Thursday, April 27, 2006

【Book】戦争広告代理店 Public agent of war


【本】高木徹.2002.『戦争広告代理店:情報操作とボスニア紛争』.東京:講談社.

新潮ドキュメント賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞したというだけあって、読み応えがある。

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ハーフは、話を聞きながらシライジッチの英語力を冷静に観察していた。その語学力が強力な武器になることは明らかだった。シライジッチは、学生時代アメリカに留学していたことがあり、英語はそのとき身につけていた。さらに歴史学の大学教授だったことから数多くの書物に親しみ、語彙はきわめて豊富で知的だった。標準的なアメリカ人よりはるかに気の利いた英語の表現を駆使することができた。
さらに都合がよいのは、シライジッチの語りは短いセンテンスで構成されており、区切り目が明確だということだ。通常こうした著名人の発言が国際ニュースで流れるとき、数秒から長くても十数秒の単位で短く編集されてしまう。その一つ一つの発言の塊を「サウンドバイト」と呼ぶ。ところが人によっては、話す言葉のセンテンスが長く、区切れないため、短く編集することが難しい場合がある。こうした人のコメントはテレビのニュースとして使いにくいため、おのずとテレビ局に嫌われ、ニュースに登場する機会も減る。
 「シライジッチの言葉はサウンドバイトにぴったりでした。それは、情報戦争を戦ううえで、有利このうえないことでした」
 ハーフは、そう証言した。
 「ボスニア・ヘルツェゴビナの窮状を世界に、そしてアメリカに訴え、またセルビア人の野蛮な行為を世界に知らせなければならない」
 と、ベーカー長官に対したときと違い、独演会さながらにまくしたてた。
 ハーフは、シライジッチが、スポークスマンとしてうってつけの素質を持っていると見てとった。シライジッチは、聞く者にあわせて、その関心をひきつける表情を作る才能を持っている。怒りをストレートに表現すべきときは激情を、また、悲しみを物語るべき時は静かな悲嘆を、その端正な顔にうかべることができるのだ。
 なかでも効果的なのは、微笑の仕方だった。一つのパラグラフを語り終えた後、一呼吸をおいて、にこっと微笑む。その表情は悪魔的でさえあった。女性、それもある程度以上の年齢の女性には非常に大きな効果があった。これは、アメリカでは実際上の効果も十分に見込める利点だ。アメリカ社会の一流ジャーナリストや、高級官僚には女性が多い。彼女たちが大きな社会的影響力を持つ場合もある。ある著名な女性ロビイストは、一通りインタビューが終わったあと、
「ハリスって、とてもハンサムよね。あの眼で見つめられるとどうしようもないのよ」
 夢見るような目つきでそう付け加えた。
 そうしたことが、どれほど実際の国際政治を動かしたかを計測することは困難だ。だが、『ワシントン・ポスト』紙のある高名なコラムニストは、
「シライジッチが多くの女性ジャーナリストを味方にしたので、西側メディアの論調はボスニア・ヘルツェゴビナに有利に傾いたという面もたしかにある」
 と真剣に指摘している。
 さらに、明らかにシライジッチはナルシストだった。
 シライジッチが自分自身の姿に酔い、言葉に酔っていることは、彼と直接言葉をかわしたことのある人間なら感じ取ることは難しくない。それは、数多くの記者の矢継ぎ早の質問を受け、テレビカメラとマイクのプレッシャーに常にさらされるスポークスマンにとって、必須の性格でもあった。
 ハーフは、シライジッチに言った。
「まず、ここワシントンで、記者会見をやりましょう」
 各有力紙やテレビネットワークの国際ニュースは、国務省担当記者がカバーすることが多い。彼らは国務省のあるワシントンにいるのである。シライジッチにも異存はなかった。
 やるからには、一刻も早く行うべきである。記者会見は翌日、五月十九日にセットされ、数時間後には各メディア向けの招待状兼案内状が用意された。そこには、流血の惨事が続くサラエボから、ボスニア・ヘルツェゴビナの外務大臣が最新のニュースを携えてやってきたこと、そして、シライジッチの英語が堪能だと強調されている。

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【Book】TAKAGI, Toru.2002.Publicity agent of war: Propaganda and conflict over Bosnia.Tokyo: Kodansya.

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