの亜流(各サイド1システムしか提出できない),
という解釈には以下の問題が発覚。

(1)パーラではAffirmativeがSQ支持もありなので,AffirmativeのPlanが良いか悪いかではなく,
AffirmativeのPlanがSQかどうかや,SQがAffのオプションかNegのオプションか,といった議論にズレてしまう危険がかなり残る。(これは多分そのままな現状で実際壊れた試合が横行している)

(2)「各サイド1システム」論にはSpike PlanやUniqueness Generating Counterplanが想定されていない。あれはどう数えるのか?COに入ってからのUQness generating counterplanはダメだししないジャッジもいるではないか?

(3)通常Policy Making Paradigmに近い立場を取るパーラでは,ベストポリシーでも構わないが,論題によって突然Stock Issue型にずれてしまうのはどう整合性をつけるのか。

パーラにはパーラのジャッジングの良さがあるとは思うのですが,
いかんせん皆が自覚的にパラダイム選択をしていないので,
Judging Policyの矛盾についてあまり議論されていないのが問題だと思います。
もう少しポリシーからも素直に学べば良いのに,というのが率直なところ。

ことこの問題については日本はトップランナーな筈です。
アメリカを除けば世界中どこを見渡しても,ポリシーとパーラが共存している国がないので。
日本にはこういう理論的な部分も継承している学生がまだ連綿といる。
それにアメリカと違って国際大会に継続的に出てくる人間もいる。
単に前者と後者が一致していないだけで。
これはメチャメチャ勿体無いと思いますね。
前者と後者の知識が融合したら世界初の解釈が出来上がる筈なのに。

日本の選手は国際大会で負けて帰ってくると負け犬根性がつくのが一番勿体無い。
文化的な差異についても,言語上の挑戦にしても,何よりディベート理論にしても,
日本はトップランナーな筈なのに。
オーストラリアの学部生が日本の大学講師にレクチャーできると思っている,
あちらの自信過剰ぶりも問題ですが,逆に教えてやろうと思わない日本側にも問題を感じます。

Friday, February 02, 2007

もいっこわかったぁ!! I Got Another!!

Parliamentary DebateのAdjudicationが,
一体Plan FocusなのかResolution FocusなのかはたまたBest Policyなのか・・・
これは長年私が釈然としなかった問題です。

だってさ,Briefingで「Opposition/Negativeはmotionを否定するのが最終目標ですか,それともGovernment/Affirmativeのケースを否定することですか?」っていう質問がアメリカ人とかから出ると・・・・・・

「BOTH」

って答えやがんの!!!!

なんだそりゃ。どういうこった。最終ゴールが二つあんのか。

それはつまりカンプラは複数出していいのか?
ノントピカルでもいいのか?
OOがノントピカルなカンプラ出してCOがトピカルなカンプラ出したりしたらどうなんだ?
それともレゾフォーカスの傾向がより強く出てカンプラはノントピカルでなければならず,
しかしカウンターワラントは出しても良いのか??

一体何やねーーーーーーん!!!???!!

・・・と思ってたわけです。

この程すっきり致しました。

あれは基本的にはベスト・ポリシーだと思います。
但し,プランもカンプラも両「サイド(チームではない)」それぞれ一つしか出してはいけない。
(そんなの『ベスト』ポリシーと呼べるのか?さあ・・・・・・別の名前が必要かも?)

言いようによってはプランフォーカスの亜流?
プランフォーカスなんだけど,カンプラはノントピカルエリアからしか出せないの。
(そんなのプランフォーカスと呼べるのか?さあ・・・・・・別の名前が必要かも?)

でもまあとにかく,両「サイド」とも,肯定側ならトピカルエリア,否定側ならノントピカルエリアから,一つ支持するプランを選択する権利を持っている,ということではないでしょうかね。そう考えると確かにフェアかもしんない。

・・・けどちょっと気になるのは,
「BPではポジティブ・マターは出さなくても良い」という別のインストラクション。

あれは何?

用語がわかりにくいですが,海外のParliamentary Debaterの言う「ポジティブ・マター」というのはカウンタープランのことではなく,DAのことなんです。なので,これはADを潰しさえすればDAがなくても良い,ということになります。つまりプリザンプションはNegative。ゼローゼロならNeg。

まあ,そこまでは良いでしょう。
しかしです。
もし本当にOppositionがAD Attackにだけ特化したスピーチをベンチを通して行ったらどうなるのか?
自動的にSQ支持だと見做すのか?(多分こっち)
それともOppositionが支持するProposalは存在しないのか??
それでベスト・ポリシーと言えるのか????(いや,それは無理でしょう)

逆にOppositionがCounterproposal(SQ含む)が出した場合,
DAを出さずにどうやってAffirmative CaseとCounterproposalを比べるのか?
ADの大きさ?

しかしBPではMutually ExclusiveではないCounterproposalに,
Both Adoption is Inferiorの証明すらさせずにVoteしてしまうJudgeがいるぞ?
あれは何なのだ???
ていうかBoth Adoption Inferiorの説明をするためにDAが必要ではないか???

全く,もう少し考えてブリーフィングしろよ,と苛々する私です。

わかったぁ!! I Got It!!

一年半前のJDAの決勝の審査後,Y先生に
「Alternative Justificationに対抗してCounter Warrantを出すのは間違い」
と言われたのをずううううーーーーーーーーーっと考えていたのですが,
(ウソ,たまに思い出したように考えていただけ)
漸く解りました!!!!!

Alternative Justificationが必ずしもResolution Focusの立場を取らないからだ!
(これ自体がResolution Focusの立場を普段からとる私には目から鱗賞)

Plan Focusの立場を取る人にしてみれば,
Alternative Justificationで,かつPlan Focusなディベートが可能な以上,
Affirmativeが,A,B,CのPlanから出るAdvantagesを出していたら,
NegativeもA,B,CのPlanから出るDisadvantagesを出さないといけないかもしれないんだ。
この立場を取る人はAffirmativeのSetting権を凄く重く考えているんですね。
大プロポ時代を知らない私にはなかなかない発想ですが。

NegativeがどうしてもCounter Warrantを出したければ,
例えばB, D, EのDisadvantageを出すことが,
A, B, CのPlanを否定することにつながるという説明をするか,
そもそもResolution FocusにShiftしてくれるよう議論を出すかしないといけない。
前者は難しそうだし,後者は普通にAlternative Justification関係なしに
Counter Warrant出すのと変わらないですね。

なるほどねーーーーー。

でも,もともとがResolution Focusな私には,
Judgeしている限りは関係ないことですけれどね(笑)
Counter Warrant出してくれて構わないです。

Debaterだったらそっかー,覚えておかないとね。
当たったジャッジがPlan Focusかもしれないですもんね!

けどそこまでAffirmativeのSetting権を重視する
(好きな一つを選んで良い,というレベルじゃなくて,
好きなものだけ好きなだけ選んで良い,というレベル)
その正当性は何なんですかね?

私にはAffirmativeにそこまでの権利を認める理由がわかりません。
この立場の人はNegativeが複数Counterproposalを出すのも認めるからってこと?

けどCounterproposalは一個までしか許さないJudgeも結構いると思うのですが・・・
その場合はAlternative Justificationが出された時点でResolution Focusに移行してるってこと?
それならCounter Warrant出して構わない?

うーん……JudgeのPhilosophyをチェックするのって大切ですね。
しかしParliamentary Debateの場合Philosophyが事前配布されないからなー。

まあでもおかげで今日はスッキリー!!幸せ度8%はこれで上がりました。

【Book】現代ディベート通論 Contemporal Debate Theories


【本】伊豆田達志ほか.2005.『現代ディベート通論 復刻版』.東京:ディベートフォーラム出版会.(初版1985)

最近復刻版が出た、伝説のディベート教科書。
復活のニュースにマニアが沸いた一品。

これ一冊で大抵のことは網羅できてしまう優れもの。
しかし初心者や、実際の試合を見たことのない人には不向き。
おそらく何が何だかわからない。

ディベートに関しては大体わかった、と思った時に一度は必ず手にとって欲しいかな。

[ここから追記: 2007年2月2日]

春セミナーでAdjudicationの講座の担当を希望したので,久々に現代ディベート通論を開けています。パーラのAdjudicationの解説でも,一応こちらと比較対応できるようにしておきたいです。で,パラダイム,パースペクティブ,フォーカス,フィアットあたりはもう一度お浚いします。その後のセオリーの扱いはここまでが解ればどうとでもなる筈・・・と思っているのですが,ここまでの解説だけでもレジュメが厚くなる(当たり前か)。うーん・・・どうするべきか・・・理論編はかっ飛ばして実技編だけにするべき?

疑問1.決論命題の被正当化性について

p.30「これは価値命題と事実命題の混同から来ている。事実命題では,例えば"X is A"と"X is B"とは同時に成り立たず(但し,A =/B),"X is B"とも言えそうならば,"X is A"とはならないと言える。」

とあるのですが,これおかしくないですかね。
例えば,「Xさんは女だ」と「Xさんは学生だ」は両立すると思います。
私はホント論題を事実だ価値だ政策だと分ける意味を感じません。

【Book】 Izuta Tatsushi et al.2005.Gendai dibeito tsuron fukkokuban. Contemporal theories of debating (republished editon).Tokyo: Debate Forum Press.(first published in 1985)

The legendary debate textbook reprinted recently.
A lot of debate manias went crazy when they became to know the revival of this historical work.

This single book covers almost everything about debating.
However, it is probably not for beginners.
It is a bit technical and too difficult and boaring for them.

This is something we need to read whenever we felt that we have leaned about debate enough.

Thursday, February 01, 2007

ダゲスタン Дагеста́н Dagestan

ちょっと一休み。

佐藤優氏,二審も有罪判決出ましたねー。上告するって話ですから次は最高裁?ということでしょうか。うーん・・・結果が出るのはいつ頃なんでしょうね。今47歳とかですっけ?うーん・・・結果が出て万が一外務省に凱旋とかいうことになったら(まずないでしょうけど)その頃何歳なんでしょう。

先日も書いたとおり佐藤さんの本はちょっと手に取るのを躊躇っていた私ですが,今更ながら読んでみようという気になったわけなんです。ええ,古本屋に並ぼうかという頃に漸くです。まあとにかく,私が特に気になっているチェチェン関係の部分をキチンと理解するためにもダゲスタン,チェチェン,ひいてはロシア全般についてもせめてもう少し予備知識が欲しいところです。先ほどチラッと田中宇さんの記事を読んだら,こちらは佐藤さんの見方と微妙に違っていました。うーん・・・今の私ではどちらに信憑性があるのかぜーんぜんわかりません。勿論本当にどちらが正しいのかはどうせ私には解らないのでしょうが,一応できる限りの事はしたい,と。

そこで,ダゲスタン(Дагеста́н)関連の本を探すぞ!と思ったら全然見つからない。アーニャ(先日亡くなったポリトコフツカヤさん)のチェチェンの本とかがトップに来る感じです。別にアーニャのでも良いんですが,もう少し距離を置いて見ている人のが読みたいな・・・(そんな人いないのかな・・・)。英語のものだとダゲスタンに焦点を合わせたものもあるみたいんですけど,政治経済系というより文化・宗教・芸術系の本が多いみたい。うーん・・・そこじゃないんだよな・・・勿論深く理解するためには必要なんでしょうが・・・

というわけで,おススメの本があったら是非教えてください!
日本語か英語のものでお願いします。

こういう時にロシア語で読めない,というのは本当に痛いですね。
米原万里さんのエッセイとか読んでても,ロシア語って面白そうだな,と思います。
なんか視点がユニークな感じがするというか。
ただ勉強する時間がない・・・・・・というか英語で手一杯。
いや,言い訳ですね。勉強してみようかな。
(先日イタリア語とかスペ語もやりたいとか言ってなかったかって?ホホホ。
でも,アラビア語とロシア語は常にリストのトップです。世界を広げてくれそうな気がする)

しかしロシアについて勉強したいのにロシア語が読めないって本当ダメダメだと思います。
これがまだハングルや中国語なら頑張って少しは読むんですけど・・・
(文法や語彙に類似点が多いって凄いことですね・・・)
あとギリシャ語やラテン語,ドイツ語フランス語あたりも,
英語と似ているところが結構あって,時間的に無理(つまり辞書首っ引き)すれば多少。
しかしロシア語はまだ全然だめ。どうにかならんものか。とりあえず辞書を買えって感じ?

でもまあ,言葉ができるようになるまで待ってたらキリがないし。
訳本でも全く読まないよりはマシなはずですかね。
原語のソースにあたれない分,せめて複数のソースをあたることで頑張りたいと思います。

ちなみに佐藤氏の本で微妙に苛々するのはちょっと女性蔑視系の意図を感じるところ。この人の女性政治家のこき下ろし方が嫌。それから下ネタも許せるものと許せないものとあって,この人のはちょっと線を越えている。こういってはなんですけれどマレイシアの某大学みたいな発想の汚さを感じます。ところどころの情報は面白いけど,やっぱり著者は好きにはなれそうにないです。対朝鮮外交は全て拉致問題に通ずとか対露外交は全て北方領土に通ずみたいな意見も同意できないし。戦略的な交渉が必要だとか,外交は結局人だとかいう話はわかるんですが,目的の設定が近視眼的な感じがします。

Sato Masaru was sentensed guilty again yesterday and he announced thathe was going to appeal to the third court i.e. Supreme court.

I had been hesitating to read his books for long because he was theauthor of the book on Okawa Shumei and also because of his nickname,"MOFA's Rasputin". I eventually read one of his book recently and itwas very interesting. So, I'm going to read other works of him.

But in order to evaluate the information he provides there, I shouldknow a little more on Dagestan, Chechnya and Russia in general. I reallywish if I could read Russian more but my language ability in Russian isextremely limitted.

So, will appreciate if you recommend good books on Дагестан(Dagestan) either in Japanese or English.

Ah, it's so depressing that I cannot read in Russian when I want to learn about Russia. I can try reading in Hangul to learn about Hangul (or Chinese to learn about China) but can't do the same for Russian... It's such a shame... Oh, well, it should be better than not learning at all. Hope to try reading multiple sources to compensate even a little!!