Saturday, May 13, 2006

【Book】精神疾患と心理学 Maladie Mentale Et Psychologie

【本】フーコー,ミシェル.神谷美恵子訳.1970.『精神疾患と心理学』.みすず書房.

探している部分が見つからない。
ああなんで前回ポストイット貼っておかなかったんだろ。
自分のマヌケさが恨めしい。

この本にはつまり、「自分を上等な人間だと思ってる(思いたがってる)人間は残酷で冷酷になれる」ということが書いてあるように思う。サイードがフーコーの仕事から学んだというのは納得だ。

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狂気はそのことばを奪われ、他人が狂気について語りつづけえたとしても、狂気が自らについて語ることは不可能となる。少なくともフロイトまでは不可能であった。フロイトは、理性と非理性との間のコミュニケーションの可能性を初めて再会させた人だが、この時に用いられた共通の言語は危なっかしいもので、ともすると到達不能なものの中へおちこみ、解体してしまう危険に、つねにおびやかされていた。
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テュークがヨークの近郊に実現させた理想的ホームは、精神病者のまわりに、準家庭ともいうべきものを復元し、そこで患者が自宅にいるように感じるように、工夫されていた、と考えられている。ところが、まさにこのことによって、患者はjたえず、社会的、道徳的に管理されることになったのである。彼を治療させるということは、依存感情、罪の自覚、感謝の念など、すべて家庭生活の道徳的な枠組みをつくるものを、彼に再び教え込むことを意味する。これに成功するためには、おどかし、罰、食事制限、恥辱など、要するに、すべて狂人を幼児化させ、同時に罪ある者となしうる手段を利用することになる。(中略)狂人の行動は監視され、その主張はおとしめられ、その妄想は反対され、そのあやまちは嘲笑されるべきものとなった。
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一九世紀ただ中においてさえ、リューレは、患者たちの頭に氷のようなシャワーをあびせ、その最中に彼らと対話をし、自分の信じていたことは妄想にすぎなかった、と告白するように強制した。一八世紀のもう一つの発明は、いわゆる回転椅子で、この上に患者をのせた。その目的は、妄想観念にあまりにも固着している彼の精神の働きをゆさぶり、それが自然な回路を再発見するように、ということにあった。一九世紀になるとこのやりかたがさらに完成されて、げんみつな意味で処罰的な性格をおびることになる。妄想のおこる度毎に患者を廻転させ、もし彼が悔悛に至らないならば、気絶するまでやる。また、可動性の籠も完成される。これは水平軸のまわりを自転し、そこにとじこめられる患者が昂奮していればいるほど、廻転運動は烈しい。このような医学的遊戯はみな旧い技術を、施設に転用したものであるが、それらの技術の基礎となった生理学は、もはやすたれたものである。
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つまり、狂気は刑罰体系の中にとじこめられ、そこでは狂人は未成年者として扱われるから、当然子供と同類のものとされ、また狂気は罪あるものとみなされるから、根源的にあやまちと結びつけられる。
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一九世紀の「慈善」は、「解放」という偽善的なかたちのもとに、狂気を道徳的サディズムの中にとじこめたのだが、このサディズムがなかったなら、この心理学は全然存在しないであろう。
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【Book】Foucault, Michel. 1966. Maladie Mentale et Psychologie. Paris: Presses Universitaires de France

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