Monday, April 30, 2007

沈黙の罪 To sin by silence

To sin by silence when we should protest makes cowards out of men.
(Ella Wheeler Wilcox)

映画『JFK』の冒頭に掲げられる引用です。

昨夜NHK総合で21:00から放映された「日本国憲法 誕生」という番組を見ていて、数年前公開された極東委員会の資料も紹介されていました。それを見ながら母が、友人の中に公開されたその日に件の資料を閲覧しに行った方があると言います。なんでも、さぞや学者や報道陣が殺到しているであろうと思って行ってみたら日本人は誰一人閲覧希望に来ていなかったと憤慨されていた、というのです。

全くじゃないですか。
なんて酷い話だろう。
そんな大切な日に駆けつける人がないとはどういうことか。
この国には1億人もいるんじゃなかったですか?
学者は、報道者は、外交官は一体どこへ行ってしまったのか。
その方の嘆きもご尤もなことと思いました。

JFK暗殺に関する記録が公開される日は、どれだけの人がその資料を求めて駆けつけることになるでしょうか。(そういえば長崎市長の暗殺は結局動機不明のままなんでしょうか)

さて、沈黙の罪。

無知が罪だといったり、沈黙を罪だといったり、やたら罪深くて忙しいことだとお思いでしょうか。
いや、まあ、でも茶化さないで話しまして、確かに沈黙することも罪だと思います。
沈黙は無知を生みます。だから罪深いように思います。

例の「日本国憲法 誕生」ですが、よく煩型の人達がケチをつけなかったものだ(ほら、圧力かけたのかけなかったのとよく世間で話題になるじゃないですか?)と感心するくらい、政治的なメッセージが明確なドキュメンタリーでした。

憲法だの歴史教科書だの安全保障だのの話というのは、やはり日常では敬遠される話題ですね。なんだってそんなきな臭くて色気のかけらもないような話題を持ち出さなきゃいけません?十年前は今よりもっとずっとタブー視されていたような気がします。私の記憶は薄ぼんやりしているわけですが、湾岸戦争も拉致問題もそ通過していなかったそのまた十年前はもっとだったのではないでしょうか。

二十年前私は小さな子供だったわけですが、祖父が黙って海を見ているときや大叔父の墓に向かっている時には、尋ねたい言葉を呑み込んだものでした。黒かったはずの祖父の瞳が薄暗い日の海のようにブルーグレーに見えたものでした。(今では後悔しています。たとえ傷を抉ってでも、たとえ自分が幼すぎると引け目を感じたとしても、それでも訊いておくのでした。)

タブー視した気持ちもわかります。
心情としてはほじくるのが躊躇われる話題だし。
理性的にはきな臭いし。
右だの左だのレッテルを貼られたくなければ黙っているのが賢明です。

でも・・・・・・
声が上がるべきだった曲がり角を、もう何度も曲がってしまったんではないでしょうか。
それは自衛隊の活動が拡大されたからとか憲法の改正が議論されているからとかではなくて。

私達があまりに無知だから。

ろくすっぽ議論せずに黙り込んでタブーをタブーのままにしてきたから、
だからこんなにも無知になったんではないでしょうか。
臆病のために沈黙してしまった罪がふくれあがりすぎてしまったのではないでしょうか。
こんなにも無知で許されるのでしょうか。

2300万人が亡くなったと言われる惨禍から学ぶことを疎かにするのなら、
惨禍を減らすための叡智を必死に探すことなく、
万が一にも歴史を繰り返したなら、
その罪はどんなに深いでしょう。
その時には、それは曽祖父母たちの罪ではなくて。
その時には明確に私達の罪なのでしょう。

資料公開日に誰も閲覧に行かなかった。
それが「この国のかたち」なら、私はそのかたちが嫌いです。

皇室を批判するコメディアンが嫌がらせを受け、
受勲を辞退するノーベル文学賞受賞者が脅され、
ビラを配る市民団体が警察に拘留され、
政府の外交方針と異なる発言をしたコメンテータが更迭され、
靖国参拝に反対した議員の実家が放火され、
反戦を訴える地方自治体の首長が暗殺される。
それらに揺さぶり起こされることのない社会。
それが「この国のかたち」なら、私はそのかたちが嫌いです。

自分だって臆病者だから、発言する怖さはわかります。
自分の無知は自分を余計に臆病にさせます。
でもだからこそ、臆病心と闘って発言する人たちの苦難に敏感でありたい。
彼らを守るための声は挙げたいと思います。

いついかなる時でも、言論の自由は社会の命綱だと。
戦後の混乱の中にあった民間の憲法研究会。
言論封圧の中で投獄された言論人たちの集まり。
その質の高さに目を見張る時、
"I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it"
という言葉が心に甦る気がしました。

今日は二人、後輩が一緒に勉強しに来てくれました。
いつか彼らの声が必要とされる時、声を持つ人で居てくれますように。

JFK暗殺の資料公開は2029年です。
極東委員会の資料は・・・・・・もう公開されています。



追記: 靖国合祀問題の資料が4月18日、国会図書館のホームページで公表されました。
http://www.ndl.go.jp/jp/information/news.html#070418_01

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