Saturday, July 15, 2006

羊の道物語 第二話 Road of the Sheep Vol.2

7月1日。二日目。

この日は3試合練習できることになっていた。
日本では一日に4試合も5試合もこなしてしまう我々にとっては、
あまりにもゆるゆるなスケジュールである。
とはいえ、豪亜大会の試合形式は世界大会と全く同じ長さ。
一試合一試合がやたらに長く重い。
朝から気合を入れて、と言いたいところだが
朝に弱い私はいつも通りギリギリまで布団の中だ。

寝ぼけ眼でホテルの朝食に降りてみると、
スクランブルエッグ・ベーコン・ソーセージ・トマトの水煮・ハッシュドポテトがある。
スクランブルエッグの色は健康そうな黄色。
何よりトマトがあるのが嬉しい。
本大会中もこれと同じものが出ますように・・・。

素晴らしく礼儀正しく5分前行動な平和チーム。
謝りつつ大急ぎで朝食をかきこむと、
集合場所のバッグパッカーズの宿へ6人で向かった。
昨夜往復して道を覚えたのは私一人なので、
方向音痴な私が珍しく先導を務める。
朝の冷たい空気の中で、私は奇妙な空虚感を感じていた。
あれが何だったのか、今も言葉にならない。

左手には古くて大きく立派な駅舎がある。
キティはすかさず写真を撮っている。
この駅舎は昨夜はライトアップされて夜空に浮かび上がっていた。
それは華やかで美しくて、それでいて妙に孤独な姿だった。
朝はこの建物の個性を奪い、代わりに慰めを与えているように思えた。

バッグパッカーズに着く。
ロビーなのか売店なのかわからない一階を通り抜けて
二階のラウンジへ。後ろから「本当にここですか?」という声が聞こえる。
確かになんだか学生寮の奥に迷い込んだような空間だ。
しかし安宿としてはかなり手入れが良い方だし、
こういうところは案外居心地は良いものだ。
よそ者だという気持ちを持たせないから。

ラウンジではレイン氏やピエトロパウリ氏たちがまだ朝食の真っ最中。
ディロン氏は共有端末でネットを使っていて挨拶にも生返事だ。
こういう時に「もう集合時間じゃないの?」「他の皆はどこ?」
「私たちどうしてれば良いの?」などと所在なさげにするのはNG。
基本的に自分自身が快適にしていることが気配りすることより大切な場だ。
ここは日本じゃない。誰も私たちに余計な気配りをすることなど求めていない。
手近なソファに深く身を沈めてお喋りでもしていることにした。

ニューズウィークをまわし読みしたり、
どんな議題が出そうかなどと雑談していると、
ジョージョー達はまたも写真を撮りはじめた。
こういう細やかさは自分にはないので、少し羨ましく思う。

ここでソネリック氏登場。
ピエトロパウリ氏は「鞄取ってくるー」と部屋へ戻った。マイペースな人である。
レイン氏が階下に集合と言うので降りてみると本大会責任者のビショップ氏がいた。
どうやら本大会の会場でもあるビクトリア大を今日も使わせてもらうらしい。
ビショップ氏の案内でぞろぞろとすぐ傍の大学の建物へ向かった。
先ほどの駅舎の隣のビルである。
なんでもメインのキャンパスは街の反対側にあるということで、今回は使わないらしい。

なーんだ、こんなに近いのかぁ、と小さい街主催のメリットを満喫。
横断歩道を渡っていたらディロン氏がキョロキョロそわそわしている。
そう言えばインドネシアのチームがいないぞ。
インドネシアチームもバッグパッカーズに泊まっている筈なのだが、
ラウンジに顔を見せなかったのだ。
「彼らの部屋番号わかる?」と呼びに戻ろうとするディロン氏に
ピエトロパウリ氏曰く、「フロントで聞いてみたら?」
「Ah, that's very helpful. Thank you.」というディロン氏の口調が可笑しくて、
ジョージョー達も私もつい笑ってしまった。
確かに言わずもがなな助言だし、そもそもバッグパッカーズに
朝早くからフロントにスタッフを張り付かせるような人的サービスがあるわけもない。
ピエトロパウリ氏の助言どおりにできるなら苦労はない。
こういう軽妙でちょっと斜に構えた受け答えはディロン氏らしくてチャーミングだ。

この手の会話に含まれるユーモアというのは言葉の壁を感じるシーンでもある。
日本語なら普段気にも留めずにしているような気の利いた受け答え。
これが英語だと出来ない時がある。
それはやたらとイライラする経験だ。
こうしたなんでもない会話こそが日常自分の個性を最も表現している部分で、
それを封じられてしまうのは社会性の羽をもがれた気持ちになる。

会話の妙を楽しむには英語力と共に精神的なゆとりがいる。
リスニングに懸命になっている状態では難しい。
肩を楽にして会話に溶け込むには慣れが必要だ。
聞き取れなくても聞き間違えてもかまやしねーさ、といういい加減さを要す。
聞き間違えて変な返答をしても大丈夫な相手だ、という安心感も助けになる。
そもそも聞き間違えなんて日本語でも日常茶飯事だと割り切るのも良い。
そういえば今回、英語でのユーモアに関しては
ちょっと嬉しいことがあったのだけど、それはまた後で。

はてさて階段教室に入り、雑誌を読んだり予想論題について話しつつ待つ。
待つ。
・・・。
待つ。
・・・・・・。
待つ・・・って他のチームどこっ??

韓国のチームはおろかインドネシアのチームさえ来ないぞ。
主催者はどうやら韓国チームのホテルに電話しようとしているようだ。
ちなみに我々と同じホテルである。
「韓国の子達は昨日見かけたんだけど部屋番号は忘れちゃった」と言うと、
複数の顔が一斉にこちらを向いて叫んだ。
「ああ、じゃあニュージーランドにいるのは確かなのね!!良かった!」

・・・・・・・・・。おい、まて。
その位誰か確認しておいて欲しいぞ。
放任もここにきわまれりの行き当りバッタリなマネージだ。
もしこの国に着いていなかったらどうするつもりだったんだろう。

しばらく始まらなさそうなので、
ヒメと私は、ピエトロパウリ氏たちと珈琲を買いに行くことにした。
キャンパス内の売店は土曜日なので開いておらず、
結構歩いて珈琲屋を見つけた。私はホットチョコレート。甘いのが幸せ。

帰ってきてみてもまだチームが揃っていない。
いい加減もう日本人同士で練習しようか・・・と思ったところで
他のチームたちが到着。やれやれである。

さて、肝心のディベート。
本大会のルールでは3つの議題が提示され、
その中から一つを対戦相手と選択することになっている。
が、この準備大会の最初の2試合は1議題制でやることになった。
ちなみにこの準備大会の名称は、Pre-Australs ESL Invitational。
Free Debate Instituteという団体が主催。
この団体、文句なしの豪華面子をメンバーとしている。
なので準備大会の癖に審査員は超世界大会本戦級である。
いいんだろうか・・・。

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第一試合:
 
平和チーム 対 インドネシア
夢チーム 対 韓国

論題は「We should allow surrogacy for profit」
和訳すると「営利目的の代理母出産を認める」といったところか。

正直古典の初心者向け論題である。
一瞬幼稚園児扱いされたような憮然とした表情を浮かべてしまった。

さて、この大会のユニークなところはコーチの存在である。
各チームに世界大会決勝戦級の選手がコーチとしてつくことになっている。
通常3人1チームのところ、コーチも含めて4人。
リプライ・スピーチ(最終答弁)も含めて4回のスピーチを一つずつ担当する。
コーチにどのスピーチをさせるかは各チームの自由である。
但し、翌日の第四試合と決勝戦だけはコーチはスピーチできない。
夢チームのスピーカ・オーダは、ヒメ・キティ・私の順がデフォルトだった。
豪亜大会のフォーマットが始めてなキティには肩慣らしをしてもらうべく、
このPre-Australs1試合目はヒメ・ソネレック氏・私と話し、最終弁論をキティとした。
対する韓国チームは帰国子女ばかりのチームで語学のハンデはあまりない。
但し所属ディベート団体自体が比較的若く、彼らもディベート歴はあまり長くない。
流暢で美しい韓国と、海千山千の技巧をかけた夢チームの闘い
・・・となる筈であった。

論題発表後の準備時間は30分。
割り当てられた部屋に移動し、大急ぎで作戦会議を行う。
ソネレック氏は既に弾丸のように話し始めている。
つくづく頭のスタートダッシュが速い人だ。

結局、肯定側である夢チームは、
「約9ヶ月分の給料である2・3万ドルを代理母に支払う」という提案をまとめた。
提案理由は3点。
①女性の身体自決権(Bodily Autonomy)と代理母にとってのメリット
②不妊カップルにとってのメリット
③女性のライフスタイルの解放

分担は、①をヒメ担当、②と③をソネレック氏担当とした。
①や③についての話の掘り下げ方は、さすがソネレック・マジック。脱帽。
なるほどねー。そうやって話を具体化したり重要性を説明するのかぁ・・・。
自力でできるようになりたいなぁ。

内容はともかく、この時点で準備時間の使い方に大きな問題が発生。
ソネレック氏がくれる情報量が自分の処理能力よりも多すぎる。
ついて行くのに精一杯で準備時間終了時のノートがまっさら。
正にタブラ・ラサ。のおおおおおお。そして容赦なく試合は始まる。

蓋を開けてみると・・・・・・
あれ?ヒメが話してるのBodily Autonomyの話じゃなくね??
どっちかって言うとソネレック氏が話すはずだった部分に食い込んでるぞ?
とか思ったらソネレック氏と視線が合った。
どうする?と目で尋ねると、サクッと「その議論は捨てよう」という返事。
思い切りが良いなぁー・・・

私自身のスピーチは、内容はまあまあ。特に問題ないがパッともせず。
それよりも何よりもマナーに覇気がなく、構成がダメダメ。ぬああああ。
チーム全体としては、なんだかバラバラな印象。
打合せと分担が違ったり、お互いに矛盾しあう表現が入ったり。うぬう。

この試合はそれでも結局夢チームの勝ち。
イマイチ不完全燃焼ながらとりあえず勝ちは勝ち、と深い息を吐く夢チーム。
というのもソネレック氏は負けず嫌いなのだ。
そんな我々の胸中を知ってか知らずか、
ソネレック氏はすぐに隣の部屋に夢チームを誘導。
反省会である。この勤勉さが素敵。
気分は「先生、どこまでもついていきます」なスポコン的マゾ。

(羊の道物語 第二話 おわり)
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