Friday, May 05, 2006

【Book】ディベートのすすめ Debating in England

【本】ミルワード,ピーター.1983.『あなたの英語を雄弁にする ディベートのすすめ』.英友社.

最低なディベート教書。的外れも甚だしい。
これからディベート始める方は、こういうのだけは真に受けちゃダメ!!!だと思います。

まず、紹介されているディベートの中身が酷い!
世界大会予選通過審査員として言わせて貰うなら、
こんなスピーチを世界大会でしたらランキング下位1/3で予選敗退間違いなしです。彼の言う「ディベート」観がもう出鱈目過ぎる!!!
しかもこれがロングセラーで売れてること売れてること。
あほかーーーーーーーー!!!!

著者紹介を読むと、まるで著者がオクスフォードでディベートしていた、イギリスディベート界の権威かのように受け取られます。けど、それは絶対ないっっ!!と思います。よくよく読んでみると中等教育の授業でお遊戯みたいな「お試しディベート」をしただけなようです。そりゃ詐欺ってもんではないでしょうか。あまつさえこの本で著者はいかに「イギリス式ディベート」が「アメリカ→日本式ディベート」よりも優れているかを力説しているんです。・・・・・・おそらく書いてる本人はどちらか片方でさえまともにやったことない癖にぃ。両方やってる私にはそうとしか思えない。

だって「イギリス式ディベート」の説明すら間違ってると思います。「イギリス式ディベート」の世界大会でオクスフォードの選手の試合を何年も見ている私が言う。この人の説明はおかしい。ていうかオクスフォードの人たち怒ると思う、これ読んだら・・・。著者がティーンの時に体験したおこちゃま向けの「お試しディベート」がどうだったのか知りませんが、イギリスの大学生が扱うディベートのテーマは真面目そのものだと思います。彼らが議論するのは、例えばパレスチナ問題であり、アフリカへの支援のあり方であり、税制改革です。この著者が言うことは出鱈目にも程があります。犬と猫のどっちが良いペットかを二十歳すぎた人間がよってたかって議論する方が非常識です。好きなほう飼えば良いのですから、そうした問題は集団で意思決定する意味などありません。まじめな話題はよくないなんて嘘っぱちです。

やったこともない癖に閉鎖的・排他的で捩れた愛国心でモノの優劣を語るなー!イギリス人だというだけで自分がディベートの専門家だと思ってるこのド勘違いブリ。これ読んだら真面目に議論学(Argumentation)研究してる学者さんたちは暴れるだろうし、暴れて当然です。これが売れてしまう日本のマーケットが憎い。例えばこの人の母国であるイギリスでこの本売ったらまず間違いなく鼻で笑われるはずなのにい・・・人種差別的にすら聞こえるのは私だけでしょうか・・・それこそサイードの「オリエンタリズム」読んでおとといきやがれ!と叫びたくなってしまいます。嗚呼、無知の傲慢って恐ろしい・・・

紹介されてるスピーチ自体も読んでいただけたらもっとどんなに出鱈目か分かっていただけると思うのですが、それは面倒なので避けます。

以下、引用。
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Contents

はじめに
イギリスにおけるディベート
"Students Should Be Serious"(学生はまじめであるべきだ)
"Cats Make Better Pets than Dogs"(猫は犬よりペットに向いている)
"Fairy Tales Should Be Forbidden"(童話を〔子供に〕与えるな)
"The Sword Is Mightier than the Pen"(剣はペンよりも強し)
"Busybodies Aren't So Bad"(おせっかい者はそれほどワルではない)
"There's a Divinity in Discontent"(不満の中にも神性がある)
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ディベートと言っても,イギリスと日本ではそのやり方には,かなり違いがあります。イギリス式ディベートに親しんできたイギリス人として,私は,当然のことながら,日本式よりもイギリス式の方がよいと思っています。イギリス式と日本式のそれぞれのよさを認めた上で,イギリス式の方がよいと言っているのではありません。むしろ,イギリス人の目から見て,日本の学生たちのディベートのやり方には,異議を唱えたいことが少なからずあるということです。日本の学生は,弁論家としては,世界一とは言えません。それは,国民性の問題というよりも,ディベートのやり方に問題があるからで,改善の余地はあると思います。イギリス式ディベートは完全無欠だ,とは言いませんが,少なくともイギリスには,デモステネス(Demosthenes, 384?-322 B.C.)やキケロ(Cicero, 106-43 B.C.)等,古代ギリシャ,ローマの雄弁家から学ぶ古典教育に根ざしたディベートの長い伝統があります。ちなみに,この古典教育こそ,イギリス民主主義の大もとなのです。
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本書に登場するスピーチは,(実を言うと)すべて私の創作であり,したがって,文責は私にあります。
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アメリカや日本で行われているディベートとは異なり,私は,裏づけとなるような事実や数字を挙げて論証しません。イギリス人の私は,筋道を立てて話し,日常の経験に基づいた議論をする方が好きなのです。と言っても,私も自分の専門,つまりシェークスピアやそのほかの作家(ラテン文学も含む)の言葉や作品や聖書から,たくさん引用しています。しかし,これらの引用文は,尊敬すべきイギリスでのディベートの伝統にしたがって,私が自分で述べたことを説明するために引いたものであって,権威ある論拠というわけではありません。日本の読者のために一言つけ加えておきますが,このような引用文を味わうのに,文学やキリスト教の知識は,必要ではありません。
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授業だけが効果的な学校教育の方法であるとは限りません。ディベートも効果的な教育法の一つと言えるでしょう。私は,イギリスの学校でディベートを経験できて良かったと思っています。残念ながら日本にはディベートの伝統がありません。と言うのも,ディベートと民主主義とは,切っても切れない関係にあるのですが,日本には民主主義の伝統がないからです。イギリスには,その伝統があり,事実,イギリスは民主主義の発祥地と言われています。しかしながら,ディベートの伝統において,イギリス人が手本としているのは,共和制ローマと民主制アテネです。イギリス人にとって,ディベートは,古典教育の一つの現われとしてあたりまえのものなのです。
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一方,ユーモアは,実際のスピーチでも使われるかもしれませんが,主に,論題の選択の仕方や,論題をどういう言葉で表すか,というところに生かされます。イギリスでは(とくにイギリスの学校では,ディベートには),まじめな問題は避けた方がよいとされ,たとえ,まじめな問題を取り上げても,ユーモラスな言い回しを使うようにします。
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【Book】Milward, Peter. 1983. Debating in England. Tokyo: Eiyusha.



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